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Amazing Grace 07


「さて」

城へと戻ってきたユダはいつものように執務室の椅子に腰を下ろし、だが執務に精を出す前に優雅に長い脚を組んでみせた。
その背後にいつも控えている秘書の姿はない。
何しろこの大公、恋人を迎えに行くと城を飛び出してから2日音沙汰なかったのである。
つまりは2日間二人きり。
シンがどのような目に遭ったか想像に難くない。
何しろ2日に渡る『お仕置き』のせいで、いまだにベッドの住人なのだ。
ご愁傷様と思わなくもないが、今はそれより自分の身が大事である。
レイは艶やかながらも何やら含んだ笑顔を前に、とりあえず親友の容態は後回しにすることにした。

「ここ数日、こちらを悩ませているこの件だが」

そう切り出してきたのは勿論この場で発言権のあるユダである。
パサリ、と机の上に投げ出されたのはそこそこ大きな封筒で、中にはそれなりの大きさに引き伸ばされた写真が入っている。
いわゆるお見合い写真というやつだ。
国主であるユダは成人男性でありながら未だに独身で恋人の影すら見えない。
それだけ政務に身を捧げてきたのだが、国民はともかくとして、これを好機と見て縁故を繋ごうとする政治家及び企業家及び他国の王家は後を絶たない。



「うちの娘は、親である私が言うのも何ですが、気立てが良くて優しくて。勿論頭も良いのですよ。いかがですか話し相手にでも」

などとアピールする後ろ暗いことがある元有力政治家とか。



「その年でしたら妻の一人や二人いない方が不自然でしょう。どうでしょう、よろしければ私の妻を幾人か見繕いますが」

と、一夫一妻制の国の主にとんでもないことを言う某産油国の王とか。



「とりあえず相手をしてみれば良いのです。身体が合えば心も合いましょう」

などと言いながら大量の女性を会談の場に呼び込もうとする企業家とか。

とにかくユダにとって大変ありがたくないことが日々重なっていっていたため、実はユダの機嫌はここのところ物凄く悪かった。
そこにシンの単独行動である。
ユダの暴走は起こるべくして起こったというのが彼らの見方だ。
勿論シンは知らないので、完全なとばっちりであることは言うまでもない。
否、きちんと言っておいたはずだ。
『単独行動は控えろ』と。
それでも控えなかったのだから、やはりここは自業自得だろう。
これに懲りて少しは大人しくしてくれればいいのだが。

レイは机の上に放り出された写真を一枚拾い上げる。
国主と繋がりを持ちたがる男が持ってくる見合い写真だ。
成程、確かに美女ばかり。
少々露出が強い女性が多いのは、紹介する男の好みだろうか。
ユダの好みからはかけ離れているのが残念だ。
それにしても凄い量である。
一体何枚あるのか、考えるのも面倒だ。

「これがどうしましたか」

とりあえず続きを聞かなければ話が進まない。
レイとしては一刻も早くこの話を終わらせて親友の容態を見に行きたいのだ。
かなりの確率で疲労だとわかっているのだが。

「あぁ、そうだったな。これらの件だが、簡単に解決する方法が見つかった」
「本当ですか?」
「勿論。こんな時に冗談は言わないさ」

そう言ってユダはくつくつと笑う。
随分ご機嫌になって帰ってきたものだ。
ありがとうシン。貴方の犠牲は忘れませんよとベッドの中の親友にエールを送る。
とりあえずユダが不機嫌になったらシンを与えておけば良いということがわかった。
シンのスケジュールは何とかして自分達がフォローしよう。

「それで、その方法とは?」
「…あ」

レイの言葉とキラの言葉が重なった。
ん? と振り返れば、心なしか顔色の悪いキラ。
反してユダは顔色はすこぶるよろしい。

「それって、もしかして…」
「その『もしかして』だ、キラ」

よくわかったじゃないかと笑うユダに、わからない方がおかしいとキラが呟いた。
2人の接点は少ないわけではないが、2人だけで通じ合うとなれば数は限られてくる。
思い出されるのは、つい2日前。
シンと一緒に出掛けていったキラは、戻ってきた時は1人だった。
何故だか手に大量のケーキを持って。
そしてその間ユダが一緒にいたのは…。

