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MY LITTLE LOVER 02


しん、と静まり返った室内の空気は、それに相応しいほどに暗く重い。
そして沈黙した空気は、渦中の人物を益々萎縮させてしまっていた。
寝台の上で蹲る小柄な身体。

己の置かれている状況を理解できていないのか茫然と視線を彷徨わせているシンは、何とも言えず危うい印象を与える。
強いて例えるなら雨に濡れて震える子猫。
不安と心細さと恐怖を宿した瞳で見上げる姿に、耐性があるはずのユダですら思わず息を呑んだ。
シンは無自覚に色香を纏うタイプだと常々思っていたが、この頼りない様の醸し出す危うさは正にその最たるものだろう。
幼いシンには成熟した姿とはまた違う趣があり、それどころか未完成ならではの脆く儚い印象を抱かせる。
レイが危惧したのも当然だろうという程には、目の前の姿は色々な意味で目の毒だった。
おそらくこの頃に出会っていたのなら、ユダはそれこそ心配のあまり片時もシンの傍を離れなかっただろう。

「あの…」

無表情でシンを見つめるユダの視線に居心地の悪さを感じたのか、それとも少しでも現状の把握を図りたかったのか、シンがおずおずと切り出した。

「私は…いくつくらいに見えますか?…」
「少年天使、に見えるな。人間の年齢に換算すれば10〜12歳くらいだろうか」
「やはり、そうですよね…」

気づきたくなかった現実を突きつけられて、シンはがっくりと肩を落とす。
一体どうして己が子供になっているのか、寝起きの頭でなくても答えなど出てこないだろう。
天使として数千年という年月を生きてきているが、そのような事例など聞いたことがない。
もしかしたら過去に事例があったのかもしれないが少なくともユダは聞いたことがないし、天界中の書物を読んでいると言っても過言ではないシンでさえ初耳だろう。
そんな初事例が己の身に降りかかってきたのだとしたら、どういう経緯で起こったのか。
そう考えて思考を巡らせてみたところで、普段と違う行動を取った覚えがないのだから原因すらわからない。

(どうして…)

子供の頃から立派な成年天使になるのが夢だった。
誰かが頼りにしてくれるような、誰かの力になれるような、そんな天使に。
そう――目の前のユダのように。
己が人より華奢な体型をしていることは十分理解していた。
だからこそ鍛錬を欠かさず、足りない筋力を補うように知識を増やしていったというのに。
ようやく、本当にようやく一人前の天使となれたと思っていた矢先に、少年天使に姿が逆戻りしてしまうなんて。
どれほど努力しようと無駄なのだと天から言われてしまっているようではないか。
全くの見当違いではあるが一度考えてしまえば思考は悪い方にしか向かず、遣る瀬無さからシンの眦から涙がポロリと零れた。
慌てたのはユダである。
茫然とした表情が一点して途方に暮れた子供のようなそれになったと思った途端の涙。
すん、と鼻をすすりながらも涙を見られたくないのか俯いてしまったシンをどう慰めたら良いものか。
思わずシーツにくるまれた身体を腕の中に抱き込んだ。

「ユ、ダ…?」
「泣くな」

シンは繊細な天使で、その分感受性が強い。
そのせいで色々あることないこと様々な可能性を考えて不安になってしまったのだろう。
不安になるのは分かるが、1人で落ち込まないでほしい。
今すぐ元に戻すことはできないけれど、一緒に考えることはできる。
こうして傍にいてやることもできる。
だからどうか思い悩んでいるなら話してほしい。
そう告げながらまろやかな頬や額に口づけを落としていけば、シンの身体からゆっくりと力が抜けていく。
細い手をユダの背に回してしがみつく。
小さくなった身体ではその手はユダの背に回りきらなかったが、それでもぴったりと感じる体温に落ち着いてきたようだ。

