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MY LITTLE LOVER 01


どうしてこうなったのか。
原因はわからない。
思い当たるのは昨夜の会話だが、まさかあの程度の軽口がこのような事態を引き起こすなんてあるだろうか。
だが、それ以外に思い当たることがないのだから、やはりそうなのだとしか言えないだろう。

事の起こりは昨日の夕食後の団欒。
レイの家に集まり揃って夕食を摂るのは珍しくないとはいえ、任務やら何やらで6人が揃うのは本当に久しぶりだった。
下界で起きた面白い話や鍛錬時の失敗談など、会えなかった時間に起きた話を誰ともなく語り、それに相槌を打ったり横槍を入れたりといつもと同じ光景が繰り広げられた。
それからどうしてそんな話になったのかは忘れてしまったが、何かの拍子で自分たちが少年天使だった頃へと話題が移っていったのだ。
今ではお互い常に一緒に行動するようになっているが、少年天使だった頃は生活区域が離れていたせいで会ったこともなく、だからこそ話が盛り上がったのだろう。
少年天使の活動範囲は意外と狭い。
それはまだ能力に目覚めていないために移動する距離が限られていたということもあるし、仲の良い集団で行動することがほとんどだったからだ。
偶然にもこの中のメンバーは集団行動よりも2〜3人で行動することを好むようなタイプが多いために、知り合う人物は本当に限られていた。
特にユダとルカはゼウスや女神の傍にいることが多く、ゴウとガイは大体2人で行動していたらしい。
そんな話の流れでシンはどうしていたんだとユダが切り出したところから、話題は思わぬ方向へと転がっていったような気がする。
シンは今と同じく身体を動かすよりも本を読んでいることの方が多くて、ほとんどの時間を図書館で過ごしていた。
そんなシンと知り合ったのは、当時から料理に関して興味があったレイで、勿論出会ったのは図書館だった。

『あの頃のシンは、ほんっとうに可愛かったんですよ』

今も可愛いですけどねと絶賛したレイに喰いついたのが、シンと一番近しいのは自分だと自負しているユダだ。
ユダとシンの出会いは運命だと思っているし、出会ってからはほぼ毎日一緒に過ごしていたのだが、如何せん少年天使の頃はお互いの存在すら知らなかった。
自分の知らない頃のシンを知っている相手から話を聞きたいと思っても当然だろう。
ユダの要求に応えてレイは熱弁を奮う。

『背は僕と変わらなかったのですが、シンは本当に華奢でお人形さんみたいに愛らしかったんですよ。くりっとした瞳とか小さな唇とか、僕ですら思わず見とれてしまうほど綺麗でした。しかもちょっと人見知りするせいか常に上目遣いで目は潤んでて。あれはもう犯罪でしたね』
『レ…レイっ!』
『でも、そのせいか良からぬことを考える成年天使も多くて、いつ草陰に連れ込まれてもおかしくないくらいでした。お陰で僕はいつも心配で、片時も目が離せなかったほどです。まぁルシファーが何かと気にかけてくれていたために不埒な真似はされませんでしたけど』

本当に良く無事でいてくれたものです、としみじみ言うレイの口調は誇張でも何でもないのだろう。
実際成年天使が邪な欲望を発散させるために少年天使を襲うという事件は少ないけれど確かにあったのだから。
かく言うユダもルカもそのような誘いを受けたことがある。
自分たちは子供ながら腕には自信があったから難なく撃退することができたが、お人よしのシンがその毒牙にかからなかったのは運が良いだけではなく、レイの言う通り周囲の者が目を光らせていたからなのだろう。
シン自身も身に覚えはあるせいか、何となくバツの悪い表情を浮かべている。

まぁシンが無垢であったことは自分が一番良く知っているし、と一瞬だけ大人気ない嫉妬を向けそうになったユダが気を取り直したのはすぐのこと。
そして自分が見たこともない『子供のシン』という存在に興味が湧いてきたのだろう。

『そんなに可愛らしいシンなら、是非一度会っておきたかったな』

ユダが軽口を言うようにそう言って、だが決してただの軽口でない様子に真っ赤になったシンが先に帰ると言ってレイの家を飛び出していってしまい、怒らせたかなと笑いながらユダがその後を追いかけていったために会話はそこで終了した。
その後途中でシンを捕まえて先程の軽口を詫びつつ良い雰囲気になり、シンを腕に抱いたまま2人でユダの家へと帰ったのが夜も更けてからのこと。
久しぶりのシンの艶姿を堪能して、意識の失ったシンを腕に眠りについたのは明け方に近い頃だったと思う。
そこまではいつもと同じ。
だからこそ余計に信じられない。

