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Fairy tale 第2章 04


セクハラに対する制裁その1。
一撃必殺の右ストレート。
これからテニスするのに俺の手が使いものにならなくなったら困るのでパス。
それでは手じゃなければよいですか? よいですね。
ということで黄金の右足が繰り出す必殺の踵落としに決定。
身長差約10センチ。
このくらいなら許容範囲かな。
念のためにローリングソバットに変更してみよう。
ピヨから威力が強すぎて洒落にならないからと使用を禁止されているけど、運がよければ1週間くらいで治るだろう多分。
俺は至近距離からターゲットの目を見てにっこりと微笑む。

「あ……」
「やべ……」
「悪魔の笑顔だ…」

外野からぼそぼそとそんな声が聞こえる。
事情のわからないターゲットの忍足先輩は、わずかに首をひねる。

「忍足先輩」
「何や?」

日本語には素晴らしい諺があるんですよ。
それは、口は災いの元。
ということで…。



「逝ってよし!!」



ぶん、と振り上げた俺の足は、あろうことか目の前の忍足先輩に届く前に長太郎によって押さえこまれた。

「ちょっと待った! ! 駄目! それだけは駄目!!」
「離せ、長太郎!」
「痛っ!」
「気持ちは分かるけど押さえて、。死人が出る」
「手加減するから大丈夫です!」
「手加減するくらいなら、最初からするなよ!」
「お前の本気の蹴りは凶器なんだから! 落ち着け!」

ええいっ、離しやがれー!!



長太郎のみならずがっくん先輩や宍戸先輩にまで押さえこまれて、俺は部室の椅子に強制的に座らされた。
暴れださないように長太郎に背後からがっしりと押さえ込まれている為、身動きがとれない。

「ほらほら。TOPSのチョコレートケーキがあるよ」

折角の必殺技が不発に終わった俺がぶーたれていると、滝先輩とがっくん先輩が目の前に菓子を並べてきた。
いくら俺だってそう食い物につられたりなんか…。

「それともシュークリームのほうがいい?」
「ゴディバのチョコレートもあるぜ」

つられたりなんか…。

「丁度差し入れでもらったばかりのパステルのプリンあるけど食べる?」
「食べます!」

あぁ、もう仕方ないな。買収されてあげよう。
目の前にずらりと並んだスイーツに、俺の怒りは一気に消し飛んだ。
あぁ、やっぱりプリンは美味しいな。

「何やねん、これ?」
「忍足、生命が惜しかったらにセクハラしちゃ駄目だよ」
「あんなん、挨拶みたいなもんやろ」
「去年、その挨拶で三途の川渡りかけた先輩がいるんだよ」
「あの時は救急車呼んで大騒ぎだったんだぜ。先輩も1週間入院する羽目になったし」
「見かけ通りの大人しい子じゃないんだよは。あの外見だから結構いろんな人にからかわれたり襲われたりしたんだけど、皆返り討ちにしてるくらい腕っぷしは強いんだ。本気で怒らせたら誰も止められないんだから怒らせないでよね」
「今度こそ部室が壊れるぞ」
「…人は見かけによらん言うけどホンマやな」

陰でこそこそ何かしゃべってるけど、そんな2人は無視しておこう。



予想外のトラブルによって部活動が遅れること10分。
気を取り直してダブルス1・2が練習試合をしている。
宍戸先輩と長太郎のダブルスはいつものことながら深い信頼関係があるので見ていて危なっかしいところはない。
強いて挙げるとしたら長太郎のノーコンくらいだろう。
それに引き換え本日初めてダブルスを組むというがっくんと変態眼鏡――いかんいかん忍足先輩の方はどうなんだろう。
がっくん先輩は自分の本能の赴くままボールを追っかける習性があるから、パートナーを組んだ場合それに振り回される可能性が高い。
今までダブルスを組んでいたのは滝先輩で、2人は幼稚舎からの仲だったから息もぴったりだったんだけど、忍足先輩がそれに対抗できるかどうか。
最初は興味深々で見ていたんだけど、5分もするとそんなことも忘れて試合に見入っていた。
だって、上手いんだよこの人。
ほんのわずかな間にがっくん先輩の癖を見抜いて、上手くフォローしている。

