隠し持っていた短剣を取り出し、イザークは片手で傍らのキラを抱き寄せた。
突然の行動に目を瞠るキラだが、イザークの行動を理解するのに時間はかからなかった。
突如開いた扉から屈強な男が数人現れて、キラとイザークを取り囲んだからだ。
彼らの手に握られているのは、細い刀身の短剣しか持たないイザークとは対照的に大降りの長剣。
通常の剣より大きな刀身は、おそらく彼らの豪腕の象徴なのだろう。
軽々と片手で構える姿は逞しく、キラは青ざめた。
目の前の男たちとイザークでは、明らかに体格に差がある。
しかもイザークは自分という枷を抱えている。
どうあっても不利な状態に無意識にイザークの服にしがみつけば、すぐ近くで小さく笑う声がした。
「随分と大仰な出迎えじゃないか」
余裕すら感じられる言葉に、目の前の男たちが声もなく襲い掛かってきた。
勢いよく振り下ろされる剣を、だがイザークはするりと交わして逆に持っていた短剣を閃かせた。
寸分違わず腕の腱を切断された男が呻いて剣を取り落とすと、イザークは落ちた剣を片足で器用に跳ね上げ掴んだ。
ずしりと腕にかかる重みに感心したように笑う。
「ほう、中々の強剣だ」
重量は通常の剣の二倍ほどあるだろう。
だが、質は随分と悪そうだ。ザフトならば決して出回らないであろう重量重視の粗悪品。
腕力で相手を叩きのめすために作られた棍棒のようなものだ。
反してイザークの持つ短剣は、細身ではあるが抜群の切れ味と強度を誇るザフトでも有数の逸品だ。
男たちの反応を見ても、自分とは相手にならないだろう。
たとえ、こちらが片手を塞がれていようとも。
長剣を無造作に投げ捨て、イザークは男たちと対峙する。
「離れるな」
「はい」
腕の中のキラに低く告げると、意外にも胆力があったのだろう、しっかりとした返事が返ってきた。
命を奪う必要はない。
要は戦意を喪失させればいいだけだ。
口元に酷薄な笑みを浮かべれば、案の定目の前の男たちに動揺が走る。
おそらく簡単に始末できると思っていたのだろう。
ザフト帝国近衛隊副隊長の噂は広まっているが、隊長の噂はほとんど聞かない。
家柄と容姿を重要視する近衛隊隊長というだけで軽んじて見られたのだろう。
イザークとキラを同室にしたことといい、室内に監視がいなかったことといい、彼らがどれだけイザークという男を軽視していたかがよくわかる。
最もこちらにとっては好都合でしかなかったのだが。
襲い掛かってくる相手の力を利用して、急所だけを狙い戦意を喪失させていく。
それはイザークにとって決して難しいことではなかった。
むしろ師の特訓に比べれば随分と可愛いものだ。
そうして屈強な体格の男が5人、ある者は腕の腱を切断され、またある者は足を斬られ、瞬く間に床に沈んでいく。
流れる血に眉を顰めながらも、キラはイザークの腕の中でその光景を見ていた。
物心ついてから神殿という世俗から隔離された世界に生きてきた少女にとってこの光景は酷だろうと思うが、残念ながら目を背けて生きていけるものではない。
ザフト帝国の王妃として彼女の肩には大きな荷を背負うことになる。
それは守るべき国民の命であり、倒すべき敵の命でもある。
それがわかっているのだろう、青ざめてはいるものの目を逸らすことはない。
イザークは腕の中の少女の様子を伺い、そして扉へと視線を移した。
最初から見当はつけていた。
現在の国情でザフトに対抗しうるだけの力を持つ国となれば限られてくる。
ましてや以前からオーブを手中に収めようと画策している国となれば更に候補は限られており。
海賊を配下に従える国となれば、イザークが思い当たる国は一つしかない。
略奪と謀略で国を大きくしてきた、今最も危険な国だ。
「さて、そろそろ姿を見せてはどうだ。ブルー・コスモスの国王、ムルタ・アズラエル」
イザークの問いに、両開きの扉が小さな音と共に開かれた。
そこに佇むのは、金色の髪をした青年。
「おやおや、見破られていたのですか。さすがはザフト帝国近衛隊隊長、と言いましょうか」
「貴方が、ブルー・コスモスの…」
「キラ姫にはお初にお目にかかりますね。ごきげんよう、我が花嫁」
丁寧に腰を折る仕草はとても優雅だ。
だが、その口元に張り付いた冷笑が目の前の男の残忍さを表していて、キラは一歩後ずさった。
