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血の絆 03


情事の終わった身体を寝台に投げ出し、ルカは大きく息をついた。
隣には裸身のレイ。
泣きはらした目は赤く腫れ、荒く息をつく姿はかなりつらそうで、相当な無理をさせてしまったなと若干反省する。
とはいえ求めてきたのはレイなのだから仕方ない。
ルカは最初に言ったのだ――今日は加減ができそうにないと。
それでも良いと言ったのは他ならぬレイ自身で、だからこそ諦めてもらうしかないだろう。
今後も同じようなことはあり得るのだし。

「ルカは、相変わらず、ベッドの中でも意地悪なんですね」
「心外だな。お前を愛しいと思うからこそ加減ができないというのに」

あながち間違いではない台詞を告げれば、普段ならば歓喜で頬を染めるのだが、何故か今日に限っては恨みがましい目でジロリと睨まれてしまった。
だがその目元が赤くなっていることを見逃すルカではない。

「誤魔化さないでください。ルカがシンのことでやきもきしているのは知ってるんですから」
「…そうか」
「ルカはシンが絡むと平静ではいられないのはいつものことですから、その鬱屈くらい僕でも受け止められます。貴方の伴侶を甘く見ないで下さい。……とはいえ、流石に疲れましたが」
「そうだな、すまない」

そう言って拗ねたように胸元を叩くレイを抱きしめた。
情事の際に精気を分け与えたからか、レイの身体は先程とは比べものにならないほど生気に満ちている。
吸血鬼が精気を補給する方法として最も適しているのは吸血だが、それ以外に方法がないわけではない。
要は精気を己の身に取り込めば良いのだ。
血液以外にも唾液や涙、そして精液など、人間の体液ならばどれでも同じだけの栄養を補給できる。
一番簡単な方法はセックスだ。
吸血鬼同士ならば何の負担もなく精気を分け与えることができるし、人間を相手にすれば効率良く唾液や精液を奪うことができる。
勿論身体を繋げなくとも肌を触れ合わせるだけでも生気は取り込めるので、吸血するだけの力がない魔物などは好んでこちらの方法を選択しているほどだ。
生憎ルカは人間を嫌いなので肌を重ねることすら不可能だが、接触した部分から生気を吸収することは容易い。
何よりもこの方法ならば相手に魔物だと気取られることのないまま吸収できるのだ。
奪い過ぎれば先程の盗賊のように塵となってしまうが、一回の食事程度ならば軽い貧血か疲労感程度で済むため方法としてはお手軽このうえない。

とはいえ、それをシンに強いることができるかと言われれば、答えは否だ。
シンは牧師になりたかったということからもわかるように、純粋で無垢に育った。
性の衝動を覚える前に吸血鬼となり、その後は己が身に襲いかかる全ての衝動を吸血鬼になったからだと思い込んでいる節があり、そのため年より遅くなって目覚めた性の意識は酷く薄い。
更には幼い頃から植え付けられていた倫理観により、シンの貞操観念は深窓の令嬢以上に古く堅固なものになっている。
生来の人見知りも重なり、シンが見ず知らずの他人と肌を重ねる可能性は皆無に近い。

そのため残された選択肢はルカかレイが半ば強引に血液を供給するという手段しかないのだが、それでも必要最低限ですら受け取ってくれないためシンの身体は弱っていく一方だ。
今日は久しぶりに栄養を摂ってくれたから数日は元気でいるだろう。
だがそれもすぐに枯渇する。
そうなればシンは再び眠り姫だ。
たった2人きりの兄弟が常に生死の境を彷徨っているという事態は、どうあってもルカを追い詰める。
いっそのことシンを抱けば良いのだろうかという思考にまで行き着いてしまったのだから、本当に煮詰まってしまったのだろうと冷静になった今ならばわかる。
仮に救命目的であろうとも誰よりも信頼している兄に抱かれたならば、シンの心は本当に壊れてしまうだろう。
そしてそれはシンだけでなくレイへの裏切りにもなる。
事情が事情だからレイは許してくれるかもしれないが、その後に待つのはどちらにしろ破滅だけだ。

