長太郎と俺、そして跡部先輩と男3人で並んで学校へ向かう。
「……」
右手を長太郎に捕まれ跡部先輩に肩を抱かれて歩いている俺の姿を学校の生徒に見られたら翌日どんな噂をたてられるかわからないので、とにかく誰にも会いませんようにと心の中で祈っていた。
普段なら2人の手を振り払っちゃえば済むことなんだけど、今回はそういうわけにいかない。
何しろ隣にいる長太郎は現在操られ中で、俺が少しでも不審な動きをしようものなら即自らの命を絶つように命令されているようで、少し立ち止まったりするとナイフを隠し持っている左手がぴくりと動く。
長太郎の命を質に取られている状態なので、まったく抵抗できない。
そして跡部先輩はそんな俺と長太郎を2人っきりで行かせるわけにはいかないからついてきている。
何で肩を抱いているかは謎。
多分長太郎から俺を守ってくれているのだと思うけど、ものすごく人目が気になる。
どうせ離してくれないんだから説得する気もおきない。
「ねえねえ、跡部先輩」
密着しているのをいいことに、こっそりと声をかけてみる。
「長太郎の暗示って解けないの?」
そうすれば行かなくてすむじゃんと思って聞いたのに、無理と一蹴されてしまった。
「だって俺の時はできたじゃん」
「お前とは状況がまったく違う。こいつの魂はすでに奴の手の中にある。今のこの身体は操られているだけのただの抜け殻だ。魂を取り戻さない限り元に戻すことはできねえよ」
何ですとぉー!?
「そそそそれってもしかして、ものすごく危険ってことですか!?」
「もしかしなくても危険だな。ただの人間の魂が長時間身体から離れて無事でいられるはずがない。もってあと数時間ってとこか」
ぎゃー!!!
あっさり言わんでください!
「ちょちょちょ…長太郎! 急ごう!! 急げ!!! ハリーアップ!!!」
一分一秒が惜しいのだよ。
落ち着いてる場合じゃないんだよ、お前が危ないんだから!
「何をそんなに慌ててるの? 大丈夫だよ、ほら」
すっ、と指差した先は氷帝学園の正門。
学校内の空気がおどろおどろしているように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
「…すごい瘴気……」
「やられたな」
「さあ、行こうか」
にっこり笑って、長太郎は俺の腕をひっぱった。
◇◆◇ ◇◆◇
忍足先輩はテニスコートにいた。
正レギュ全員を背後に従えベンチで足を組んでいる様は、まさに悪の親玉かラスボス。
「わざわざ来てもらって悪かったな」
俺に微笑みかけるその目は笑っていない。
眼鏡の奥の瞳が鋭く輝き、射抜くように俺を見据えている。
その手のひらには白く光る球体があった。
淡い光を放つそれを、まるでテニスボールのように弄んでいる。
魂がどういうものかなんて知らない。
でも、すぐにわかった。
波動が同じなんだ。
あれが長太郎の魂だ。
「それを返してもらいましょうか、忍足先輩」
「はいそうですかと言うとでも思ってるんか?」
くすくすと笑うその態度が頭にくる。
「さっさと返せ!」
「随分威勢がええなぁ、自分」
「俺に用があるなら直接来ればいいじゃないか!」
なけなしの正義感がめらめらと燃えている。
だってこんなみんな見たことない。
いつだって楽しそうにボールを追いかけて、がっくん先輩なんてこいつ阿呆じゃなかろうかってくらい無駄にコートで飛び跳ねてるのに、こんな死んだ魚みたいな目のみんななんて見ていたくない。
「周りを巻き込むなんて卑怯だ!!」
俺がそう言い放つと、ぴたりと笑みがやんだ。
その双眸がすうっと細められる。
「……口の聞き方に気をつけろや」
ずしっと周囲の空気が重くなる。
跡部先輩がガードしてくれるからのこの程度ですんでいるのだろう。
先程とは比べ物にならない量の瘴気に、じんわりと嫌な汗が浮かんでくる。
「ほう…さすがは統治者の血筋やな。もっとも跡部が守ってるんやさかい、それくらいしてもらわな張り合いがないっちゅうもんやな」
忍足先輩の手から球体がふわりと離れ、背後にいる宍戸先輩の手の中に収まった。
「長太郎!?」
「心配せんでも用がすめば元に戻したるわ。こないな人間の魂集める趣味あらへんからな」
用……?
ぱちんと指を鳴らすと、滝先輩とがっくん先輩が跡部先輩の背後に回り両腕にしがみついた。
「……っ! こいつら……」
「先輩、駄目!!」
「そうそう、抵抗せえへんほうがええよ。こいつの死に顔をに見せたくないんやったらな」
「くっ……」
ジロー先輩の首に手をかけそう告げる忍足先輩に、跡部先輩は抵抗を止めた。
「ものわかりがよくなったやん、跡部」
少し意外そうに、だけど楽しそうにくすくすと笑いながら、忍足先輩は俺に手を伸ばした。
「こっちへおいで」
やなこったい。
そう思ったんだけど、一瞬後俺は忍足先輩の腕の中にいた。
テレポート?
「さすがに綺麗な顔してはるわ。あの跡部が執着するだけのことはあるもんやな」
「…そりゃどーも」
「見かけより図太い神経してるようやな自分」
「そりゃまあ色々とありましたから」
セクハラされたりとか襲われたりとか殺されそうになったりとか。
多少のことじゃ動じませんて。
ましてや今は一切の抵抗を禁止されている身だし、自由になるのは口だけだから言いたいこと言ってやる。
「さえ大人しゅうしとったら、こいつらは無傷で帰したるで?」
「信用できません」
ぷいっと顔を背けてそう言うと、忍足先輩は面白そうに喉の奥で笑った。
「まあ当然やろな。せやけどわかってるんか? そっちに決定権はないんやで」
冷ややかに笑んだ忍足先輩の手が長太郎を指さした。
長太郎の手には先程から握られたままのナイフ。
すっ、とそれが喉元に当てられる。
嫌な予感。
「ちょ…」
「やれ」
俺が制止するよりも早く、忍足先輩が低く言い放つ。
小さく頷いた長太郎は無言で右手を横に引く。
一瞬の躊躇いもなく。
満月の光を受けて、刃が鈍く光る。
壊れた蛇口のように長太郎の喉から血が噴き出した。
「長太郎!?」
伸ばした手の先で。
長太郎はその場に崩れ落ちた。
- 04.09.13