「で、俺に話を持ってきたというわけか」
目の前で大仰にため息をつかれ、ミゲルは「はあまぁその通り」と答えるしかできなかった。
被害者であるラクスがアスランに一任したものだからミゲルとしてはアスランに頼むほかはないのだ。
あれは一任ではなく丸投げとしか呼べないんだというアスランの言葉はまったくもってその通りなので返す言葉がない。
本当にキラに告げ口しようかとも一瞬考えたのだが、そうしたところでキラが心を痛めるだけだし、何よりもラクスの怒りが恐ろしくて行動には移せなかった。
「まったく、何を考えているんだか。いくらラクスでも無視できる話ではないと分かっているだろうに」
「その通りその通り」
「だったらお前ももっと食い下がったらどうなんだ。ただの人間の仕業ならば問題ないが、ハンターの仕掛けた罠でないとは限らないだろう」
「いやぁ、俺もそう思ったんだけどさ。何せあのお姫様の頭の中は凡人の俺には読めないわけよこれが」
「俺にだって理解不能だ」
「あ、やっぱり」
ばっさりと切り捨てられてミゲルは頭をかく。
アスランが難色を示すのはわかっていた。
何しろ最愛の恋人をその手に取り戻してからまだ2年しか経っていない。
片時も傍を離れたくないと思っているのも知っている。
それでもアスランは五大老の筆頭であり、一族の長であるキラの伴侶なのだ。
一族を守り率いていかなければならない立場がある。
本来ならばラクスとてアスランと同じ立場なのだが、ラクスは自分で決めたことは頑として貫く傾向がある。
今回の事件に直接関与しないと彼女が明言した以上、ミゲルやアスランがどう意見したところで考えを変えないだろう。
主であるキラの命令があれば別だが、このような血生臭い事件をキラに聞かせることなど到底アスランに出来るはずもなく、そうなれば必然的に結果は見えていた――本当に不本意ではあるけれど。
「仕方ない。ミゲルはそいつらの動向を探ってくれ。状況と目的が判り次第俺が出る」
「了解」
重いため息と共に告げられた言葉に、ミゲルは苦笑しながらも大きく腰を折った。
◇◆◇ ◇◆◇
「今日で5件。案外あっけないものね」
炎に飲まれた邸を眺めながら、赤髪の少女はつまらない呟く。
もっと面白いかと思った。
大人たちの話を聞いていた頃は、狩りとはもう少し楽しいものだと思っていた。
人間と自分たちとは身体能力が違うということはわかっているが、人間とはこんなに脆弱なものだったのかと、あまりのあっけなさに落胆の色を隠せない。
せっかく強い能力を手に入れたというのに、これでは肩慣らしにもならない。
血に塗れた指先を軽く舐め取り、わずかに眉をひそめる。
「それに人間の血って思ったよりも美味しくないのね。貴族なんだから少し期待してたんだけど、やっぱり成り上がりは違うのかしら」
「贅沢言うなよ、ルナ」
「だあって、折角の狩りなのよ。お腹も空いたし、どうせなら美味しい食事をしたいじゃない」
向けられた深紅の瞳に非難の色が浮かんでいるとわかっていても、面白くないのだから仕方ない。
「もう少し手ごたえのある獲物が欲しいのよ。今まで退屈だったんだもの。そのくらい楽しんだっていいでしょう」
「ルナマリア、これは遊びじゃないんだ。何度も言っているだろう」
「はいはい。復讐っていうんでしょう。わかってますよ。シンまで小言はやめてよね。レイじゃあるまいし」
ルナマリアと呼ばれた少女は、何度となく聞かされた言葉を遮るようにひらひらと手を振って、話を打ち切るように闇夜へ身を躍らせた。
普段は頼りになる姉御肌なのだが、どうやら血に酔っているらしい。
殺戮は時として狂気をかきたてるものがある。
半ば強引に巻き込んだシンだが、それが正しかったかはわからない。
ただ人手が足りなかったのは事実だから、即戦力になるルナマリアの協力は正直助かっている。
「お姉ちゃん…」
心配そうにルナマリアの消えた先を見やるのは、妹のメイリンだ。
シンよりも1歳年下の彼女は、ルナマリア程戦闘能力に秀でているわけではない。
むしろおっとりとしたメイリンはあまり争いごとを好んでいないように見えた。
対照的な姉妹だが、仲はそれなりに良い。
わずか半年足らずで変貌した姉を気遣うのは当然だろう。
だが、それを本人に言うほど素直になれず、またシンやレイに問いただすほど気が強くもない。
不安そうに瞬く姿に、一瞬だけ妹の姿が重なる。
(マユ…)
年下のくせに生意気で、口が達者で、いつもシンの後をついて回っていた可愛い妹。
大切だったと気づくのは、それを失ってしまってから。
記憶に残るのは、涙に濡れた顔。
翻る長い髪。
闇を染め上げる深紅の炎。
むせかえる血の匂い――。
「ねえ、シン?」
ギリ、と唇をかみしめたシンに気づいたのか、メイリンが気遣わしげな表情を向ける。
あぁ、やはり似ている。
外見ではない。
ふとした拍子に見せる仕草が、似ている。
けれど、彼女は自分の妹ではない。
「シンは、何に復讐するの?」
それは誰にも告げていない思い。
おそらくレイは気づいているだろうが、他の誰も知らないだろうそれ。
何に、なんて答えは簡単だ。
「世界に」
闇を見据える瞳はひどく暗い。
- 08.08.18