仲間を見つけきたのだと聞いていた。
少々興奮していて暴れていたから眠らせて連れてきたのだと。
相手は女性だと聞かされ、そんな乱暴なことをと思ったけれど、基本的に女性には優しいディアッカが強引にでも眠らせなければならない理由があったのだろうと怒るのはやめておいた。
何があったのかは気になったが、連れてきたディアッカが口を割らない以上目覚めた少女から聞き出せばよいだろう。
そう思って開いた扉の先にいたのは、自分よりも2〜3歳ほど年下に見える2人の少女。
1人は何が起きたのかわからないという表情でこちらを見上げ、そしてもう1人は目が合った瞬間大きな瞳から涙を零し始めた。
「え? あの…怖かったの? 乱暴だったかな。ごめんね」
気を失わせて連れてこられたことに対して怯えているのだろうと思ったので謝意を告げたのだが、少女は首を振って否定した。
ではどうしたのかと思ったのだが、目の前の少女が子供のように泣きじゃくっているのを見てしまえば放っておくことなどできない。
一歩近寄ればびくんと身体が震えたので、怯えさせないようにゆっくりと歩を進めていくことにした。
背後からラクスが小さくため息をついたのがわかるけれど、彼女には自分の性格など知られているのだから、こういう場合にキラがどういう行動を取るかなど承知の上だろう。
尤も多少の警戒を感じるのは過保護なラクスだから仕方ないのだろう。
ベッドに座り込んで泣く少女の頭をゆっくりと撫でる。
さらさらの髪は手触りがいい。
艶やかな赤い髪は、離れた土地にいる友人を思い起こさせた。
見上げる大きな瞳は困惑と恐怖が映っている。
自分に対して怯えているのではないだろう、では何に?
気になったけれど、まずは少女を落ち着かせることが第一だ。
「大丈夫、だよ」
優しく、含めるように。
もう怖いことはないんだとわかってもらうように、キラは少女の頭を撫でた。
「あ…たし…」
「うん」
「何が何だかわからなくて…。父さんと母さんが殺されて…、メイリンを守らなくちゃって…皆で幸せに…」
「もう大丈夫だよ、よく頑張ったね」
優しい声が自分に語りかけるたびに、白い手が頭を撫でてくれるたびに、ルナマリアの胸の奥底に溜まっていた濁りが薄くなり消えていくような感じがする。
例えて言うなら母親に褒められた時とよく似ている。
むずがゆいような誇らしいような、安心するような不思議な感じ。
家族を失い、故郷を追われて彷徨っていた2年。
ようやく帰ってこれたという安堵感がルナマリアを包んだ。
初めて会った人物。
それなのに、彼女の傍が自分の居場所なのだと、そう確信している自分が不思議だった。
「君の名前を教えてくれるかな?」
「ルナマリア…」
ようやく呼吸が収まったのか、少女が途切れ途切れに自分の名前を告げてきた。
警戒を解いてくれたのだと分かり、自然と笑顔が浮かぶ。
そして隣で所在なさげに立っている少女へと視線を向ける。
ツインテールが可愛らしい少女だ。
「妹さん? 名前は?」
「あ…メイリンです」
「そう。2人とも素敵な名前だね。僕はキラ。一応、長やってます」
同胞なのは一目でわかった。
キラが知っている同胞は吸血鬼以外では人狼のシンだけだが、彼女は恐らく吸血鬼だろう。
何となくだがそのくらいはわかる。
5年前のハンターの襲撃によって一族は本家を失った。
それと同時に各地に散らばっている一族との連絡が取れなくなってしまい、その後アスラン達が行方を探してくれているものの、それでも無事だった一族はほんの僅か。
戻ってきた仲間はとても少ない。
恐らく辺境の同族はほぼ全員抹殺されたのではないかとミゲルは言った。
そんな中、2人の同胞が見つかったのだからキラにとってこれほど嬉しいことはない。
ましてや同年代の女の子。
同胞で、しかも年下の少女ならば、キラにとっては妹も同然だ。
シンは弟決定なので、一気に弟妹が出来たようなものではないか。
そんな気安さを込めて自己紹介すれば、見事に2人の少女が固まった。
「あれ?」
闇の一族にとって長とは神に等しいも同然。
一族にとっての真理は、唯一キラだけが知らない。
キラは幼い頃からラクスやアスラン達と一緒に育っているから自分の価値に気づかないのだが、下位の貴族や辺境に住む同胞にとって長という存在は見ることはおろか会話を交わすことなど到底望めないほどの尊い存在なのである。
それは誰に教えられるでもなく本能に刻み込まれたもので、ラクスやアスランでさえキラにとって不利になるようなことはできないし、キラを傷つけることなどもっての他だ。
だからこそラクスにはルナマリアとメイリンが固まった理由が十分にわかっているのだが、やはり当のキラだけはわからないらしくきょとんと首を傾げている。
ここはやはり自分が助け舟を出すべきだろう。
僅かな時間だが2人の様子を観察してみれば、彼女達が敵に回ることはないだろうと推察できる。
この2人からはシンと同じ匂いを感じる。
恐らく相当の人間を葬ってきたのだろう。
妹はともかく姉の方は少々血に酔っているように見えたが、どうやら正気を失うほど酷くはなかったようだ。
まだ多少影響は出るかもしれないが、この屋敷にいればそのうちそれも消えるだろう。
何よりもキラと一緒にいれば精神が不安定にはならないだろうし、自分を見失うこともないはずだ。
手首を戒めていた縄を解けば、ようやくラクスの存在に気が付いたのだろう、目を見開いて呆然としている。
「ラクス…様…どうして…」
「初めまして。ルナマリアさん、メイリンさん」
初対面だということを強調してみれば、やはり不思議そうな顔をしている。
シンはすぐに気づいたのだが、どうやら彼女達はまだ気づいていないようだ。
「私とよく似た方とご一緒だったようですが、彼女は私ではありませんわ。私は2年前からずっと、長の傍らにいます」
「嘘…だって…」
それほどまでに自分の偽者はよく似ているということなのだろうか、ある意味感心してしまう。
闇の一族は能力が外見に比例する。
ラクスは五大老の中で最も高い能力を有しているのだ。
そのラクスに似せるということはそれだけでも相当の魔力を必要とする。
同年代でそれほどの能力を持つ同胞がいるとは知らなかった。
今まで持たなかった偽者に対して興味を抱いた。
勿論、それは好感とはほど遠いものだったが。
偽者が何を考えているのかは、ラクスにもまだわからない。
だがシンやルナマリアのような、何も知らない少年少女を利用していることは間違いないだろう。
それが歌姫の名前を貶めることだったら別に構わない。
ラクスにとって歌姫という地位も名声もキラの傍らにいることに比べたら何の価値もないのだから。
だが、彼らがキラに害をなそうとするのなら話は別だ。
ルナマリアからは勿論、シンからもしっかりと事情は聞きださないといけないだろう。
だが、その前にまず同胞の再会を喜ぶことが先だ。
何故ならキラがそれを望んでいるのだから。
「さて、少し落ち着いたかな? じゃあ顔を洗ってお茶にしようか。皆待ってるよ」
ルナマリアの手を取って立たせながらそう言ったキラに、ようやく緊張が解けたルナマリアとメイリンが綻ぶように笑った。
- 10.01.07