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Moon Child 24


緊迫した空気を破ったのは小さな笑い声だった。
クスリ、と。
明らかに小馬鹿にした嘲笑。
声の主が誰だなんて確認する必要すらない。
この緊迫した空気の中でそんな挑発的な行動を取る相手を、シンはこの男以外知らない。

「滅亡?」

品の良い顔立ちの口元をかすかに持ち上げて、アスランは面白そうに笑う。
悠然とした態度は余裕に満ちていて、だからこそ対峙する相手には不愉快に映るだろう。
その証拠のようにシンの唇がきゅ、と引き締まる。
己の信念を明らかに馬鹿にされたのだ。面白いわけがない。

「お前程度の力量で、この地上全ての生き物を滅することができるとでも?」

お前では無理だと明確に言われて、レイの双眸が吊り上る。

「やってみなければわからない」
「わかるさ。お前では無理だ。たとえ何百という人間を殺してきたところで、我らの前では赤子にも劣る程度の力量しかない」
「…随分と奢ったものだ。純血種が」
「単なる事実だ」

冷酷に斬り捨てる。
シンの時もそうだが、本当にアスランは敵と見定めた者に対して容赦がない。
いっそ見事と思うほどの相手の神経を逆撫でするのが上手いのだ。
年齢の差はたった2歳。
だが経験の差は比べものにならないのだろう。
シンやレイは多くの人間を葬ってきたけれど、そのほとんどは戦闘能力の全くない一般人だった。
それに対してアスランは6年前からハンターや叛旗を翻した同族と戦闘を行っている。
自分よりも遥かに年を経た大人達と死闘を繰り広げてきたのだ。
限りなく不死に近い闇の一族を葬る唯一の存在であるハンターは、闇の一族の天敵と言っていい存在である。
無力な人間とはそもそも比較にならない。
そんなハンターと戦って勝ち抜いてきたことがアスランの実力の証明になっているのだが、だからといってシンやレイが無力だという証明にはならない。
だがアスランにはわかっているのだろう。
レイの秘めた力は明らかに自分より劣る存在であると。
だからアスランは冷静に告げる。

「これ以上の問答は不要だ」
「――っ!!」

パチン、と形の良い指が小さな音を弾く。
漆黒の闇に青白い光が見えたと思ったその瞬間。
全身を襲った衝撃にレイの身体はあっさりと崩れ落ちた。

「―――え?」

何が起こったのかシンにはわからなかった。
アスランの指先に青白い光が見えたと思ったらレイが倒れた。
それしかわからなかった。
アスランは倒れ伏したレイを一瞥すると興味を失くしたかのように外套を翻して背を向ける。

「シン、あれを運んでくれ」
「あ、はい。……あの、アスランさん、一体何をしたんです…か?」

聞くのもどうかと思ったのだが、あまりにも早業すぎて見えなかったため説明してほしかった。

「雷を落としただけだ。神経系統を狙ったから、意識が戻ってもしばらく指一本動かせないだろう」
「…アスランさんって属性雷でしたっけ?」
「いや。特に意識してはいないが、どちらかと言えば風じゃないか」

複数の精霊と契約しているから良く覚えていないなと告げるアスランに、今度こそシンが絶句する。
精霊は闇の一族より高位の存在だ。
特に四大元素と言える地・風・土・水の精霊は気位が高く、人間界に姿を見せることすら稀である。
況してや自分より劣る闇の一族と契約を結ぶなんて考えられない。
契約とは己を相手の支配下に置くということであり、その時点で相手より格下だと認める行為なのだ。
妖精ならまだしも精霊が契約を結ぶことなど聞いたことがない。
人狼であるシンはアスラン達吸血鬼よりも妖精や精霊と親しい方ではあるが、それでも彼らと契約を結んだ人狼をシンは知らない。

「何かもう…凄いっすね」
「そうか。イザークもディアッカも複数の精霊と契約を結んでいるぞ。ラクスは全属性を支配下に置いているし、キラに至っては精霊王が膝を折った唯一の相手だ。精霊王が言うには『キラは最愛の妹』なんだそうだ」

俺なんて大したことないさと嘯くアスランの言葉は決して謙遜ではないのだろう。
何かもう色々想定外過ぎる。
やはりラクスに喧嘩を売るのは自殺行為なんだと再認識すると共に、何の力もないと言っているキラ自身が最強の守護者をゲットしていることに驚愕を隠せない。
キラ最強説は最初からわかっていたけれど、正に鬼に金棒状態ではないか。

「早く行くぞ、シン」
「了〜解」

ぐったりと倒れたレイは完全に意識を失っているらしく、動かしても何の反応も見せない。
この容赦のなさは自分の時以上かもしれないと思うシンは多分間違っていない。
確かにレイはシンのように肩を砕かれることもじわじわといたぶられることもなかったが、完全に戦闘態勢に入っていたレイが何一つ反応できないほどの攻撃程ではなかったはずだ。
いや、あれも結構痛かったけどねと心中で呟く。

それにしても、とシンは思う。
アスランは黒幕と言った。
シンが知る限り、残った相手はレイとミーアの2人だけだったはずなのだが、アスランの様子では黒幕は他にいるかのようではないか。
だが警戒を緩めることのないアスランを見ていれば、その言葉が嘘ではないことが十分にわかる。
よくよく考えれば最初からおかしかった。
レイとミーアを捕らえるためとはいえ、五大公のほとんどが出陣しているのは不自然である。
1人でもシンと同レベルかそれ以上。
イザークやディアッカの実力は分からないがルナマリアとメイリンを無傷で捕らえてきたことから相応の実力があることは間違いないだろう。
メイリンはともかく血に酔っていたルナマリアは狂戦士並みの戦闘力があったはずなのだ。
五大公ではないけれど、ミゲルという男の戦闘力もあなどれない。
アスランが全幅の信頼を置いて戦闘を一任しているということからも窺える。

そういえば、五大公の最後の1人は未だに顔も見ていないことを今更ながらシンは思い出す。
あまり多くない情報ではあったが、顔も実力も未知数の1人がいたはずだ。
ラクスの伴奏者として彼女に追従し、五大公の中でも最も穏健派と言われていた最年少の大公。
確か名前は…。

「ニコル・アマルフィ…」

この状況で姿を見せない理由は何なんだろうか。
何となく気になった。


  • 12.06.08