青年はレイと名乗った。
レイとは幼少の頃から共に過ごしてきた幼馴染なのだと告げた言葉に嘘は感じられなかった。
全くタイプの違う2人だが、だからこそお互いを補いあうようにウマが合ったらしい。
シンは人が良いというか他人を信じすぎてしまうから、僕は結構苦労させられたものですと言って笑った表情は、先程見せた蠱惑的な表情とはまるで違う、どこか保護者のようなものだった。
少し時間がかかるからと言われて用意されたのは、一台の車。
漆黒の高級外車として有名で、その中でも最高クラスのものであることが見てわかる。
ユダ自身は車に関して特に興味はないが、取引先の社長の中には己の財力や権力を誇示しようと好んで高級車に乗ることが多い。
そのためユダ自身も話題の一つとして知識はあったが、この車が多くの社長が自慢してきたものよりも遥かに上のクラスのものであることは間違いない。
シンの行方を知っているという青年。
レイと名乗った彼が何故ユダをシンの元へ連れて行こうとしているのか、ユダにはまだわからない。
謎だらけの青年を信じたわけではない。
だがこの街でシンを知る人物は非常に少なく、ようやく掴んだ手がかりを逃がすわけにはいかなかった。
ただ、それだけの理由だ。
車は郊外へと向かっている。
時間がかかると言われたが、どれだけかかるかは聞いていない。
明日から三連休だ。多少の遠出も問題ないだろう。
「少々意外でした」
車が走り始めてから少しして、青年がようやく声を発した。
遠出をすると言われて以来、レイはぴたりと口をつぐんでいたのだが、ようやく事情を話す気になったのだろうか。
ユダが視線を送ると、レイは穏やかな表情でユダを見ていた。
「失礼とは思いましたが、少々貴方のことを調べさせていただきました」
成程、だからユダとシンの関係だけでなく、ユダが好んで通う店にやってきたのかとようやく合点がいった。
あの店は一部ではそれなりに名が知れているが、ユダが通っていることを知っている人物は少ないのだ。
経歴を調べた程度ではわからないため、恐らくレイが調べさせたというユダの素性にはかなりのプライバシーが含まれているはずである。
当然面白いわけではないが、それを言ったところでやんわりとはぐらかされてしまうのが目に見えている。
シンに逢うまではレイの機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。
そんなユダの心情を知ってか知らずか、レイは言葉を続ける。
「正直、悩みました。貴方は仕事では有能で人望もある反面、プライベートではあまり良い噂を聞かなかったものですから。連れていって良いものか、本当は少し悩んでいたのです。…シンは僕にとって大切な人ですから」
確かにレイの言う通り、私生活でのユダはお世辞にも誠実とは言えないだろう。
不誠実と言うほどひどくはないが、一般の恋愛相手としては間違いなく不合格だ。
それはユダ自身が良くわかっている。
たった一人、しかも別れた遊び相手のために後先考えない行動は、ユダを知る人物から見れば驚くだろう。
ユダ自身、らしくないことをしている自覚はある。
それでも彼の言葉に乗ってしまう程には、自分はあの青年に惹かれているのだから後悔はない。
「最初に言っておきますが、これはあくまでも僕の勝手な判断です。シンが貴方に会いたいと言ったわけではありません」
「…わかっている」
短い期間でも、心を通わせた相手だ。
覚悟を決めた瞳はユダのことを終わらせる意思が宿っていた。
流されてしまいそうな弱さを見せるくせに、シンは意外と頑固なのだ。
「ですが、今回僕が貴方を誘ったのは、必要だと思ったからです」
「必要…だと?」
ユダの声にレイは頷いた。
「はい。貴方にも…そして何よりもシン自身のために」
何かを耐えるように両手を握りしめるレイに、ユダが違和感を感じた。
シンは他に好きな相手ができたから自分と別れると言っていた。
一途なシンのことだ。
不安定なユダとの関係に終止符を打ち、他の相手と新たな恋を始めたのだとしたら、レイがこうしてユダをシンの元に連れて行く理由はないはず。
それなのにレイはユダを探しその素性を調べ、決して褒められた相手ではなかったユダを、新たな恋人ができたシンの元へ連れていこうとしている。
だが、それは矛盾してはいないだろうか。
親友だと言っていたレイ。
本当の親友ならば今のシンの恋愛を壊すようなことをするはずがない。
レイの言葉からは嘘は感じない。
そして、今のレイの言葉。
違和感がユダを襲う。
明晰と言われる頭脳が叩き出したのは、1つの可能性。
「教えてほしい。シンは…今、幸せではないのだろうか」
そう、シンが幸せならばユダの存在は必要ない。
それどころか昔の傷を抉るような痛みを与えてしまうだろう。
だがレイは必要だと言っていた。
それは現在のシンがレイから見て幸福だとは思えない境遇にいるからに他ならない。
問いかけではなく確認の意味を込めた言葉に、レイは僅かに目を瞠った。
与えられたキーワードは決して多くない。
そこから真実を見抜いたユダに対して、純粋に驚いているようだった。
否定してほしいと思う反面、真実を告げてほしいという強い意志のこもった視線に、レイは小さく嘆息してから――頷いた。
「どうやら僕は貴方を過小評価していたようです。貴方のおっしゃる通りです」
レイはユダを見上げる。
品定めをするような視線から、どこか痛ましいものを見るような眼差しで。
形の良い唇が言葉を紡ぎ、ユダはその意味を理解するのが一瞬だけ遅れた。
否――理解したくないと思った。
「もう、残された希望は貴方だけなんです」
見る間に溢れてくる涙が、その言葉が真実なのだとユダに教えていた。
――シンは今、死の淵にいます。
- 11.05.08