アスランの発言にレイは怜悧な眦を吊り上げ、アスランはそれを傲慢に見下ろし、そしてシンは目を丸くした。
「異端…って」
シンには意味がわからない。
彼はシンとは違う種族だが、間違いなく闇の一族だという確信はあった。
内包する能力とて吸血鬼だと言われても納得するだけのものはあったし、実際に彼が狩りをしている現場だって目撃している。
アスランにとっては紛うことなき同族だろう。人狼のシンとは違って。
だが、アスランはシンを同胞と呼び、レイを異端と断言する。
その言葉の意味がシンにはわからない。
「言葉の通りだ」
困惑するシンに、アスランは視線を向けることなく答える。
「この男は純潔の吸血鬼ではない。一族の掟に逆らった男が他種族の女に産ませた混血児だ」
吸血鬼は闇の一族でも最高位に属する種族だ。
美貌・能力・寿命。どれもが他種族に対して頭一つ以上抜きん出ている。
歴代の長が吸血鬼の中から生まれていることがそれを証明しているし、実際今の長であるキラも両親は吸血鬼で夫として選んだ相手も吸血鬼だ。
闇の一族を総括する長と五大老の全てが吸血鬼であり、一族のヒエラルキーの頂点に存在する吸血鬼には決して犯してはならない掟があった。
それは一族のバランスを守るという意味で最も重要な『他種族との婚姻を禁ずる』というものだった。
人狼のシンが吸血鬼を傲慢と思ったのは、この不文律を知っていたからだ。
自らの血のみを唯一だと信じ、その血に多種族が混ざることを禁忌とする。
それをシンは他種族の排除だと思ったのだが、事実は当然ながら異なる。
吸血鬼は確かに秀でた能力を持つが、それ故にその血は他種族の生態を容易に破壊できてしまうのだ。
遙か昔、闇の一族の中でも低位に位置する魔物との間に生まれた混血が、何万という同胞をたった一人で殲滅するという痛ましい事件があった。
戦闘能力などほとんどない種族だった。
『同胞だと認めてもらえなかった』という何とも自分勝手な理由から、1つの種族が滅亡したのだ。
それ以降、誰が命じたわけでなく吸血鬼は自らの血を多種族に入れることを恐れ、他種族との婚姻を禁じた。
尤も恋愛感情までは否定しなかったため、婚姻を結ばなくても共に暮らすことを選んだ者がいなかったわけではない。
だが、彼らは子供を作らないと決めた上で共にいることを選んだ者だ。
ただでさえ出生率の低い吸血鬼の人口は減少しつつあるのだが、彼らがその掟を覆す予定は今のところない。
勿論それ以外に個人的な感情もあるのだけれど、それはシンが知らなくても良い情報だ。
「レイ、と言ったか」
アスランは冷ややかな視線でレイを見下ろす。
「どうやら精霊族との混血のようだが、闇の一族を混乱に陥れた理由は己の出生だけが原因か」
「…答える義理などありません」
静かな声。だが表情には隠しきれない憎悪が見てとれる。
アスランの言葉はレイの逆鱗に触れたらしかった。
ピリピリと刺すような空気がレイを包んでいる。
混血児は両種族の長所を併せ持って生まれることがほとんどだが、弊害も持っていると言われている。
アスランが知る混血児は1人。
彼は数百年ぶりに生まれた混血だと聞いていた。
一族内で微妙な立場にいたあの男は、確かに全てにおいて秀でていたが、闇の一族が持つ寿命だけを備えていなかった。
彼はそれを『呪い』と称した。
誰よりも優れた者を一族の長に据えないための呪術だと。
今では名前すらも禁忌となったあの男。
かつては小父と呼び慕っていた自分を思い出してアスランは眉を顰める。
古い記憶が刺激されるのは、目の前の少年があの男に良く似た面影を持つからか。
同じ混血児という理由か、それとも…。
存在を否定された子供が運命を否定して叛旗を翻した可能性は十分にある。
だが、それだけではないと感じるのは本能か、一族の直感か。
どちらにしろアスランが取る行動は決まっている。
「答えたくないのならどちらでも良い。混血児が一族に害を与える存在となった以上、こちらの取る手段は決まっているからな。どちらか選ぶがいい」
そう言ってアスランは1本の指を眼前に突き付ける。
「1つは、大人しく縛につき、一族の監視の下で余生を過ごす」
更にもう1本。
「もう1つは、ここで塵となって消えるか」
レイに残された選択肢は、たった2つしかない。
放置すればいらぬ混乱を招き、禍となる。――今のように。
掟を破った者を見過ごすわけにはいかないのだ。
傲慢と呼ばれても構わない。
それが五大老としての立場であり、長の伴侶としての自分の使命なのだから。
◇◆◇ ◇◆◇
それは間違いなく宣戦布告だった。
少なくともシンにはそう見えた。
アスランは確かに闇の一族の頂点に君臨する立場だが、己の立場を誇示するような男ではなかった。
そんなアスランを見たのはただ一度。
シンが敵としてアスランと対峙した時だけだ。
どうやらアスランは相手を見下す態度を取ることで、相手を怒らせて冷静さを失わせようとしているようだ。
普段のアスランしか知らないキラがこの姿を見ればさぞ驚くだろうと思うシンは、頭のどこかが妙に冷静な自分に気づいていた。
シンはレイもアスランも知っている。
2人とも長い付き合いではないが寝食を共にしたことがあるのだから、何一つ知らないというわけではない。
だからこそレイの頭に血が昇っていることにも気づいたし、アスランがレイに別の何かを重ねていることにも気づいた。
と言っても2人が他者を排斥する空気を纏っているため近づくことも声をかけることもできないのだけれど。
レイを異端と称したアスラン。
彼の胸の内を当然のことながらシンは知らない。
だがこれだけの騒動を起こしたレイを放置しておけないのは事実。
それは当事者であり加害者の立場でもあったシンとて逃げられない。
止めようと思ったわけではない。
ただ、気になったのだ。
レイが本当に自分を利用したのかを。
「レイ…、お前は俺を…俺達を利用したのか?」
「何を今更」
答えは冷笑だった。
「俺達は同じ目的のために一緒に居ただけに過ぎない。そうだろう?」
その通りだ。
シンは一族を救ってくれなかった吸血鬼を憎み、そして仲間を滅ぼした人間を憎んだ。
彼らに復讐するためだけに、同じ目的を持ったルナマリアやレイと行動を共にしていたに過ぎなかったはずだ。
そのことを忘れていたのは、僅かな時間でもキラと共に家族のように優しい空気を共有してしまったからか。
2年もいたのにあのような温かい時間を彼らと過ごしたことがなかったのは、そもそも集った目的が違うのだから当然だ。
シンは唇を噛む。
確かにシンは復讐のために一緒にいた。
では、レイは…。
「レイは何がしたかったんだ」
「そんなの決まっている」
小さな哄笑。
それはシンに向けてというよりは全てに対して向けられたもののように見えた。
シンに、アスランに。
そして何よりもレイ自身に対して。
「生きとし生ける者。全ての滅亡だ」
向けられた瞳には、シン以上の憎悪が宿っていた。
- 11.09.20