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Moon Child 20


闇の一族は総じて気配を消すのが上手い。
それは勿論自分の存在を他人に悟らせないためというよりは、狩りをするために必然的に身についているからである。
ただの人間ならば気配を感じる前に喰らわれる。
天敵と呼ばれるハンターですら彼らの気配を辿ることは難しく、そのため圧倒的少数であるにも関わらず闇の一族が生き延びているのだ。
そしてその能力は勿論一族でも種族によって異なる。
全てにおいて上位に位置する吸血鬼が優れているのは当然だが、唯一彼らが他の種族に劣るものがある。
それは嗅覚だ。
それだけはどれほど実力の差があろうとも人狼には敵わない。
戦闘において先手必勝は必然。
そして敵を察知することにおいては誰よりも秀でているシンが、敵となった元・仲間を見つけ出すのはそう難しいことではなかった。

アスランがシンの同行を許したのは彼を信頼しているからではない。
勿論信頼していないというわけではないが、それ以前に戦力として役に立つと判断したからである。
シンが知る限りで仲間だった相手は2人。
レイと呼ばれる吸血鬼と、ミーアと呼ばれるラクスの偽者だ。
だが気配はそれ以上。
少なく見ても大物が3〜4人。
雑魚は20人程度いるだろうか。
彼らの背後に何があるかシンは知らなかった。
当然のことながら伏兵として隠れている者が何か知らないため、そちらに人員を割かなければいけないのだ。
雑魚ならばミゲルとニコルで十分。
何者かわからない相手には念のためイザークとディアッカが向かった。
アスランはシンと共にレイと思しき気配の元へ向かっていた。
レイの実力は未知数だとシンは言った。
ミーアとは何度か一緒に狩りをしたことがあるけれど、レイはいつも別行動を取っていたらしく、シンは彼がどれほどの実力を持つか知らないのだ。
そのためアスランが同行することにした。
対峙した経験からシンの実力が相当なものであることはわかっているが、シンは精神面が弱い。
だからこそ上手く相手に言いくるめられる危険性もあるし、逆に真意を聞き出す前に殺してしまうかもしれない。
相手はシンやルナマリアの弱い部分を知っている。
甘い言葉で手懐けていたのだとしたら、シンが単独で挑むには少々危険だ。

「おかしい…」

不意にシンが眉を顰めて呟いた。
どうしたのかと視線をやれば、シンが何かを探るように視線を彷徨わせていた。

「ミーアの気配が消えた。さっきまでは確かにレイと一緒にいたのに…」
「逃げたか…いや、罠かもしれないな」

正面から堂々と挑むようなタイプだとは思えない。
特にミーアと呼ばれる女性はラクスの名を騙って殺戮を繰り返してきたのだ。
何をしでかしてもおかしくない。

「まさかキラさんのところに行ったんじゃ…!」
「それなら問題はない。姿を見せる前に消されるだけだ」
「それはラクスさんに…」
「彼女以外、いないだろう」

シンの顔色が瞬時に変わったのは、あのどこか掴みどころのない妖精のような少女が意外に容赦ないことを思い出したからだろう。
アスランにとってラクスの信頼度は半端なく高い。
特にキラが絡んだ時は無敵だ。
況してやラクスの名を騙ったミーアという少女を、実は表情にこそ出さないまでも面白く思ってないのをアスランは気づいている。
そんな彼女がキラに危害を加えようとやってこようものなら、それこそ瞬殺されるのが落ちだろう。
闇の一族の生命力の強さを知っている彼女は手加減なんてしない。
身体の一部でも残れば良い方だとあっさりアスランが告げれば、シンは絶句した。
無意識にキラを人質にしようとしたシンは一度ラクスの洗礼を浴びているはずなのに、それでも信じることができないのだろうか。
尤もあの時のラクスは相当手加減をしていたはずなので、彼女の恐怖を骨身に刻むまでには至らないのも無理はないが。

「黒幕を聞き出すためにも、せめて生け捕りにしてくれればいいんだが…無理だろうな」
「まさか…いや、でも…キラさんに言われたら…」
「彼女がミーアをキラの目に触れさせると思うか?」
「…思いません」

敵の殲滅は当然かもしれないが、予定が狂うのは困るなと呟くアスランに、何だか自分はとんでもない人達を相手に戦っていたんだなと、シンは今更ながら驚く。
何というか諸々の能力が自分と違いすぎるし、価値観も違いすぎる。
まぁ、確かに自分もキラが危険な目に遭わないためなら何でもする自信はあるけれど。
そう思っている時点で既にシン曰く『とんでもない人達』の一員なのだが、残念ながらシンがそれに気づくのは当分先のことである。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「やはりお前が来たか、シン」

追い詰めた相手は、だが無表情のままシンを見据えた。
淡い金の髪、薄い青の瞳。
外見の美醜が能力に左右される闇の一族において、それだけで高いのだと分かる美貌。
シンと同じ年だと言う彼は、だが出会ってから一度として表情を見せたことがないため、見た目の年齢ではシンよりも上に見えるだろう。
シンが表情豊かで性格も若干子供っぽいところがあるから余計そう思えるのかもしれない。
だが、シンとアスラン。
この2人に囲まれても一切崩れない無表情はある意味余裕の顕れのようにも思えてしまう。
レイはシンの背後へと視線を移す。

「しかも、五大老まで引き連れてとは。そんな簡単に籠絡されるとは思っていなかったがな」
「なっ?!」

シンが闇の一族を憎んでいたのは事実だ。
そしてアスランは名目上では闇の一族の首領に当たる。
キラという存在が一切表に出ない状況では五大老が闇の一族を率いる立場であり、アスランはその筆頭だからだ。
憎しみの対象であるアスランをシンが同伴していることは、当然ながらシンがアスランの下に与したことを意味している。
半分以上事実であるが、レイはそれを敵に尻尾を振ったと見なしたのだろう。
あからさまな侮蔑の言葉にシンの顔が怒りに染まる。
反論しようとするシンを制して、アスランは一歩踏み出す。
アスランとレイの気配が反発して、周囲に空気の軋む音が響いた。

「一族が我々の元に集うのは必然。貴様が判断するようなものではない」
「さすがは五大老。噂通りの傲慢さだ。一族全ての総意が己の元にあるかのような発言は立派ですよ」
「ほう」

アスランの目が僅かに細まり、口元がやんわりと弧を描いた。
先日シンと対峙した時と同じ、だが更に何かを面白がっているような表情は目の前の青年の美貌を更に際立たせる。

「噂通り、と」

ピク、とレイの肩が揺れた。
己の失言に気が付いたらしいが、もう遅い。
アスランは懐に入れた相手には甘いが、敵には容赦しない。
況してやキラに危害を与える危険のあるものに慈悲など起こるはずもない。

「誰からその噂を聞いたのか教えてもらいたいものだな」

青い瞳をひたりと見据えたまま。
アスランは静かに告げる。

「忌むべき大罪人と同じ顔を持つ、異端の吸血鬼よ」


  • 11.09.16