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Moon Child 22


同じ頃、屋敷内で待機するようにと言われていたキラだったが、当然のことながら大人しく屋敷に閉じこもっていてくれるような性格ではない。
何の力がないとは言え一族の長なのだから状況を知るのは当然だというのがキラの言い分だが、だからといって敢えて彼女を危険に晒すような保護者はこの屋敷には存在しない。
何しろ伴侶であるアスランを筆頭に、五大公と呼ばれる全員がキラに対して過保護なのだ。
それは勿論キラを危険な目に遭わせたくないだけであり、当然のことながらキラとてそれは重々承知。
だがそれとこれとは別らしい。

「キラ様? 何をしているんですか?」

こっそりと部屋を抜け出そうとしているキラに気づいたのはルナマリアだった。
現在室内にはキラとルナマリアとメイリンの3人しかいない。
ラクスは戸締りを兼ねて屋敷内の様子を探ると出ていったばかりだ。
丁寧な細工が施された扉を開けて廊下の様子を窺っている姿は少し…否、かなり異様な光景で、だからこそルナマリアはそう声をかけたのだが、キラの背中がびくんと大きく動いたために嫌な予感が脳裏をよぎった。

「あ! 外に出ちゃ駄目なんですからね!」
「し、しーっ!! ルナマリア、静かに!!」

口元に人差し指を当ててルナマリアに静かにするようジェスチャーをしているが、その声は当然のことながらアスランから地獄耳と言われているラクスの耳にも届いてしまっただろう。
途端に大きな音と共に扉が閉まる。
キラが扉から意識が逸れた一瞬を狙ったらしい。

「あーっ!」

どうやらラクスの仕業らしい。驚くべき早業である。
何度かノブを回しても開く気配のない扉に、キラが肩を落として戻ってきた。

「キーラーさーまー」
「う…、だって心配なんだもん」

しおしおとうなだれて椅子に腰を下ろしたキラに、ルナマリアは非難を含んだ視線を向けるが、キラは悪いと思っているのか不服そうに頬を膨らませている。
自分よりも年上なのに子供っぽいその仕草に僅かだが絆されそうになるが、ラクスの行動は間違っていない。
何しろ外では大きな魔力がぶつかりあっているのだ。
幸いなことにまだ戦闘は始まっていないようだが、五大公よりも遥かに劣るルナマリアでさえ感じ取れるほど大きな波動が屋敷からそう遠くない場所に集まっている。
どれほど大きな力の持ち主が来ているのかわからないが、危険だということだけはわかる。
そんな中にキラを行かせるわけにいかないのだ。
しかもキラは妊娠中だ。
キラやお腹の子に何かあったらと思うだけでぞっとする。
たとえ大したことがなくても、かすり傷1つ負っただけでアスランの怒りはとんでもないだろう。
アスランにとっては長を守るという使命よりも、愛する人を危険な目に遭わせたくないという気持ちの方が強いのだから当然だが。
そして同じことがこの屋敷に住む全員に言えた。
彼らは長だからキラを守っているのではなく、キラが大事だから守っているのだ。
勿論ルナマリアも同然である。

「…ねぇ、ルナマリア」
「駄目です」

だから、どんなにお願いをされようとこればかりは頷くことはできない。

「絶対に駄目ですからね。私がラクス様にお仕置きされちゃいますもん」
「やだなぁ。ラクスはそんなことしないよ」

ルナマリアの言葉をあっさりと否定するキラだが、悲しいことにその言葉の信憑性はルナマリアにとってゼロに近かった。



『ラクス・クラインに逆らうべからず』



ルナマリアがこの屋敷に滞在して最初に叩き込まれた掟である。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「あらあら、予想していた通りですわね」

キラの脱走を阻止したラクスは、1階のホールへと続く廊下を歩きながら小さく苦笑した。
やはりルナマリアとメイリンではキラを止める役目は荷が重かっただろうか。
この屋敷に住む者は例外なくキラに心酔してるのだが、ラクス達は生まれた時から一緒にいるせいかキラのお願いに対する耐性は出来ている。
キラがどれほど無謀なことを言い出そうと幼馴染であるラクス達なら問答無用で却下できるのだが、知り合って間もないルナマリアとメイリンがあの「お願い」攻撃に対抗できるとは思えない。
だがラクスが傍にいない時にキラを護衛するのは彼女達の役割だ。
自分よりも年下の彼女達を困らせるのは流石のキラとて躊躇うだろうという判断だったのだが、効果は微妙なところのようだった。
とりあえず外から扉をロックしておいたので、しばらくは時間稼ぎできるだろう。
キラには結界が通用しない。
どれほど強固な結界を築こうと、キラはその網をするりとすり抜けてしまうのだ。
術者にキラを害する意図がないからかもしれないが、大人しくしていてもらいたい時には非常に困る。
とりあえず物理的な方法なら効果があるので、今回は部屋に閉じ込めるという方法を取ったのだが。
後は窓から抜け出さないことを願うばかりである。
流石に妊婦がそこまでの暴挙を冒すとは思いたくないが、何しろキラである。
ラクスの思惑通りに動いてくれないのだ。

「困ったものですわね」

キラの暴挙はほとんどがラクス達を思っての行動であることを考えれば、困ると言いつつも笑みが浮かんでしまうのは仕方ない。

だが、とラクスは表情を引き締める。
庭へと続く扉の先。
屋敷周辺はラクスが強固な結界を施していたのだが、それを壊すでもなく入り込んできた相手は相当の手練れであることがわかる。
何しろラクスの結界を壊さないで侵入するなど、ミゲルであっても難しい。

扉を開けて外へ出る。
それと同時に更なる結界で屋敷を包み込んだ。
アスランであっても入れないほど強固なものだが、これならば術の波動もキラへと届かないから安心だ。
ふわりと揺れる桜色の髪。
邪気のない愛らしい笑顔。
それだけを見れば写し鑑のように瓜二つ。

「お待ちしていましたわ、わたくしの偽者さん」

ラクスの挑発に、目の前の女性がぎり、と唇を噛んだ。

「…貴女を倒せば、あたしは本物になれるのよ」
「世の中、そう自分の思う通りにならないことを、わたくしが教えてあげますわ」

挨拶代りに放たれた力を一瞬で霧散させて、ラクスは優雅に笑った。


  • 12.01.14