「まさか、ユダ。貴方、シンを…」
「シンじゃない。『レディ・シルヴァ』だ」

レディ・シルヴァ。別名『銀のレディ』。
しっかりと戸籍が存在する、オリンポスの国民の1人だ。架空の人物だけれど。
正体はシンである。
キラの話ではホテルに迎えに来たユダはここぞとばかりに『シルヴァ』との親密さをアピールして連れ去っていったとのこと。
ニュースにならなかったのが不思議なほど大きな騒ぎだったそうである。
ちなみにテレビでは放送されていないが、ネット上では相当な騒ぎである。祭りである。
政府の公式HPなどは質問と祝福のメッセージだらけで、当然のことながら事情を知らない担当などは首を傾げていた。
成程、確かに彼女ならば問題は一気に解決だ。
何しろ正体であるシンとユダは永遠を誓い合った恋人同士。
最早、伴侶と言っても過言ではない。
何か問題があるだろうかと言ってのけるユダは、色々間違っていることに果たして気が付いているのかどうか。

不意にくすくすと忍び笑う声が響いて顔を上げれば、至極楽しそうに笑うルカの姿。
『銀のレディ』の名はユダやルカとて以前から知っていた。
生憎会ったことはなかったが。
誰もが褒めそやす。
あのような完璧なレディは見たことがないと。
美しいだけではなく聡明で慈悲深い彼女を悪く言う声は今までに聞いたことがない。
会ってみたいと思ったことはある。色艶めいた意味ではなく、純粋な興味として。
その人物がシンだということは驚きだが、だからこそこれは絶好の好機だとルカは思った。

ユダの伴侶に関してはここ最近頭を悩ませていた問題だ。
大公という地位を考えればいつまでも独身でいるわけにはいかないし、かと言って政略的な結婚をさせるつもりは毛頭なかった。
最も望ましいのはユダが相思相愛の相手を見つけることだが、残念ながらユダが選んだ人物は容姿・性格・資質共に申し分なかったものの同性である。
オリンポスでは同性婚は今のところ認められていない。
勿論法律を改正することは可能だが、大公であるユダが後継者を産めない同性と結婚することは、ユダやルカが構わなくても国民が許さないだろう。
だが、ユダが選んだ『女性』が子供を産まなかったのならば話は別だ。
愛した『女性』との間に子宝が授からなくても、まさか別れろとは言われまい。
何しろ大公が溺愛している相手だ。
国民はユダに甘いのだ。
そもそも、ユダは自分の血脈を後継者にしないと断言している。
そのためにどうしても子供を産む必要はない。
むしろ敢えて子供を作らないのだと言えば済むだけの話。
だが大公である以上、ユダがいつまでも独身でいるには反発も弊害もある。
そう、正に今のように。
だから結婚という儀式は避けられないだろうと思っていたのだが、その相手が『愛のない契約を交わした女性』か『女性に扮したシン』なら、ユダもルカも選ぶのは間違いなく後者だ。
しかもそのシンは、ユダの結婚相手として申し分のない『銀のレディ』である。
反対する理由がどこにあるだろうか。
そう言ってのけるルカも、神を欺く行為だということは欠片も気にしていない。
教会の司祭が知れば卒倒すること間違いないだろう。

「良いじゃないか。名案だ。太陽神の如き輝けるユダに添い遂げるのは、慈愛の女神とも呼ばれる彼女こそ相応しい。おめでとう、ユダ。このうえない良縁じゃないか」
「理解してくれて嬉しいよ、ルカ」
「それでは早速声明を発表しよう。式は盛大に行わないとな。何せ国主の結婚だ」
「仔細はお前に任せる」
「あぁ。任せてくれ。三国一の花嫁にしてみせるさ」

気が付いたらすべてが決定していた。
それってあり?という暇すら与えてもらえなかった。
恐るべし兄弟パワー。
そういえばシンとユダをくっつけた張本人はルカだったと聞いたことがある。
成程、確かにこれではシンが勝てるはずもない。
自分も口を挟む隙すら与えてもらえなかった。
ゴウも同様で若干冷や汗を流している。
ガイに至っては状況すら理解できていない。



「え? 何これ? …ってシンが?」
「あいつが…花嫁?」
「…そうなると思ったんだ」
「ってことはシン兄さんがユダさんと結婚? うわぁ、お祝いしなくちゃ」



ユダは机の上に散乱した見合い写真をぽいぽいとダストボックスに放り込んでいる。
何とも清々しい笑顔だ。
余程頭に来ていたらしい。

「………さて、と」

とりあえず自分は親友の様子でも見てこよう。
目が覚めた彼にご愁傷様と言えば良いかおめでとうと言えば良いかは、もう少しだけ考えさせてもらいたい。


  • 11.02.23