襲撃は意外に早かった。
古い教会を視察した帰り道で、それは訪れた。
「…これはまた、随分と派手だな」
目の前で炎上する車を見てユダは呟く。
車に爆弾を仕掛けるなど、随分とわかりやすい罠だ。
暗殺集団と言うからには相応の緻密な作戦のもとでユダの生命を狙ってくるものかと思ったから正直拍子抜けだ。
もしかすると彼らとは別人なのかもしれないと思う。
ユダが知るゼウスの子飼いはひっそりとだが確実に相手を仕留める。
だからこそ相手は病死や事故死としか見られず、周囲に疑問すら抱かれないのだ。
ゼウスにとって都合のいい人物が次々に亡くなっていくことに訝しく思うものはいるが彼らの死に不自然なところはなく、逆を言えば暗殺者がそれだけの実力を持っているということなのだろう。
疑わしくても証拠がない。
そして不審な人物の姿も目撃されていない。
そこまで闇に潜んだ彼らだから、ユダを狙う時も爆発などというわかりやすい方法を使ってくるとは思えなかった。
「…別口か」
「その可能性は高いだろうな。随分とお粗末すぎる。大方ゼウスを取り巻くマフィアどもが痺れを切らしたというところか。下っ端の独断ということはないだろう」
ゼウスは一日も早くユダを始末したいはずだ。
だがユダは普段から隙のない人間だ。
特に今は自分が狙われている自覚があるから、必要以上に身辺に注意を払っている。
飲食物はルカが徹底的に管理し、1人で外出することもほとんどなく、市井を見て回る際にも過剰ではない程度にSPがついており四方に睨みをきかせている。
素人には気づかれないようにしながらも完璧なガードがユダを守っていた。
更にはユダ自身が武道全般に長けているため、出来る限り秘密裏にユダを始末したゼウスも手段を選べなくなってきているというところか。
四聖獣の仕業ではないとわかったのはいいとしても、さてではどうやって帰ろうかと首をひねる。
この車の事後処理もしなければならないし、タクシーを呼んでそのまま戻るわけにもいくまい。
第一見知らぬ人物の運転する車には乗らないほうが賢明だ。
そう思いルカを振り返れば心得たルカが既に携帯電話を片手に通話中だった。
目線で動くなと伝えてくる様子にまったくよくできた義弟だと感心する。
「10分ほどで迎えがくる。彼らに車の処理は任せよう」
「すまないな」
「気にすることはない。これくらいは想定の範囲内だ。マフィアの手口は派手だが粗が多くて助かる。このまま何事もなければいいんだが」
「どうやらそう上手くはいかないみたいだぞ」
「…だな」
かすかに感じた殺気にユダは目を細める。
ルカは大きくため息をつく。
相手が四聖獣ではなくゼウスに癒着しているマフィアだと知ってしまえば脅威はそれほど多くない。
むしろ派手に仕掛ける彼らは目立ちすぎるために、ユダの身に何かあればすぐに元凶がゼウスと断定されてしまうため、命を狙われる可能性は低いのだ。
勿論拉致されたり手傷を負わされたりという危険はあるので油断はできないのだが。
ずらりと並ぶ黒服の男。
裏路地に深夜に近い時間だというのにも関わらずサングラスと帽子。
全身黒ずくめの姿は明らかに堅気のものではない。
どうやらマフィアの暴走らしいと判断する。
このようなわかりやすい手口にわかりやすい格好は暗殺を生業としているものの行動ではないし、おそらくゼウスもこのような暴挙は好むまい。
車を爆破した程度で終わるとは思っていなかったが、やることがどこまでも派手でルカは正直呆れた。
ユダもルカも幼いころから公子という立場から常に命を狙われる危険と隣り合わせで育ってきた。
護身術は一通り身につけているし、暴漢に襲われる際の対処も慣れている。
慣れたくはないが否応なしに慣れてしまったルカの第六感が、目の前の男たちが小者だと告げていた。
それはユダも同様なのだろう、表情に余裕がある。
さすがに住宅街の傍では銃を使用するつもりはないのだろうか、男達が手にしている武器はナイフが多い。
視線で合図を交わして物陰に隠れる。
狙いはユダだがルカてと安全ではない。
むしろユダを殺すことはできないが、己の身でユダを守るルカの方が厄介だと先に狙われる可能性も高い。
ましてユダが凶弾に斃れれば弟のルカがユダの遺志を継ぐことは明白。
今はユダの補佐という立場にいるが血統を考えればルカの方こそ正統な後継者なのだ。
ルカとて自分の命の重さを知っているから無謀なことはしないだろう。
だがルカにとって最優先するべきがユダなのは変わらないため、ユダは敢えてその場を移動した。
「後で落ち合おう」
「了解した」
