「……………はい?」
寝耳に水とは正にこのことだろう。
起き抜けに聞かされた言葉に、シンはしばし茫然とした。
「え? 何? 花嫁? 誰が?」の心境である。
そんなシンに若干憐憫の情を感じながらも、レイは既に決定してしまった事項を説明した。
「ユダが結婚すると各国に向けて宣言しました。お相手はレディ・シルヴァ…つまり貴方です、シン。式は半年後。世界各国から代表もしくは大使が集まる予定ですので、そのつもりでお願いします」
ぱちくり、と瞬きを繰り返すシンは、多分おそらく絶対に状況を理解していない。
むしろ理解することを拒否している。
とりあえずきちんと話を聞こうとして身を起こし、その直後にシンは小さく呻いて硬直した。
次いで赤面していく。
あぁ、痛いんだな。全身が、というか主に腰とか腰とか腰とかが。
シンが目覚めたのは、ユダが爆弾を投下してから更に1日後である。
一体どんな無体を強いたんだと言いたいが、とりあえず身体の痛み程度で他に問題はないようである。
いや、2日間目覚めないってどんだけとか思うのだが、これはレイが口を出す問題ではない。
むしろ口を出したらただでは済まない。
「ユダは、シンは了承したと言ってましたが…」
「それは、言った…かも、知れませんが…」
シンには欠片も覚えがない。
どうせあんなこんなな状態の時にどさくさに紛れて切り出したのだろう。
情事の最中に何を話したかなんて、シンは当然のことながら覚えていない。
そんな余裕などあるわけがないのだ。ユダが相手なのに。
それでもユダは嘘を言わないので、多分、おそらく、自分は了承したのだろう。
いつ、どんな時なんて、恥ずかしくて考えたくないが。
尤もたとえそれが普通に言われてたとしても、シンは拒否しないはずだ。
困惑はするだろうけれど、歓喜の方が大きい。
だが、それにしても、花嫁である。
しかも各国から大使もしくは代表がやってくるほど大規模なもの。
一国の国主の結婚式としては妥当なところではあるが。
「…どうしましょう」
「大変申し訳ないのですが、どうにもならなそうです」
ユダとルカ。この最強タッグに勝てる人がいたら連れてきてもらいたい。いやマジで。
「…ですよね」
シンのその一言には、何かもう色々諦めた響きが含まれていた。
やはり、ここはご愁傷様と言うべきだろうか。
◇◆◇ ◇◆◇
半年なんてあっという間に過ぎてしまうんだなとシンはしみじみ思った。
あまりにも怒涛の日々過ぎて、多忙に慣れているシンですらわけがわからなくなったことも少なくない。
それもそのはず。
普段の執務に加えて花嫁の礼節やら結婚の儀式やらを一から叩き込まれていたのだ。
所詮形だけなのに何故と思わなくもないが、どうしてだろう断ることができなかった。
只でさえ礼儀作法完璧だった『銀のレディ』は更に花嫁修業に精を出すことになり、結果、誰が見ても非の打ち所のない最高の女性の完成である。
最上級のシルクとレースをふんだんに使って作られたドレスを身に纏い、花嫁は緊張した面持ちで教会へと姿を現した。
少し強張った表情が何とも初々しく、そしてそれ以上に美しかった。
そんな花嫁が向かう先に待つのは、国主としての正装に身を包んだユダ。
式典用の正装に着替えたユダを見るのは、これが2度目だ。
一度目は勿論、即位式の日。
正式な側近でもないシンは背後にひっそりと控えていただけだが、それでもあの時の感動と誇らしい気持ちは忘れることができない。
堂々とした立ち姿は、国民すべての憧れだった。
多くの希望と敬愛を一身に受けた姿は、正に太陽神の化身と呼ばれるに相応しい。
それから1年が経過し、ユダは更に威厳と自信を身につけて国主としての正装を身に纏っている。
そんな彼の隣に自分が立つのだ。
永遠の伴侶として。正式な『妻』として。
不思議なこともあるものだと思うシンは、実は今でもこれが夢ではないかと疑っている。
信じられないほど幸せで、甘美な、永遠に冷めたくない夢物語。
教会で愛を誓い、指輪を交わす。
ユダの甘い笑顔に、思わず涙がこぼれた。
拭ってくれる優しい指につい頬をすり寄せてしまえば、周囲から微笑ましい笑みが向けられ、そのすぐ後に驚くほどのシャッター音が響いた。
その音に現実に返れば、やはり隣にはユダがいて。
教会の前には大勢の人。
皆、祝福を述べてくれている。
どうやら夢ではないらしい。
「どうしましょう、ユダ」
不安というよりは困惑と歓喜を身に纏い、シンは隣に立つユダを見上げる。
軽く首を傾げてシンを見下ろすその瞳には、誇らしさと嬉しさと、何よりも愛しさが含まれている。
国民を騙していることに多少心は痛むけれど。
それでもユダが選んでくれたのだ。
他でもない自分を。
だから。
シンは笑う。
誰よりも幸せそうに。
「嬉しくて、幸せで、まるで夢の中にいるみたいです」
そう言ってこの上なく綺麗な笑顔を浮かべた愛しい花嫁に、ユダは公衆の面前であることも構わず口づけを落とした。
- 11.02.24