そもそも誰が信じるというのだ。



目が覚めたらシンが幼くなっていたなど。







   ◇◆◇   ◇◆◇







「ん……」

窓から差し込んでくる朝日でユダの意識は覚醒した。
全身に感じる心地よい疲労は昨夜の結果で、その気だるさは嫌いではなかった。
況してや己の腕の中で安らかな眠りに身を委ねている愛しい人の存在があるのだから、不機嫌になる要素など1つもない。
初めて会ったあの夜から運命的なものを感じていた。
こうして肌を重ねるようになったのは出会ってからそう遅くない頃だったと記憶している。
それから悠久の時を数えたが、あの時からシンへの想いは強くなる一方で、その気持ちが褪せる気配など微塵もない。
今も腕の中で身じろぎするシンが愛しくて仕方ないのだ。
任務を終えて天界に戻ってきたユダがシンとこうして夜を過ごすのは10日ぶりになる。
会えなかった時間を埋めるように求め合った結果だろう、シンの眠りは深く起きる様子も見られない。
シンは元々体力があまりないので、ユダの激情を受け止めるには負担が大きいのだ。
それでも決してシンはやめろとは言わない。
それどころか大変だろうにユダの全てを受け止めようとするのだから、そんな健気な姿にユダが恋情を募らせていくのは当然と言えよう。

精も根も尽き果てたように眠っているだろう腕の存在を確かめるように胸の中に抱き込み――そして感じる違和感に首をひねった。

「?」

シンは身長こそそれほど低くないものの、体型は華奢しか呼べないほど細身だ。
特に肩や腰の細さはうっかりすると手折ってしまうのではないかと思うくらいに細く、ユダが抱きしめれば腕の中にすっぽりと隠れてしまうほど。
だが、それを抜きにしても小さすぎではないだろうか。
まるで子供を抱いているようだ。

「………シン?」

ユダは己の腕の中で相変わらず安らかな寝息を立てる恋人へと視線を動かして――固まった。

すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っているのはシンだ。間違いない。
だが、その姿。
シャープな頬はふっくらとした丸みを帯びており、輪郭も普段より一回りほど小さい。
細い肩はユダの半分ほどしかなく、腕も胸も明らかに少年特有の未完成のそれだ。
それなのにその白い肌には昨夜ユダがさんざん散らした赤い痕がしっかりと残っており、未成熟の身体に刻まれた情痕は何とも言えず背徳な印象を与えている。

(これは…夢、か…?)

そう思ってしまっても無理はない。
ユダやシンが少年天使だったのは遥か昔。
それこそ千年単位で昔のことだ。
その頃はまだ知り合っていなかったうえに、昨日の夜にレイがあまりにもシンの愛らしさを力説するものだから、見てみたいとは確かに思ったけれど。
だからってそんなことが実際に起きるなんて、常識で考えればあり得ない。
そうなれば夢オチという言葉が浮かんでも当然だろう。
実際現実に近いような夢を見たことなど何度もあるのだから。
それは勿論良い夢もあれば悪夢の時もある。
では、これは一体どちらなのだろうと己の腕を枕に眠り続けるシンの頬へと手を伸ばした。
しっとりと吸い付くような肌質は同じ。
若干柔らかさが増しているのは子供だからだろう。
ふくふくとした頬は何とも言えず障り心地が良い。
だがそんな感触を楽しんでいる場合ではない。

「シン」

耳元で声をかけ、枕になっている腕を少しだけ動かす。
シンは元々目覚めの良い方ではない上に、少しだけ無理をさせた自覚があるから本当に静かに、ゆっくりと。
耳元で囁かれる声にシンの眉が僅かに顰められる。
いやいやをするようにユダの胸へ顔を埋めるのはいつものこと。
普段でも十分過ぎるほど愛らしい行為。
それなのに外見が一層幼くなっているものだから、それはもう凶悪なほどに可愛らしかった。

レイは上目遣いが犯罪だと言っていたが、この仕草も十分すぎるほどではないだろうか。
あの時の会話に出てこなかったということは、レイはこんなシンの仕草を見たことがなかったのだろう。
何となく役得な気分を抱きつつ、ユダは更に声を掛ける。

「シン、そろそろ起きないか」

そう囁きながら愛らしい耳に口づけを落とせば、流石に驚いたのか閉じていた瞳がぱちっと見開かれた。
綺麗な黄金の瞳。
普段なら知的な印象を与えるのだが、幼くなった今はそれ以上に愛らしい印象を与える。
至近距離から見つめる子供に、レイの言葉には一切の誇張がなかったのだと妙な感心を抱くユダは、やはりまだどこか混乱しているのかもしれない。
目覚めてすぐにユダが隣にいることで昨夜のことを思い出したのか頬を染める姿は、幼い姿だからこそ余計に艶がある。

「あ…おはようございます、ユダ」

恥ずかしそうに、それでも幸せそうな笑顔を浮かべてそう言ったシンは、だが、己の発した言葉に不思議そうに首を傾げた。
何だか声が高くなったような気がする。
寝起きの声は普段と違うのは当然。
ついでに言えば昨夜は結構喉を酷使したから、声が変わるとなれば間違いなく低くなると思うのだが、今、己の耳に届いたのは変声期前の子供のような声だったような…。
思わず己の喉に触れ、そして更に深まる違和感。

手が――小さいのだ。
もみじのような、とまではいかないけれど、それでも成人男性のものに比べたら遥かに小さく華奢な指。
まるで子供のような、というか子供そのものの手に黄金の双眸が見開かれる。
手だけではなく、全体的に縮んだように思ったのも気のせいではなかった。
ペタペタと触れてみれば間違いなく自分の身体で、どういう理由かはわからないが子供のそれに戻ってしまっているではないか。
唖然とした表情でユダを仰ぎ見るが、残念ながらユダも原因はわからなかった。


  • 12.02.03