ゆっくりと開かれていく瞳は黄金。
稀有なその色はこの国では珍しい。
琥珀や虎目石のような色彩を持つ者は少なくないが、光り輝く黄金を瞳に宿す者は初めてだ。
涼やかな目元を、だが困惑からか不思議そうに瞬かせている姿は存外幼く、調べさせた経歴では21歳となっていたのだが、そんな仕草は彼の年齢を1〜2歳若く見せている。
「気が付いたか?」
「え…と…?」
戸惑うように彷徨わせた視線がルカを捕らえ、次いでユダを捕らえる。
少し高めの声が耳に届き、それが青年の声なのだと知った。
「気分はどうだ。具合が悪いとか吐き気がするとか、そういうことはないか?」
「あ…え…はい。特にありません、けど…?」
ユダの問いに小さく頷いた姿に、あからさまに安心したように息をついた。
目覚めてからの反応が不安だったが、どうやら困惑しているだけで脳に異常は現れていないようだ。
「すまなかったな。こちらの事情に君を巻き込んでしまった。勿論謝って済むことではないとわかっている。こちらで出来ることなら何でもするつもりだ。怪我が治るまでの世話もこちらで」
「あの…あの…ちょっと待って下さい。――っ!」
謝罪と今後の対応について話を始めたユダの声を青年は遮った。
慌てて起き上がろうとして、全身に感じる痛みと違和感に眉を顰める。
「あぁ、まだ動かないほうがいい。骨にひびが入っている」
「骨って…」
右太腿と額に巻かれた包帯に気づき、青年は目を瞠る。
よく見れば腕にも消えない痣がいくつも残っている。
そして視線を巡らせればようやく見えてくる現実。
「ここは…病院、ですか? 私はどうして…」
麻酔が効いているせいでそれほど痛みはないからだろう。自分がどうして病院にいるのかわかっていないようだ。
不思議そうに首をひねる姿はやはりどこか頼りない。
ユダやルカとそう変わらない年齢のはずなのに、受ける印象が随分と違うのは、やはりこの不安そうに瞬く黄金の瞳のせいか。
「君の名前は?」
「シン…です」
「昨日何があったか覚えているか」
「昨日、ですか?」
「あぁ。昼間でも夜でも、何でもいい。覚えていることを話してくれないか」
見ず知らずの人間に目覚めた早々そんなことを言われて困惑を隠しきれないのだろう。
不審者だと思われて警戒されないのが幸いか。
シンはユダに支えられて半身を起こすと考えるように小首をかしげた。
「昨日は学校に行った後で夜までアルバイトでした。その後孤児院へ顔を出して、それから…あっ」
思い出した現実に愕然となった。
普通の学生があのような現場に遭遇すれば無理もないことだろう。
「…私は、撃たれたのですか?」
「覚えていないのか」
「誰かが争っているとしか見えませんでしたし、正直あの場所はそれほど治安のいい場所ではないので、小競り合い程度は珍しくありませんから。普段とは様子が違うなと思った時には大きな衝撃が来て、それから先のことは…」
「記憶にないと?」
シンは小さく頷いた。
恐怖に怯えた様子がないのは、多分自分が撃たれたということを認識していないからかもしれない。
トラウマにならなければいいがという危惧は杞憂と終わったようで安心だ。
「ところで、貴方方は?」
「あぁ。挨拶が遅れたな。すまない」
そういえば名乗りもしていなかったことに今更ながらに気がついた。
自己紹介よりも先ずはシンの容態を確認することが先決だったとは言え、これでは怪しい人物になってしまう。
そんな基本的なことを失念していた自分に苦笑しつつ、ユダは名を名乗った。
「俺の名はユダだ。こっちは義弟のルカ。怪しい者ではない」
「ユダ…って、まさか公子様?!」
「そう呼ぶ者もいなくはないが、継承権は放棄しているから正しくないな。俺のことはユダと呼んでくれればいい。余計な敬称はいらな…シン?」
ぽかんと口を開けたきり硬直したシンにユダが首をひねる。
ユダ自身己の身分に全く頓着していないから気づかないが、これが普通の反応だとルカは内心で呟く。
特に今のユダは悪政を強いる父親に正面切って反抗する清廉潔白な元公子なのだから、国民の期待と尊敬はユダが想像している以上に高い。
調べさせた経歴ではシンは特に王族崇拝者というわけではないけれど、孤児院へ足しげく通うなど貧困街へのボランティアも活発に行っているのだから、多分国民のために尽力しているユダへの敬愛は普通の国民以上だろう。
シンにとっては雲の上の人物。
そのユダがシンのために心を砕いて、しかも傷ついたシンの見舞いに来ているのだから、本人にとってはまさに晴天の霹靂。
あっさりと受け入れられるわけがない。
「どうした、シン。大丈夫か?」
1人事情の分からないユダが、熱でもあるのかとシンの額へと己の額をコツンと合わせた。
ボン、と音がしそうなほど赤くなった白皙の美貌を見て、何も知らないのは罪なことだとルカはため息をついた。
- 09.03.19