襲撃から3日。
ユダの巻き添えを喰らうような形で負傷した青年は依然として目を覚まさない。
太腿への負傷に加え転落の際に負ったと見られる外傷が、彼が目覚めない原因ではないかというのが医師の診断だ。
頭部への衝撃も少なからずあったということなので、一刻も早い意識の回復が望まれる。
ルカは目の前で眠る青年を見下ろす。
痩躯とも呼べるほど華奢な体型、ほっそりとした身体はただでさえ庇護欲をかきたてるというのに、額に巻かれた白い包帯がそれを一層際立たせている。
眠る姿はまるでスリーピングビューティー。
淡い水色の髪、白い肌。とても品のいい外見をしている青年だとルカは思う。
国民性なのだろうか、オリンポスの民は総じて整った容姿をしている者が多いが、それでもこの青年は際立っている。
瞳の色は不明だが、どんな色であれ彼の美貌を際立たせることはあっても損なうことはないだろう。
怪我は重症だった。
太腿の傷は動脈こそ傷つけていないものの筋組織は断裂しているし骨にもひびが入っている。
完治までには最低でも一ヶ月かかる。
また弾は貫通していたとはいえ、一時でも体内に侵入した異物のせいで発熱がひどい。
今日になってようやく熱も下がってきたが、細い身体が苦しげに魘されているのを見るのは、さすがのルカも気分がいいものではなかった。
他人に対して淡白だと言われるルカですらそう思うのだから、情に篤いユダは尚更だ。
多忙な毎日から時間を捻出して可能な限りユダは青年を見舞いに来る。
1回の滞在時間はほんの数十分。中には数分しか余裕がなく眠る青年の姿を確認してすぐに仕事に戻るということも珍しくなかった。
そんなユダの姿に病院関係者の印象は良いが、ルカとしてはあまり歓迎できる事態ではないのが本音だ。
いくら自分が巻き込んでしまったとは言っても、相手はたかが一市民。
正直、あまり特別扱いはしてほしくない。
ユダはゼウスを失脚させこの国のトップに座るべき人物だ。
その人望は国主であるゼウスを上回るほどで、政治や外交に関しては国内外でも評価が高い。
近隣諸国ではユダがゼウスを失脚させるのも時間の問題だと言われているほどで、その高い評価のせいでゼウスから生命を狙われている身だ。
己の身は清廉潔白でなければならず、不審な人物との接触はなるべく避けておきたい。
勿論青年の身元はすでに調査済みだ。
名前も住所も生い立ちも、本人に了承は得ていないがしっかりと調べてあるし、その結果青年に何一つ怪しいところがないと判断したからこそユダの見舞いを許しているのだが。
それでも本人に直接聞かなければわからないことはいくつかある。
そのためにも早く目を覚まして欲しいのだが、こればかりは相手の回復次第ということで、ルカがどれほど望もうと叶うことはなさそうだ。
「まだ目覚めないのか」
聞きなれた声がして振り返れば、スーツに身を包んだユダの姿。
つい先程まで隣国の大使との会談が行われていたはずだが、どうやら予定よりも早く終わったらしい。
なるべく青年と接触してほしくないから過密なスケジュールを組んだつもりなのだが、ユダはこうして予定されていた時間を短縮させてでも見舞いに来ようとする。
これで公務をおざなりにしているようならば怒ることもできるのだが、ユダの性格上それだけはないだろうとわかってしまうだけに下手に怒ることもできない。
これ以上何か言おうものなら睡眠時間を削ってでもやってきそうだ。
ただでさえ多忙なのだ。睡眠時間とて最低限しか確保できていないのだから、それを削られてはルカとしても困る。
「もうすぐ3日か…」
眠る青年の額へとそっと手を触れながらユダは小さく呟く。
いつまでも意識が回復しないのなら脳に何かしらの障害が起こっていると考えた方がいい。
頭部への外傷は擦り傷程度だったが、頭の怪我は出血が少ない方が却って厄介なのだ。
ユダが想像した通り青年は受け身も取れないまま頭から転落したらしい。
あの場所に衝撃を吸収するようなものは何もなく、青年は踊り場から地面へと転がり落ちた。
転落の際に負ったであろう打撲の後は服に隠れて見えないが、細い身体のあちこちに醜い痣となって残っている。
それが余計に痛々しく、点滴をされている腕に残る痣にユダは眉を潜めた。
繊細な作りの顔はユダやルカとはまた違った中性的な美しさを備えている。
だからこそ額に残る傷跡が余計に痛々しい。
「本当にすまなかった…」
呟く声は悔恨に満ちていて、あの場にいながら守ることができなかった自分をどこまでも責めているように聞こえた。
お前のせいではないと何度言ってもユダは首を振る。
あれは事故だとわかっているが、ユダがいなければ青年が怪我をすることなどなかったのは事実で、無益な殺生を避けようと持っている銃を使おうとしなかったのも事実。
敵の命を惜しんだばかりに守るべき大切なものを傷つけてしまった。
これでもし青年が目覚めなかったらユダは自分を許すことができないだろう。
武力や権力で物事を解決するのはユダが最も厭うことの1つだが、奇麗事を唱えるばかりでは本当に守りたいものを守ることができない。
それは哀しいけれど現実だ。
それを今、目の前に突きつけられている。
守るとはどういうことか、それを考えなければならないのかもしれない。
「……っ……」
ふと、目の前の青年の頭が動いた。
形のいい唇から漏れた吐息に反応するようにユダが振り向く。
長い睫がかすかに震え――。
眠り姫が目覚めるようにゆっくりと開かれていく瞳を、ユダとルカは静かに見守った。
- 09.03.09