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白花天舞 06


力がないのが悔しかった。
他国では神の国オーブと呼ばれているが、奇蹟と呼ばれているほどオーブは順風満帆な国ではなかった。
資源に恵まれている故に他国からの侵略の脅威は常に存在していた。
いくら天然の要塞と呼ばれていようが、所詮は小さな島国。
巨大な軍事力を備えた国が威圧的に交易を迫ってくることも一度や二度ではない。
他国には知られていなくても、オーブは常に侵略の脅威に晒されていたのだ。
それをキラが知ったのは偶然か必然か。
キラの持つ特殊能力がそれを知らせてきた時には、事態はすでに最悪の展開を迎えようとしていた。
時間稼ぎも難しい状況の中、不思議な縁がキラに――オーブに助力を申し出てくれた。
危険だと言われた。
だが、回避するにはそれしかないと言われ、キラは迷うことなくその手を取った。
自分の身に危険が伴うのは覚悟していた。
けれど――。
キラは失念していたのだ。
自分を守る誰かにも危険が及ぶということに。








   ◇◆◇   ◇◆◇








向けられた微笑はキラに欠片の不安も感じさせないほどに温かく、キラの心情を慮っての行動であることは分かりすぎるほどで。
意外に大きな手を差し伸べられて、キラは戸惑う。
どうしてこんなに優しいのだろう。


(僕は…)


突然の襲撃による拉致。
そしてそれによる暴行。
傷を癒したと言ってもイザークがかなりの暴行を受けたことに変わりなく、一歩間違えば命を落としてしまうことだって十分に考えられたのだ。
今回の襲撃がザフト目的にしろオーブ目的にしろ、どちらにしろキラの身柄は人質として有効だ。
命までは取られない。
だが、イザークは違う。
目的がザフトの国事介入であればイザークの身分は十分な人質になりうるだろう。
だが、オーブが目的の場合、イザークは邪魔にしかならない。
それがわからないイザークではないのに、彼は嫌な顔一つせずにキラを守るために全力を尽くしてくれる。
それが、ひどく申し訳なかった。


「キラ姫?」


泣きそうな顔で両手を握り締めているキラの様子を訝しんだイザークが顔を覗きこむと、その顔はひどく青ざめていた。
人生のほとんどを神殿で過ごしていたキラには少々きつい展開だったから無理もないと思ったのだが、開かれた口から告げられた言葉はイザークの予想と大きく離れていた。


「…ごめんなさい」
「キラ姫…」
「僕のせいで、イザークさんを危険な目に合わせてしまいました」
「ですからそれは…」
「ううん、僕のせいなんです。僕があの人に甘えてしまったから…」
「あの人?」
「守るって言ってくれたんです。危険だけど必ず助けるって。オーブも、僕も。でも、僕忘れていて…」


菫色の瞳が泣きそうに瞬いている。


「僕が危険なのは覚悟できてたんです。でも、他の皆にまで危険が及ぶと思っていなくて」


所詮神殿の奥しか知らない世間知らずの小娘だ。
身を守る術一つなく、誰かに守られなければ生きていくことなどできない。
それなのに何かできるなんて思いあがっていたのが悔しかった。


「見くびってもらっては困る」


涙が溢れそうになるのを必死で堪えているキラの頭上に、不機嫌極まりない声が落ちてきた。
驚いたように顔を上げれば、先ほどまでの笑顔とは変わって眉間に皺を寄せた顔があった。


「姫君に何かしてもらおうとなど、最初から思ってはいない。俺は軍人で、国王直々の命を受けて花嫁を迎えに来たまでのこと。国同士の婚姻に対して不満を持つ輩がいるのは当然だ。ザフトは知っての通り大陸に並びない大国。隙あらば攻め落とそうとしている国だっていくつもある。それを想定した上で花嫁を迎えに来たのであり、危険は百も承知だ。姫君に謝られる謂れは最初からない」
「イザークさ…」
「それに、このような事態は俺もアスランも最初から想定していることだ。少しは夫となる人物を信頼しろ」


きつい眼差しのまま手が伸びてきたので反射的に目を閉じると、頭上に温かい感触が乗った。
ぶっきらぼうだが労りの気持ちが伝わってくる。


「あいつは守ると言ったのだろう。ならばそれを信じてやれ。そうでなければさすがにあいつが不憫だ」
「は、い…」


オーブの斎姫を花嫁にと望んだアスラン。
反対がなかったわけではない。むしろ国交もない遠い異国の姫をザフトの王妃として迎えることに対しては賛否両論あったのだ。
中でもアスランの婚約者として最有力候補であったラクス・クラインを推す一派は多く、下手をすれば王宮内が二分しかねなかった。
頑なに姿勢を崩さないアスランに理解を示したのが、他でもないラクス・クライン。
彼女が全面的にアスランを擁護する立場に回ったために、最高評議会も漸くアスランの意見を認めたのだ。
その後オーブ国内でも神の娘を望んだことに対して反発はあったし、無事に婚礼にこぎつけるまでに1年という長い時間を生じた。
多くの障害を乗り越えてようやく花嫁を迎えられたのだ。
途中で賊に奪われるようなミスをあの男がするとは思えない。
ということは、これはすべて計画の内なのだと思うほうが妥当だ。
自分にすら知らされていない事実というものには少々腹が立つが、それをキラに悟らせるようなことはない。
無事に戻れたら文句の一つや二つ言ってやればいい。
そう、無事に戻ればいいのだ。


「じゃあ、行くぞ」
「はい。…あ」
「何だ」


足を止めたキラに振り返れば、ようやく笑顔を取り戻したキラの顔。


「敬語、やめてくれたんですね」
「あ……」
「その方が僕も嬉しいです」


今後の展開に考えを廻らせていたために、すっかり失念してしまった。
もともとイザークは他人に傅く生活をしていない。
身分も高く、それよりも矜持が高い。
社交的な場ではそつなく対応できるが決して得意分野ではなく。
王太子であるアスランに対しても敬語など使ったことはないために、悲しいことに本性が出てしまったようだ。
ディアッカに知られれば笑われること間違いないだろう。
だが、キラが安心したように笑っている。
とりあえずそれだけで十分だった。


  • 07.06.07