普段ならば2人の連携で倒すことを考えるが、ここでは場所が悪い。
すぐ裏は住宅街だ。
古い住居が立ち並ぶそこは善良な国民が住む場所であり、この場所で乱闘を起こしたくはない。
裏路地を走り人気のない場所へと移動する。
このまま進めば先程の教会へと戻ることになってしまうが他に道がない。
教会には隣に孤児院が併設されており、そこには小さな子供達も沢山いた。
なるべくなら彼らに騒ぎが聞こえないといいのだが、この際贅沢は言っていられない。
少しでも人気のない場所へと移動しつつ、襲い来る男達を交わし地面に沈めていく。
敵の実力はそれほど大したことはないが数が多い。
10人前後だろうか。半数はルカが引き受けてくれたはずだから随分と大人数で来られたものだ。
接近戦に持ち込まれたのは正直助かる。
いくら腕に覚えがあるとは言えさすがに銃を相手に素手で勝てるとは思えない。
ユダ自身護身用として懐に備えてはいるものの、簡単に命を奪えてしまうそれを容易に使うのは避けたいものだ。
敵の命はもとより万一流れ弾で民に傷でも負わせては申し訳が立たない。
だが、残念ながらユダの思惑は相手には通じない。
旗色が悪くなった男が懐から取り出したそれをユダに向ける。
鈍く光る銃は人一人の命を奪うのなんて簡単だ。
そしてその相手はユダだけに限らない。
「くそっ!」
舌打ちをしつつ応戦するべく自分も懐へと手を伸ばすが、一瞬の躊躇がユダにそれを許さなかった。
間に合わないと瞬時に物陰へ飛び退れば、ほぼ同時に足元を兆弾が掠める。
1人が銃を取り出せば他の相手もそれに習う。
頭上を飛び交う銃弾にさすがのユダも手が出せない。
唯一助かるのはユダの場所は相手から死角になっているせいか当たる気配がないというところだろう。
どうやら相手の腕は格闘と同じく上手ではないらしい。
喜んでいいのか周辺の被害が広がると嘆けばいいのか微妙なところだ。
相手に殺意がある以上、このまま応戦しなければユダの命は今日が最後となってしまう。
命を惜しむわけではないが為さねばならない大儀がある以上、ユダもまだ命を捨てることはできない。
安全装置を外して機会を見る。
相手はサイレンサーをつけているため銃声が響かないため、姿を隠されてしまえばどこから狙ってきているかわからないのが難点だ。
しんと静まり返った空気が耳に痛い。
ふと聞こえてきた靴音にユダの息が止まる。
カツンカツン、と小さな音。
少しずつ大きくなってくるそれは、当然のことながら襲撃者のものではない。
援軍かと思うが規則正しくゆっくりと聞こえてくる足音は事態を把握しているとは到底思えず、思わず視線を巡らせたユダの視界に月光を背に1人の男性が姿を現すところだった。
階段の上、細身のシルエットが浮かび上がる。
小脇に小さな鞄を抱えている姿は学生だろうか。
「……?」
青年の視線が銃を構えた男を捕らえ、驚愕に見開かれる。
「やめろ!!」
ユダの制止も間に合わず、男が青年を振り返る。
小さな音。ぐらりと傾く身体。
階段を落ちていく青年の姿。
「……っ!」
頭の芯が熱くなった。
この国の民は全てユダが守るべき大事な人達だ。
それを傷つける者は許せない。――許さない。
目の前には3人の男。それらに向かって一撃ずつ放つ。
生かして捕らえれば証人として使えるという思考はその時ユダの頭にはなかった。
どうせ下っ端。捕らえたところで知らぬ存ぜぬで通されればそれまでだ。
彼らがゼウスに雇われている証拠はないし、ゼウスとマフィアの癒着など公然の秘密だ。
警察に引き渡したところで知らぬ間に釈放されて終わりだろう。
公的機関の上層部はゼウスの手先だ。
崩れ落ちる身体を無視して、ユダは倒れている青年の下へ駆け寄った。
地面に広がる血溜まり。
だが致命傷を与えられたにしては少ない。
出血の原因は左足だ。
どうやらあの男の腕は本当にユダが思った通り二流だったようだ。
目撃者の口を封じるために発砲された銃弾は青年の太ももに当たっただけ。
数発発射されたように見えたが、段差から転落したお陰でそれらを浴びずに済んだらしい。
お陰で命に別状はなさそうだ。
意識がないのは撃たれた衝撃と転落が原因だろう。
高い場所ではないとは言え、少なくても2メートルはある。
頭を打っていなければいいのだが。
ハンカチで傷口をきつく縛り、極力頭を動かさないようにして、そっと抱き起こす。
ユダほどではないがそれなりの長身。
だが抱き上げた身体は驚くほど華奢で、何の反応も出来ずに撃たれたことを考えると武道の経験はなさそうだ。
「すまない…」
意識のない青年に、ユダはそっと呟いた。
- 09.03.05