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Amazing Grace 02


レディ・シルヴァ。
数年前にオリンポスの社交界に現れた彼女は、一躍社交界の華と呼ばれた。
淡い水色の髪、白い肌。
そして銀色に見える青灰色の瞳。
全体的に淡い色彩を持つ彼女は、その高潔な美貌も相まってか気が付けば社交界で『銀のレディ』と呼ばれるようになった。
誰もが羨む美貌を持ちながらも性格は控えめで、常に人の中心にいながらも穏やかに微笑みながら人の話を楽しそうに聞く姿は、美しいけれど自己主張ばかりが激しい美女に囲まれていた男性達の心をわし掴みにした。
華やかな場所が好きではないらしく夜毎開かれるパーティーでも滅多に姿を見せないために、彼女が現れるパーティ―はそれだけで価値のあるものだと言われるようになった。
一瞬で会場の人気を浚ってしまう彼女の存在は他の女性には恨まれそうなものだが、明らかに格が違う存在感に女性達からも僻みの声すら上がらない。
むしろ女性であるからこそ彼女の持つ美が間違いなく本物であることに気づき、その美貌の恩恵にあやかろうと我先にと声をかけていく姿も珍しくない。
そんな風に、彼女はいつも人の輪の中にいた。

それがここ数か月、誰も彼女の姿を見た者がいない。
ミステリアスな彼女は素性も不明で、勿論どこに住んでいるかすら誰も知らないために、それこそ様々な憶測が飛び交っていた。
噂では石油王の娘なのだとも、元大公ゼウスの隠し子だとも言われているが、いつでも彼女は曖昧に笑ってはぐらかすだけで答えを出してはくれない。
身に纏う空気は紛れもなく裕福な生活を送る者だけが持つそれで、だからこそ多くの富豪が彼女に興味を持っていたのだが、彼女は誰に対しても同じ態度を崩さなかった。
どのような誘いも笑顔でかわし、贈られる高価なプレゼントには目もくれようとしない。
地位や権力を嵩に居丈高に出る男には、不快そうに眉を顰めるだけ。
それで男達はその会場から姿を消す。自発的か――あるいは周囲からの冷ややかな視線に耐えかねて。
節度と礼儀を守って接してくる相手には、彼女はこの上なく優しい。
それこそ誰にも分け隔てなく降り注ぐ月光を司る女神の如く。
そんな孤高の存在であるシルヴァだからこそ、彼女を本気にさせることができるのは一体誰だろうかという下馬評が水面下で広がったのも無理はない。
美貌と知性と財力を持つ美女となれば、男なら誰もが欲しいと思うだろう。
だが彼女は誰のものにもならない。
選ぶのは彼女自身なのだと、誰もが知っていた。
だから誰もが、その光栄な唯一の男になろうと必死になっていた。
それでも彼女は1人を選ばなかった。
頑なに、それでいてしなやかに相手の誘いをかわすのだ。

それから数年が経ち、彼女も匂い立つ美しさを持つようになり、そろそろ求婚の数も増えていくだろうと思われた。
選ばれるのは誰だろうと静かに、だが確実に周囲が騒ぐ中で、彼女は姿を消した。
落胆を隠せない男たちは、だからこそ再び姿を現した彼女を前に興奮を隠せないのは無理のないことだった。







   ◇◆◇   ◇◆◇







ざわり、と会場がどよめいた。



多くの富豪が集まるこの場所では彼らが伴う美女の数もそれこそ目に嬉しいほどいるのだが、その中でも一際輝いて見えるのは気のせいではないだろう。
『銀のレディ』と呼ばれる彼女は、まるで暗闇の中に輝く一筋の光の如く存在感を放っている。
同じ空気を持つ人物を、彼らは他にも知っている。
父に刃向い廃嫡された元公子であり、現大公の座に座るユダである。
彼は目をそらすことのできない太陽のような存在だが、彼女はそれよりもやや大人しく、まさに月光そのものだ。
美しさと静謐さは見る人の心を癒し、そしてその気高い姿に恋い焦がれる。
纏っていたコートを執事に預けると、彼女のほっそりとした身体が露わになる。
会場にいるどの女性よりも露出は少ないが、それでも彼女のスタイルの良さは服の上からでも十分にわかる。
何よりも目を惹くのは、真珠のように淡く輝いて見えるほど綺麗な彼女の肌だ。
恐らく触れればしっとりと手に吸い付くのだろうと思わせるほど肌理細かいそれは、まさに彼女が極上の女性であることを証明している。
いつか触れてみたいと思う男は多々いるが、生憎彼女が誰かのものになったという噂を聞いたことがない。
彼女を射落とす者は誰だろうかと言うのが、最近の社交界の専らの関心事である。

そんな様々な思惑を込めた視線を感じながらも、シルヴァ――シンは美しい笑みを浮かべながら優雅な足取りで会場へと進んでいた。
本来のシンならば気後れしてしまうだろう視線の数だが、『シルヴァ』として振る舞う以上は躊躇してはいけないのだ。
レイから叩き込まれた「私は女優」精神で何とか表面には出さないでいられるが、やはりこういう雰囲気は好きになれない。
だが、これもすべてユダのため。
ゼウスの政敵を追い落とすための策略ではなく愛するユダの身を守るためのものなのだから、シンにも躊躇いはない。
声をかけてくる男たちに甘い笑みを返しながら、ゆっくりと視線を動かす。
ユダを狙う一味がいるのは突き止めた。
背後にいる人物がそれなりの地位を持っていることも。
マフィアのように追い落とされることがなかった者でも、ユダの清廉潔白な政治を面白く思っていない人間がいる。
誰だって綺麗な水に住めるわけではなく、利権を専横しようと思う連中はどうやっても出てくるものだ。
今回の相手もそんな連中だった。
公益法人の見直しを行った結果、大量にあった財団法人は9割削減され、その結果甘い汁を吸っていた人物が大量に職を失った。
架空会社も多かったために、大きな痛手を受けた人物も多いだろう。
それに恨みを持ってのユダ失脚作戦だという。
あまりにもわかりやすい逆恨みだ。
シンに同情の余地はない。
さて、どうしてくれよう。
華やかな笑顔を纏ったまま、シンはそんなことを思う。
そんな笑顔に見惚れる男たちを視界に捉え、従者を装うキラは気づかれないようにため息をついた。
長い付き合いであるため、シンが何を思っているのか想像するのは簡単だ。
ゴウからはシンの身に危険が及ばないように護衛するようにと言われたけれど、実はキラが同行した理由はそれだけではない。
勿論シンの色香に惑わされた男が無体を強いる可能性も高いので護衛としての役目もしっかり果たすつもりでいるが、目的の1つはシンのストッパーだ。
シンはユダが絡むと若干だが冷静さを失う傾向にある。
今回の件も、実は一番頭に来ているのはユダでもルカでもゴウでもなく、シンなのだ。
だからこそ恋人であるユダにすら秘密で行動を起こした。
シンが危険な目に合う可能性よりも、シンが相手を壊滅させてしまう可能性の方が限りなく高い。
だからこそキラは一人で行くというシンを強引に説得したのだ。
そして己の判断は間違っていないことを、シンの笑顔で確信した。
キラが願うのは、相手がシンの逆鱗に触れることがないことだけである。


  • 11.02.17