貴族の屋敷を狙うのは目的があった。
1つ目は当然、自身の復讐のため。
人間に一族を滅ぼされた自分にはその資格がある。
狙うのが貴族ばかりであるのは、彼らが仇であるハンターを庇護する人間だから。
襲われた貴族の中には当然無関係の人間もいるだろう、幼い子供もいただろう。だがそれはシンには関係なかった。
彼らに殺された妹はまだ12歳だったし、自分たち一族は人間に何の迷惑もかけてはいなかった。
ただ異質というだけで屠られたのだ。
そんな身勝手で一族を滅ぼされたシンにとって彼らが関係あろうがなかろうが大した問題ではない。
最初に手を出してきたのは向こうだ。
異質だと言うのなら、シンに言わせてみれば人間だって自分とは異なる種族。
一方的に滅ぼされる理由なんてない。
因果応報、目には目を。
無力な人間を滅ぼして何が悪いというのか。
2つ目は、己の行動を同族に知らしめるため。
何者かが貴族を襲うということは既に知られているだろう。
犯行内容を見れば誰の仕業かなど同族ならばわかること。
シンは待っているのだ。
闇の一族――その中でも最も高位に位置する吸血鬼が動くのを。
2年前に起きていた事件、ゆっくりとだが確実に人間に恐怖を植えつけていった吸血鬼一族の行動。
闇夜に乗じて人間を襲い、ハンターと縁の深い貴族を1人ずつ消していった彼らを、シンは噂でだが聞いていた。
闇の一族全てを守る立場にありながら、人狼を――シンの一族を助けることのできなかった彼らに対する復讐も兼ねて、シンは敢えて彼らの行動を真似た。
歌姫と呼ばれた彼の大公姫の名前と姿を借り、その名声を地に落としたのも同じ理由から。
いつ来るだろうかと首を長くして待っていた。
すぐに見つかっては面白くないから、地方の領主から狙うことにした。
彼らは都で有名な歌姫が自分の領地に赴いたことに誇らしそうだった。
見目麗しい姿に見惚れ、招待客へと自慢げに説明していた、その醜悪な姿に心の中でひっそりと哄笑った。
幾度殺戮を繰り返しただろう。
傍観を決め込んでいるのかそれとも関心がないのか、一向に現れることのない相手にそろそろ我慢も限界だった。
むせ返る血の匂い、闇を染め上げる紅蓮の炎。
牙に残った液体をペロリと舐め上げたシンは、ようやく現れた気配に知らず笑みを浮かべた。
「遅かったじゃないか」
遠目に見える漆黒の外套を目にして、シンはにやりと笑った。
さあ、復讐はこれからだ。
目の前の光景にアスランは柳眉を顰めた。
「随分派手なことをしてくれる」
「いや、2年前のお前も大概似たようなもんだって」
「わかっている。だからこそ虫唾が走るんだ」
飄々とした顔のミゲルに苦虫を噛み潰した顔で答えるアスランの表情は浮かない。
確かにミゲルの言う通り2年前のアスランもハンターを滅ぼすために手段を選ばなかった。
弱者を追い詰めるように1人また1人と敵を屠ってきた。
一族の使命も己の立場も全て忘れていたあの愚かしい時間を思い出させるようで、目の前の光景は見ていて決して面白いものではない。
今でも人間を殺すことに躊躇いを感じることはないが、それでも最愛の少女が共存を望んでいるから手を出さない。
彼女が他者の命を奪うことを是としないから、無益な血は流したくなかった。
ミゲルの調査で知らされた意外な事実。
歌姫の偽者とその一味。
シン・アスカ。
人狼の生き残り。
家族を殺され、一族を奪われ、復讐に身を落とした少年。
彼の気持ちは理解できる、痛いほどに。
それでも彼らは一族の総意――長の意思に反していることは確実。
止めなければならない。
「全員捕縛しろ」
アスランは低く言い放つ。
背後から影が飛び立った。
◇◆◇ ◇◆◇
立ちふさがる影に、シンは足を止めた。
追っ手が来ているのはわかっていた。
屋敷を後にした時から自分たちを追う影がついてきていたから。
固まって行動するのは不利だったから、単独行動にした。
ルナマリアは気づいていないようだった。彼女たちには別の追っ手がついているはずだ。
弱い仲間ではない。逃げるなり返り討ちにするなり彼女たちならば上手くやれるはずだ。
少なくとも大物は目の前にいる。
「へえ…」
予想外だった。まさか彼が出てくるとは。
翡翠色の瞳を受け止めて、シンは笑う。
純血種の誰かが大将として来るだろうとは思っていたが、まさかこれほどの大物が自分の前に現れてくれるとは。
「まさかあんたが来るとはね」
アスラン・ザラ。
五大公の1人。ラクスと共に闇の一族を率いる藍髪の吸血鬼。
加勢に来たとは思わない。
では自分を止めに――否、始末するために。
目の前の男は静かな足取りで歩を進めてくる。
一歩ずつ間合いを縮めていく。
「お前は派手に動きすぎた。それは一族の総意に反する」
「あんたと同じことをしただけだろ。俺が総意に反してるっていうなら、あんただって同罪だ」
「そうだな」
低く、笑う。
どこか余裕を残したその仕草が無性に癇に障る。
「俺を止める? それとも」
「大人しくしていれば危害は加えない」
「大人しく捕まるとでも?」
「まさか」
ふわり、と大気が揺れた。
頬に衝撃。風。
翡翠に力が満ちる。強い。多分、自分よりも。
唇を噛んだシンに、目の前の捕縛者は笑う。
「従わないのなら従わせるまでのことだ」
- 08.09.29