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Moon Child 04


ふわり、とドレスの裾が翻る。
艶やかに優雅に、それは炎の中で舞う。
深紅のドレスを照らすのは炎。
くすくすという軽やかな笑みがこぼれるが、目の前の光景にはおよそふさわしくなく。
足元に転がるのは割れた食器と、踏み潰された料理。
そして無残な傷を残す遺体。
少女はそれらを一瞥し、窓の外へと視線を移す。
大きな窓からは月が見える。
闇夜に輝く見事な満月。
燃え盛る炎の中でも存在を主張するそれを見上げ、少女はうっとりとため息をついた。

「綺麗」

夜の世界で存在を主張する月は、自分たちにとって象徴のようなものだ。
陽の当たる世界では目立たないけれど、夜の帳が下りてしまえば頼りになるのはその銀色の輝きに頼るしかなく。
それは自分たちを導いていく唯一の光とも言えた。

背後では業火に耐え切れなくなった柱が悲鳴を上げて崩れ落ちていく。
壁や天井を燃え尽くす炎の中にいて、その少女は不気味なほど涼やかだった。
割れた窓から入り込む空気に、室内の炎が一層煽られていく。
ふわり、と風に煽られた桃色の髪を軽く押さえ、少女はようやく室内に視線を戻した。
半ば以上焼けてしまった室内。
先程までホールの中央に置かれていたグランドピアノはすでに火柱と化していて、笑いさざめいていた招待客たちもすでに灰燼となっていた。
半時もすれば建物自体も崩れてしまうだろう。
どれほど贅を凝らしても、炎の前には無力だ。

「なんだ、まだここにいたのか」
「あら、シン。どうしたの?」
「どうしたって、あんたの姿が見えないから探してこいってルナに言われてさ」
「心配かけてしまったかしら」

小首をかしげる仕草は、外見通りの愛らしさだ。
青い瞳、薄桃色の髪。
そして、炎の中でも目を奪われる白い肌。
文句なく美しい少女。
誰もが彼女は高貴な生まれだと口を揃えるほどの気品が、確かに彼女にはあった。
そう、彼の歌姫――ラクス・クラインと誰もが見誤るほどに。
シンは本物のラクス・クラインを見たことがない。
そもそも社交界になど興味なかったし、招待されるほどの身分でもない。
なぜ彼女が本物の歌姫のふりをしているのかは不明だが、シンにとってそれは気にかけるべきことではなかった。
シンと彼女が行動を共にしているのは、偏に利害が一致しているからだ。
シンは復讐のために。
そして彼女は歌姫の名前を貶めるために。
彼女の真意がどこにあるのかなんて、シンには関係がないのだ。
何かを待つかのように動こうとしない彼女に、シンはかすかに眉を潜顰める。
炎は既に天井近くまで覆い尽くしている。
人間よりも遙かに頑丈な身体を持つシンにはこの程度の炎は頬を撫でるそよ風と大して変わらないが、それでも崩れ落ちてくる瓦礫にぶつかれば怪我もするし痛みも感じる。
何よりもここにいるのは時間の無駄でしかない。

「で、まだここに用があるのか?」

呆れたように声をかければ、ややしてため息と共に首が振られた。

「いいえ、今回も無駄足だったみたい」
「あんたは…」
「ねえ、シン」

少女はくすりと笑う。

「あの方はいつになったら迎えにきてくれるのかしら」
「…迎えに来て欲しいのか、あんたは」
「まあ、それは当然だわ。だってあたしの婚約者だもの」
「婚約者って…」

彼女が待っている相手。
それは彼女の切望する人物であり、シンが復讐を誓った人物の1人でもある。
彼女はそれを知っている。
シンが彼を八つ裂きにしたいほど憎んでいることを。
果たして対峙した時、彼女はどうするのだろうか。
そして自分はどうするのか。

「あぁ、楽しみだわ。早く来てくれないかしら」

くすくすと少女は笑う。


  • 08.09.18