「もう…大丈夫です」

ユダの腕を押し返し、そう言ってはにかむように笑うシンの表情は先程よりも明るい。
泣いていたせいか目元は赤くなっているが、すぐに治るだろう。
もう一度目元に口づけを落として、ユダは寝台から降りた。
続けて降りようとするシンを寝台に押し戻し、更にその身体にシーツをしっかりと纏わせた。
何しろその中は裸なのだ。
子供だとはいえ、やはり愛しい人の素肌を見て何も感じないわけがなく、情痕の残った裸は今のユダには少々目の毒だ。
そして珍しくその事実に気付いていないシンがきょとんとした顔をユダに向ける。

「え…ユダ…?」

大量のシーツに包まれてもぞもぞと身動きするシンに軽く笑う。

「少し待っていろ。着替えを用意してくる」
「――あ」

そう言われてようやく自分の状況を理解したのか、シンが真っ赤になってシーツにもぐりこんだ。







   ◇◆◇   ◇◆◇







とは言ったものの、ユダの家に子供用の服など常備されていない。
当然のことながらシンが昨日まで着ていた服はサイズが合わないため、ユダが用意したのは比較的露出が少ないユダ自身の上着だった。
サイズが合わなくなってきたのでそろそろ捨てる予定だったのだが、何となく捨てる機会がなくて取っておいたのが幸いした。
一部の例外を除いて人にも物にも執着しないユダは、少年天使の時に使用していた服は成長してすぐに人にあげたり捨てたりして処分してしまったために、シンが着られそうな服がそれしかなかったのだ。
だがユダにとっては小さい服もシンにとっては相当大きいようで、襟からは肩が半分ほど見えていて今にも脱げてしまいそうだ。
ユダの家に子供服が置いてあるわけもなく、着られる服があるだけましだと思うが、それでもどこか心もとないシンの様子に申し訳なくなってくる。
城の倉庫にでも何か保管してあるだろうかと考えていたユダは、シンの家に少年天使の時に着用していた服が残っていると聞いて取りに行くことを決めた。
申し訳ないと恐縮するシンではあったが、ではその恰好で外に出られるかと言われてしまえば答えは否で、結果シンはユダの家で留守番である。
誰が来ても扉を開けないようにと言い含めておいたが、そのようなことを言わなくてもシンが扉を開ける可能性はないだろう。
足はおろか二の腕すら他人の目に触れさせることがないような衣服ばかりを好んでいることからもわかる通り、シンの羞恥心は相当なものだ。
サイズが合わないために大きく胸元が開いた服に身を包んだ状態では、おそらくレイですら会おうとしないのではないだろうか。
服に着られている状態のシンも可愛かったが、正直いつまでもその恰好というわけにもいかない。
小さくなってしまったシンが外出を望むかどうかは別としても、動きやすい服というのは必要なのだ。
主にユダの精神安定のために、だが。

それにしても、とユダは思う。
このようなことが起こるのなら、昔の服を残しておけばよかった。
成年天使になると同時に必要ないからと処分してしまったけれど、せめて一揃えでも残してあれば不安そうなシンを残して外出する必要などなく、更には自分と同じ服に身を包んだシンが拝めたのだから。
そう思えば少しばかり勿体ない気持ちになるのも当然だろう。
勿論普通ならば身体が小さくなるという事態など起こるはずもなく、ユダがそのようなことを想定するはずなどないのだから、考えたところで意味がないのであるが。
ユダの家とシンの家は天界の中では決して遠い場所にあるわけではないが、歩いてすぐ着くというほど近距離でもない。
特に人望篤いユダはすれ違う天使から頼まれ事をされることも多いため、すんなりと目的地に着けることはあまりないのだ。
誰とも会わない道を選び、時には森の中を抜けてシンの家に到着した頃には陽は既に高く昇っており、きちんと整頓された室内から一見して長く使っていなかったとわかる箱の中に目当てのものが入っているのを確認して家に戻った頃には陽は西に傾き始めていた。
朝から何も食べていないシンが腹を空かせていないかと思い、途中で成っている果物をいくつか拝借し、そうして戻ってきたユダが見たのは、待ち草臥れたのか寝台の中でシーツを抱きしめるように眠っているシンの姿。
何とも無防備な姿に愛らしさを抱くものの、上着がめくれて白い脚が際どいところまで見えているのに若干だけ困ってしまったのは内緒である。


  • 12.02.07