ルカは無意識に腕の中の存在を抱きしめた。
散々ルカに苛まれたレイは半ば微睡の中にいたのだが、己を抱きしめる腕が細かく震えていることに気付いて顔を上げた。

「ルカ? どうしました?」
「――どう、すればいいんだろうな」
「ルカ……」

普段は決して聞けない弱弱しい声。
誰よりも強く、誰よりも美しい己の伴侶は、だが最愛の弟が絡むととても臆病になるのをレイは知っていた。
最初の頃は嫉妬もしたけれど、彼を知れば知るほどルカの気持ちが手に取るようにわかり、それからは良き相談相手になっている。
だからこそルカの不安は分かる。
このままではいけないということも。

だが、レイはルカほど悲観はしていなかった。
それは実の兄弟ではないということでなく、そしてシンを大切に想っていないというわけでもない。
レイには視えるのだ――遠くない先に訪れるであろう運命の出会いが。

レイは出自は単なる人間だ。
ほんの少し勘の鋭いだけの、ただの無力な子供だった。
だけどルカの眷属となったその瞬間に、1つだけ異能が目覚めたのだ。
吸血鬼だけが持つ能力を持たない代わりに己の身を守るように目覚めたその能力は――未来予知。
いつとは言えないがそれほど遠くない未来に起こるであろう事象を視ることができるのだ。

意識しなければほとんど使えないその能力だが的中率はかなりのもので、その能力が遠くない将来、シンに最愛の伴侶が現れるというものだった。
相手の顔は良くわからなかった。
だが背の高い男性の腕に抱かれてシンがこの上もなく幸せそうだったことは印象に強く残っている。
幸せそうに笑い合う2人を、少し離れた場所から見ている自分達。
あれが実現する未来ならば、今のこの状況はあまり悲観しなくても平気だろう。
だが今までそれを告げなかったのは弟を溺愛しているルカが激怒するだろうと思ってのことだったのだが、案の定そう告げた途端子供のようにむくれてしまった己の伴侶をどうしたらよいものか。

「ルカ…」
「シンが幸せになれるのならばそれでいいんだ。だが……」
「だったらちゃんとその時には祝福してあげてくださいよ。焼きもちも嫉妬も見苦しいんですからね。勿論、僕はどんなルカでも愛してますけど」
「…そうだね」
「っ!」

言うなりルカの下に引き込まれたレイは、にやりと口の端を持ち上げたその笑みに過去の様々な記憶が思い出された。
このパターンは何度となく経験しているけれど、まさか…。
ルカの手が己の腰を撫でてくるのを感じ、予感が的中したことにひくりと頬をひきつらせる。
「えと、ルカ……?」
「ん?」
「何で僕はまた組み敷かれてるのですか?」
「愛しい伴侶に慰めてもらおうと思って」

言いながら愛撫を始める手を慌てて押し止めた。

「冗談じゃありませんよ。さっき何回やったと思ってるんですか。僕はもうヘトヘトです」
「大丈夫だよ。明日の支度は私がしょう。レイはゆっくり寝てていいから」
「そういう、問題じゃなくて…っ、」
「あぁ、ほら。もう黙って」
「………っ」

反論しようとした唇をルカのそれで塞がれ、否応なく快楽に引きずり込まれたレイは半ば諦めに似た境地で抵抗を止めた。
明日どころじゃなくて明後日も動けなくなりそうですねと内心で呟いた言葉を証明するように、レイは翌々日の昼までベッドから起き上がることはできなかった。
久しぶりに起き上がれるようになったシンがいつまでたっても姿を見せない友人を心配したのだが、兄の素晴らしい笑顔で誤魔化されたのは言うまでもないだろう。


  • 13.01.17