ミーア・キャンベルにとって最大の不幸は、己の容姿に他ならない。
深い空色の大きな瞳。整った鼻筋にふっくらと色づいた愛らしい唇。
赤味を帯びた桃色の髪は僅かに描くウェーブのが細いながらも見事なプロポーションを引き立てている。
まさに美少女の極みだと褒め讃えられる美貌だが、生憎ミーアがそれを嬉しいと思ったことはほとんどない。
ミーアの外見が彼女より1年前に生まれた少女と瓜二つであったためだ。
ミーアは辺境に住む下流貴族の生まれだ。
しかも母は正妻ではなく、若い女に目がない父が女中である母に無理やり手をつけた挙句に生まれたのである。
母は美しい女性ではあったが、生憎外見で似ているところは1つもなかった。
それどころかミーアは親族の誰とも似ていない外見だったため、ミーアの母は当然のことながら不義を疑われた。
そのため正式に認知もされておらず、ミーアは私生児として育てられていた。
身に覚えのない不義を責められ続けた母は、全ての原因であるミーアにつらく当たった。
逃げるように酒に溺れた母は目が合えばミーアを罵り、機嫌が悪くなれば手を上げることも珍しくなかった。
数年もすればミーアが母に殴られる原因がこの顔にあるのだとわかる。
家族に愛されない原因であるこの顔など、どれほど美しくても自慢になど思えないのは当然だろう。
存在が家の恥だと自室からほとんど出ることが許されなかったミーアは、己の環境が可笑しいと思うことすらできないほど閉鎖された世界で生きてきた。
まるで呪いのように己の存在を否定され続けた十年余りの人生を変えたのは、ある人から聞いた噂だった。
闇の一族の頂点に立つ五大公筆頭であるシーゲル・クラインの愛娘。
ラクス・クラインと呼ばれる少女はミーアと瓜二つだというのだ。
しかもラクスはその愛らしい外見のために誰からも愛され、何もかも不自由のない生活を送っているのだという。
そんな耳にしてしまえば、八つ当たりだとわかっていてもラクスに恨みを抱くようになっても無理はないだろう。
自分はこんなにつらい日々を送っているのに、同じ顔をしたラクスは幸せな日々を過ごしているなんて。
ラクスに罪がないのはわかっている。
だが、鬱積され続けた不満を向ける先は彼女以外にいなかった。
同じ顔、同じ声。
歌姫として一族のみならず多くの人から賛辞を受けていた彼女の立場を奪ったらどれほど気持ち良いだろうか。
ミーア・キャンベルという名前にも立場にも一切の愛着なんて持っていない。
捨てることなんて簡単だった。
父はここ数年家に近寄りもせず、母は酒浸りでまともな会話すら成り立たない。
僅かにあった所領も財産もつい先日使い果たしたところだ。
家から一歩も出ることのなかったミーアに生活していく術なんてない。
それならせめて同じ顔をしていながら全てに恵まれた女から奪えるだけ奪ってみるのも面白いかもしれない。
そんなことを考えた自分は、確かに病んでいたのだとは思う。
それすら気づかないままラクス・クラインに成りすまして人間の町に溶け込んでみれば、驚くほど簡単に周囲は自分をラクスと間違えた。
微笑み一つで増えていく貢物。
流れる音に合わせて歌を口遊めば周囲から称賛の嵐。
何と心地良く、そして何と甘美な世界なのだろう。
溢れるばかりの贈り物を前に、更なる欲が生まれてくる。
これなら彼女を追い落とすことも可能なのではないかと。
自分がラクス・クラインになり、彼女が持っている全てを奪ってやろう。
地位も名誉も権力も、そして最近婚約したという美しい少年も、全て自分が手に入れよう。
そんなことを考えたのは一体いつだったか。
計画は順調に進んでいた。
社交界では既にミーアを『ラクス』だと認めていたし、新しく増えた仲間も『ラクス』だと信じて疑っていなかった。
だから、不可能ではないのだ。
より確実にするためには、やはり本物には消えてもらわなければならない。
そう思ってやってきた大きな屋敷。
強力な結界に囲まれていたけれど、ミーアにとってそれは大した威力はなかった。
予想以上にすんなり入れたことは拍子抜けだったけれど、それだけ己の力が大きいのだと思うだけだった。
だから――。
「貴女には消えてもらうわ、『ラクス様』」
鏡のようにそっくりな少女を前に、ミーアは嫣然と微笑んだ。
◇◆◇ ◇◆◇
感情が流れてくる。
そのあまりの重さにラクスは僅かに眉を顰めた。
確かに、偽者は自分でも驚くほど良く似ていた。
髪の色が若干濃い以外は顔立ちは本当にそっくりだ。
闇の一族に双子が生まれないことを知らなければ、生き別れになった双子だと言われても納得してしまうだろう。
明らかな差異は体型の違いくらい。
華奢なラクスに比べて目の前のミーアは、それはそれは見事なプロポーションをしていたのだ。
ほんの少し羨ましいと思ってしまったのは年頃の乙女として当然だと思いたい。
ラクスは別に彼女が自分の名を騙ろうと気にしていなかった。
本当に欲しいものが手に入った今では表舞台に立つつもりはなかったし、社交界にも二度と出るつもりはなかったから、偽者だとしても彼らが満足しているのならばそれで構わなかったのだ。
だが、相手がここまで踏み込んできてしまえば話は別だ。
ここはラクスの聖域。
二度と他人に土足で踏み入れられるようなことは許さない。
「ここまで来た目的は、わたくしですか? それとも…」
「貴女が持つ物全てよ。全部あたしにちょうだい」
「残念ですが、それはできません」
「じゃあ力ずくで貰うわ」
「できるのならば、どうぞ」
ふふ、と笑えば馬鹿にされたと思ったのかミーアの頬が怒りで朱に染まった。
放たれるのは風の刃。
どうやらミーアの力はラクスとは違うようだ。
だがそれなりの実力者。五大公には遠く及ばないが、貴族でも上位クラスの力に匹敵する。
今までどこに隠れていたのか。
この力をキラの為に役立ててくれればよかったのに。
「本当に勿体ないですわ」
「本気で相手しなさいよ!」
明らかに手を抜いているとわかる応戦態度にミーアは益々頭に血を上らせる。
だがラクスにしてみればミーアはどうやっても自分の相手が務まるような実力者ではなく、それこそ終わらせるのならば一瞬で片はつくのだ。
折角見つけた同胞、しかも自分と同じ顔となればやはり勿体ないと思ってしまうのは無理のないことで、決して相手を馬鹿にしているのではない。
ただし、取っている行動はこの上なくミーアを怒らせる方法だったのだが。
襲いくる風の刃を指先一つで相殺し、振り上げられる手足は優雅な動きで避けてみせる。
まともに対峙する価値がないと言わんばかりの態度に見られても仕方ないだろう。
「偽者さんは少々気が短いのがいけませんわね。わたくしはそんなに声を張り上げたりしませんよ」
「黙って戦いなさいよ!」
「あと、そんなに短い御召し物なのに足を高く上げたらはしたないですわ」
「うるさい!!」
女2人の戦いはそんな感じで始まったのである。
- 12.01.30