思わずイザークの服にしがみつけば、キラの顔色に気付いたイザークが小柄な身体を自分の背後に隠した。
「彼女はザフトの王妃となる人だ。貴様の花嫁ではない」
「いいえ。それは違いますよ。彼女は自らの意思で私の元に来るのです。そうですよね。キラ姫」
ぱちん、と指が鳴ると、扉の影から別の男が姿を現した。
先ほどまでの大男と違い、長身の細身の男。
隙のない身のこなしから相当の手練だと分かる。
その腕に拘束されているのは…。
「フレイ?!」
蒼白な顔で剣を突きつけられている幼馴染の姿を認めてキラが悲鳴を上げる。
海上で襲撃に遭った際に行方がわからなかったが、どうやら近衛隊の護衛は間に合わなかったようだ。
短い航海の間でもわかるキラと侍女達の固い信頼関係。
最大の弱点を握られてしまった。
口惜しさに唇を噛み、それでも思わず歩み寄ろうとしたキラを片手で制する。
どうあっても彼女を渡すわけにはいかない。
そのためならば多少の犠牲も厭わないが、キラがそれを承諾するとは思えない。
「来ちゃ駄目よ、キラ!」
「フレイ!?」
「あんたは自分の責任をまっとうするために国を出たんでしょう! 何が重要か間違えないで!」
首筋に剣をつきつけられて怖くないはずはないのに、気丈にもそう言い放つ侍女の姿に、キラの表情が悲しげに曇る。
『俺を信じてくれ』
そう告げたあの人の言葉を疑うわけではない。
危険が伴うとは最初から聞かされていた。
むしろそれだけの危険を冒さなければ運命を変えられないことは、他でもないキラが一番知っている。
だが…。
『君を苦しめる運命なら、俺が変えてみせる』
その一言を信じたい自分がいる。
キラはイザークの腕を振り解いて、目の前の青年へと歩み寄る。
「フレイを放して」
「君と交換ですよ、オーブの姫君」
「キラ姫?!」
「キラ?!」
差し出された手に己の手を乗せようと手を伸ばす。
その寸前、イザークの短剣が空を切り男の腕に突き刺さった。
小さく呻いた男の隙をフレイは逃さなかった。
最低限の護身術は身につけていたのだろう。男の鳩尾に当て身を喰らわせキラへと駆け寄った。
触れる寸前の手を横から掻っ攫い、フレイとキラはそのままもつれるように床に倒れた。
その横をイザークがすり抜け、見事な足技で男を床に沈めると、その腕から短剣を抜き取りアズラエルへと対峙した。
「さて、お前の切り札はすべて失った。いい加減観念したらどうだ」
「…まだ決まったわけではありませんよ。ここは僕の城です。どうやって逃げるつもりですか」
「逃げる必要はない。すべては終わったのだからな」
「そういうこと」
「何?!」
突如響いた声とともに姿を現したのはディアッカ・エルスマン。
気配一つなかったためにアズラエルは驚いたが、イザークは最初から気づいていた。
国王にでも王太子にでもなく、イザークに忠誠を誓った異例の男。
この男が自分の傍を離れる時は何か意図があってのこと。
そして彼が自分の前に姿を現したということは、すべてが終了したということだ。
「さあてムルタ・アズラエル。お前の独裁もこれまでだな」
皮肉げな笑みを口元にたたえてアズラエルへと剣を向けたディアッカが、意味ありげな視線を床にうずくまる2人の少女に向けた。
いや――侍女に抱きしめられているキラへと。
「姫さん、お迎えがきてるぜ。バルコニーに出てごらん」
穏やかな笑みの意味を察したキラがバルコニーへと駆け寄った。
数メートル下にいる馬上の少年の姿に、キラが満面の笑みを浮かべる。
「キラ!」
「アスラン!!」
馬から下りて両手を広げる愛しい人の胸へ、キラは躊躇いもなく飛び降りた。
多分後でフレイから説教をされるだろう。
少しは姫君らしくしなさいと、またお小言を言われるだろうが、ようやく会えたのだから大目に見て欲しい。
青い衣の裾が翻る。長い髪が風に舞い、一瞬後にはその身体は少年の腕の中にいた。
最後の邂逅は1年前。
あの頃よりも大人びた顔つきになったアスランは、身長も伸びただろうか。
見上げる視線が少し上になったような気がする。
だが、大切そうに抱きしめてくれるのは以前と同じ。そして向けられる笑顔も。
「ようやく会えたね、キラ」
「うん、アスラン」
その後オーブの姫はザフトへと嫁ぎ、ザフト千年帝国の礎を築いた。
- 07.06.22