シンとレイは幼馴染だ。
母親が親友同士で、家も隣。
ついでに言えば生まれた日も1日違いで、新生児用のベッドも隣同士。
最初に覚えた言葉が「シン」なのだから、徹底した親密ぶりである。
ある意味母親よりも一緒にいる時間が長かったものだから、レイにとってシンは友人というより身内という認識が強い。
そんなレイが最優先するのは当然シンの幸せだ。
シンは生まれてすぐに心臓の欠陥が発覚し、手術が困難なため15歳まで生きられないだろうと医師から宣告された子供だった。
とにかく安静にして過ごすことを日常に課せられ、そのためシンの知る世界は病院と自宅ばかりで外の世界は何一つ知らないに等しい。
いつ来るかわからない発作の恐怖に怯えながら日々を過ごし、そうして奇跡的に生き続けた21年という歳月は、レイが思っている以上にシンにとっては日々が綱渡りのような心境だったことは間違いない。
今日は無事だった、でも明日はどうなるかわからない。
そんなことを思いながら生きる日々に疲れたかのように書置き一つで姿を消したシンを、レイは探して良いものかどうか悩んだ。
レイとしては少しでも長くシンに生きていてほしかった。
だがそれはあくまでもレイのエゴであり、シン自身が長生きしたいという言葉を口にしたことはなく、それどころか1人で生きていけない自分のことを厭っているような様子すら見せていた。
姿を消したのは、もしかしたら家族や友人にこれ以上自分のことで気分を患わせたくないと思ったのかもしれない。
常に自分のことよりも周囲の人間に気を遣うシンならありうることだった。
シンは我儘を言わない。
だから今回の失踪はシンが唯一見せた自己主張なのだ。
それを無視して連れ帰ることがシンにとって良いことか、レイはわからなかったのだ。
一応捜索はした。
失踪した理由を聞きたいということも勿論だが、やはり何か起きた時にすぐに連れ戻せるように居場所だけは知っておきたかったのだ。
そうして調べあげたシンの居場所であるホテルを訪れたレイは、そこで発作を起こして倒れているシンを発見し、そのまま救急車で病院へ連れ戻したのだ。
シンの身体は大きな発作に耐えられる状態ではない。
だからこそホテルの床に蹲っているシンの姿を見た時には気が気ではなかったが、生憎それほど大きなものではなかったようで常備している薬で治まった。
それでも発作は身体に大きな負担を強いるため、シンの家出はここで終了した。
諦めたように、だがどこか満足そうに笑うシンに、レイは何があったか訊ねた。
教えたくないことだったのかもしない、だがシンは口を開いた。
好きな人ができたこと。
僅かな時間だったけれど、その人と一緒にいられて幸せだったこと。
そして、その人に別れを告げたこと。
普段のシンからは考えられない言葉。
病気が原因か生来の気質が原因か、シンは人見知りが激しい。
担当の看護師が変わっただけで言葉少なくなってしまうほど酷いものだから、僅か数か月でこれほどまでに打ち解ける相手など今までいなかった。
況してやその身を許す相手など。
シンの身体は恋愛に耐えられるようなものではないのだ。
勿論プラトニックならば問題ない、だがシンは相手に身を委ねたと言ったのだ。
行為の最中に発作を起こしてもおかしくないというのに、シンはそれを許したというのだから驚く以外何ができるだろうか。
だがその相手と一緒にいる時は身体が軽く、発作を起こしたこともなかったと言われて更に何も言えなくなる。
一緒に外出をした。
買い物も食事も、デートと呼ぶには相応しいかわからない散歩などもしたという。
シンが幼い頃から求め続け、だが誰もが彼に許さなかった当たり前の日常を、シンはその人物によって叶えてもらったのだ。
『幸せな夢でした』
誰もが持っている当然の権利を『夢』と呼んだシン。
それだけシンにとっては現実的ではないことだったのだ。
唯一の望みを叶えたシンは、それだけで満足だというかのように徐々に弱っていき、数日前には雑多な街で生活をしていたとは思えないほどに衰弱していった。
病状が悪化しているわけではない。
ただ、シンの中で『生きる』という欲求が減ってしまったことが原因だと医師は言った。
家族も友人も、そして半身とも言われるレイの存在ですら、シンの生きる力にはなれないのだ。
シンに生きる希望と楽しみを与えたのは、レイの知らない男。
それはひどく悔しいことだったけれど、その男しかシンをこの世に繋ぎ止められないのであればレイが選ぶ手段は1つしかない。
名前だけは聞いていたから興信所を使ってユダという男の素性を知らべた。
決して褒められた男ではない。
有能ではあるけれど不実な男――それがレイの抱いた感想だった。
よりにもよってこんな男に惹かれなくてもいいではないか。
シンの傍には多くはないが誠実な友人ばかりだ。
その中にはシンに対して友情以上の感情を抱いていた相手だっていたというのに、何故選んだのがユダなのか。
嘆いたところでシンの気持ちが変わるわけでもなく、そして容態が好転することもない。
レイはユダと接触することを決めた。
――彼の返答如何ではすべてを諦める気持ちで。
だが、ユダはレイが思っていたよりもシンを想っていてくれたらしい。
一も二もなく同行を決めた姿に、もしかしたらという希望が生まれた。
もしかしたら、彼ならばシンを救ってくれるかもしれない、と。
シンが成人し体力が回復したら手術が行われることになっていた。
家族が必死になって探した心臓外科手術の権威のスケジュールがようやく都合ついたのだ。
手術が成功すればシンは健康体になる。
そのために必要なのは手術に耐えられるだけの体力と、何よりも気力だ。
運命をそのまま受け入れようとするシンの気持ちを変えることは、レイ達にはできなかった。
最早、もうこの男に縋るしかないのだ。
「どうか、シンをお願いします」
ユダが消えた扉を見つめ、レイは祈るようにそう呟いた。
- 11.05.17