シンとルナマリア、そしてメイリン。
この3人がキラの元へ身を寄せるようになってから3日、日々は驚くほど穏やかに過ぎていった。
ラクスとアスランによるキラ争奪戦(9割方ラクスに軍配が上がる)や、イザークとアスランの冷ややかな舌戦(基本アスランは相手にしていないためディアッカが八つ当たりの対象にされている場合が多い)などを見ても何とも思わなくなった頃、事件は起きた。
年下の同僚が嬉しいのか、キラは日中をメイリンやシンと過ごすことが多い。
昼型の生活を送るキラと同じく日光の影響を全く受けないシンの生活サイクルはほぼ同じである。
メイリンは吸血鬼ではあるが、戦闘能力は低いが日光にはまったく平気という特殊体質らしい。
しかもキラのことを姉のように慕っているために、森へ遊びに行くキラの後を嬉しそうについていく姿は最早珍しくない。
何度言っても1人で森に出かけてしまうキラだったが、純粋に慕ってくるメイリンは可愛くて仕方ないらしく、2人仲良く手を繋いでいる姿はとても微笑ましいだけでなくキラの安全を考えれば喜ばしいことでもあった。
尤もアスランやらラクスやらシンやら自分もキラと一緒に散歩したいと思っている者にとっては心中複雑だったらしいが。
ちなみに規則正しい昼型生活を送るキラのために、闇に生きる吸血鬼であるアスラン達の目覚めは昼頃になっている。
彼らは日が昇った頃に起きてきてキラとラクスの作る朝食(キラにとっては昼食である)を仲良く皆で摂り、ピアノを奏でたり読書をしたりと各自好きな時間を過ごし(行動は別だが部屋は必ずリビングである)、午後のお茶を楽しんだ後に日が沈むと情報収集その他の目的のために外へ出て行くのである。
吸血鬼と言えば日が沈む頃に起きてきて人間を襲い、太陽が昇る前に眠りにつくのが普通だと思っていたシンは少々面食らった。
シンが知る吸血鬼は太陽の光が嫌いだったし、食事は人間の生き血やワインなどが主だった。
少なくともシンが一緒に生活してきたレイやラクスはそうだったはずだ。
ちなみにそれまで一緒に生活してきて見事な夜時間を過ごしてきたルナマリアとメイリンは僅か1日でキラと同じ生活サイクルになっていた。
キラの傍にいると自然とそうなるとはルナマリアの言葉だが、真実かどうかは不明だ。
とりあえず無理をしているようには見えないから構わないのだろうと、シンはこの件に関して触れないことにした。
期間としては決して長くない。
だが、2年弱という年月を共に過ごしてきたレイ達との生活よりも今の方が遥かに心安らいでいるのは確かだ。
(これが長の力ってやつかぁ)
どう考えてもまとまりのない集団だ。
ラクスとアスランは常に腹の探り合いをしているような関係だし、イザークは何が面白くないのかアスランに対してだけ敵愾心を燃やしているような気がする。
そしてシンとルナマリア、メイリンは一度は敵として対峙していた相手だ。
そんな自分達が和気藹々とまではいかなくても特に諍いもなくこの屋敷にいられるのは、その中心にキラがいるからに他ならない。
何の力もないと思っているキラ。
ここまで個性豊かな連中を束ねているというのに、全く己の重要性を知らないところがキラらしい。
だからこそ気になる。
頑なだった自分の心をいとも簡単に解してくれたキラの力は、果たしてレイやミーアには通用するのだろうか。
目的の一切読めないレイの行動を想像するのは難しいが、ミーアに関してシンは少しだけ事情を知っているために、一抹の不安が頭から消えない。
ミーアが望んでいるのはアスランだ。
ラクスの婚約者だと信じているミーアは、己の姿が歌姫に酷似していることを利用してアスランをおびき寄せようとしていた。
彼女の狙いがアスランなのかラクスなのかはシンには分からないが、ミーアがアスランに懸想している可能性は否定できない。
長でありアスランの伴侶であり、その身にアスランの子供を宿しているキラ。
彼女がキラのことを知ったらどういう行動を取るか想像に難くない。
できることならこのままキラとミーアが接触することがなければよいと思うが、その可能性は残念ながら低そうだ。
風に乗って届いた香りにシンの眉が顰められる。
突然立ち上がって窓を開け放ったシンに、リビングにいた全員の視線が集まる。
「来たよ」
僅か3日で懐かしいと感じてしまうほど遠くなってしまった、かつての仲間の匂いを人狼の嗅覚が捕えたのだ。
「ルナマリアとメイリンはキラの傍へ。決して離れるな」
姉妹が頷くのを確認もせずそう言い捨てると、イザークとディアッカの姿が窓から消えた。
次いでミゲル。
どうやら彼ら3人が基本的に戦闘要員らしい。
彼らの中で魔力が最も強いのがラクス、その次がアスランで、イザーク・ディアッカは彼らには劣るものの恐らくシンよりは強い。
自分はどうしたらいいものか悩んだシンに、アスランは静かに告げる。
「お前は来なくていい」
「でも…」
「無理はするな。一時とは言え仲間だったんだ。戦いづらいだろう」
その声に咎める響きはない。
おそらくは本心だろう。
何度か話す機会があったが、彼はどちらかと言うと不器用な男だ。
第一印象が最悪だったからかどうしても悪印象が抜けなかったが、こうして一緒に過ごせば彼の性格は見えてくる。
キラが大事でキラのためなら命を賭けることすら容易くて、彼女と過ごす時間をこよなく愛しているだけの、ごく普通の男性だった。
シンに対してあれだけ冷酷だったのもキラにとっての脅威となりうる人物だったからであって、こうして仲間になった今ではシンはアスランにとって守る対象になっているのだろう。
「…俺も、戦えます」
「わかってるさ」
確かに年下だし実力では全然敵わないが、足手まといだと思われているようでシンとしては納得がいかない。
勿論アスランの思いやりが嬉しくないわけではないが。
「俺も…っ」
アスランの台詞を遮ってシンは声を荒げる。
「俺だって、キラさんを…皆を守りたい…です」
自分の力では及ばないかもしれない。
シンはレイの実力を全部把握しているわけではない。
そしてアスランの危惧する通り、レイに対して仲間意識があるのも事実。
だが、何を優先するかと聞かれればキラを選ぶ自分がいる。
自分を信じてくれたキラのために。
疑いながらも受け入れてくれた恩に報いるために。
自分が出来ることをしたいのだ。
翡翠色の瞳が深紅の瞳を射抜くように見据える。
視線をそらしたら負けるような気がしてシンはその視線を受け止めた。
ややして呆れたようなため息。
そして苦笑。
「仕方ないか」
くしゃり、と髪を撫でられた。
キラが頭を撫でてくることは多かったが、アスランがシンに触れたのは戦闘以外では初めてのことだ。
「いいか。絶対に無茶をするんじゃないぞ。お前が傷ついたら悲しむのはキラだ。それを忘れるな」
「…はいっ」
肩に触れた手にほんの少しだけ力が入る。
同行を許されたのだと気付いてシンの瞳は輝いた。
認められた。そんな気がした。
- 10.08.28