「すごいですね」
「だろ」

滝先輩が誇らしそうにそう答える。

「実力があるということもそうなんだけど、基本的に頭の回転が速いんだよ忍足は」
「どこに落ちてたんですか?」
「落ちてたって…あのね…。僕が通っているテニススクールに来てたんだ。2,3度試合をしたんだけど、実力を知るにはそれで十分だろ」
「ふぅん、じゃあ滝先輩がスカウトしてきたんですか?」
「僕というよりもスクールのコーチが紹介状を書いてくれたっていう方が正しいかな。紹介状を監督に渡したのは確かに僕だけどね」

随分な惚れこみ様で。
まあ目の前でこの試合を見たら納得するけど。
多分シングルスでも十分正レギュラーの座は勝ち取れると思う。
それくらい忍足先輩は上手い。
試合の結果は6−4で宍戸・長太郎ペアの勝ちだけど、忍足先輩のミスは1つもなかったことからすんなりと正レギュラーとして認められた。
宍戸先輩と握手する忍足先輩。
ふとその視線がちらりと俺に向けられた。
何かを含んだようににやりと笑う。
一瞬だけ視線が強まったように思ったのは気のせいか?

「さて、コートも空いたことだし相手してもらえるかな?」
「はい」

ぽんと俺の肩を叩いて滝先輩が立ち上がった。
貰ったばかりの新しいラケットを持って、俺がその後に続く…はずだった。

「あ、あれ?」

俺の意思に反して、身体が動いてくれなかった。
正確に言えば足が動かなかった。

?」
?」

滝先輩とがっくん先輩が不思議そうに俺を見る。

「どうしたの?」
「いや…」

それは俺が聞きたい。
突然、そりゃもう本当に突然足に力が入らなくなったのだ。
金縛り?
無理に立ち上がろうとすると生まれたばかりの小鹿のように足がぷるぷると痙攣して、まっすぐ立っていられない。
これは一体なんですか?
思わずラケットを取り落としてしまい、それを拾おうとしてバランスを崩した。

「うわっ…!」
「危ないで」

ぐらりと倒れそうになったところを、忍足先輩に支えられた。

「具合でも悪いんか?」
「いや、そんなことは全然まったくないんですけどね」
「保健室行っといた方がええんちゃうか?」

保健室…。
最近常連なんだよな。
寝に行ったりとか怪我したりとかその他諸々。
特に先週の使用頻度が高かったもんだから、あまり行きたくないのが正直な気持ち。

「な、そうした方がええよ」

忍足先輩が俺の目をのぞきこんでそう言ってくれる。
優しいなあと思ってその目を見てびっくりした。
柔らかい口調とは裏腹にその目には強い光が浮かんでいた。
人を従わせる強い光。
どこかで見たことがある…。
その視線に促されるように思わずうなずいてしまった俺は、抱き上げてくれた忍足先輩の首に自分から手を回していたのに気付いた。
そんなつもりまったくなかったから余計に驚いた。
何しろ今の体勢は忍足先輩にお姫様抱っこされている状態なのだ。

うぎゃー恥ずかしい!

降ろしてー!

心の中でそう叫んでいるんだけど、俺の身体は大人しく先輩の腕の中に収まっている。
その時になってようやく異変に気付いた。
普段なら俺の不調を知った途端ものすごい勢いで飛んでくる長太郎が、今日は行動を起こさない。
皆と一緒になって遠巻きに見ているだけ。
自分の身体が思うように動かないということもおかしいし、長太郎のその態度もおかしい。
コート内は物音1つしない。
何となく嫌な予感がして忍足先輩を見上げると、俺を見てにやりと笑う。
その目が赤く光ったのを俺は見逃さなかった。

「ほな行こか」

あれれ? 
もしかしなくてもこれってあれですか?
我が家の居候が追いかけている脱走犯。
数多の魔物の中でも圧倒的な力を持つ神魔。
そのうちの1人ですか?

俺ってばピンチ!



不意に名前を呼ばれて思わず振り向いた。
それがテニスコートにいるはずのない人のものだったからだ。
首だけ振り返ると、美しい眦をきつく吊り上げた美貌の生徒会長にして俺の守護者。
先程までの静けさが嘘のように、コート内が急にざわめき出す。

「跡部先輩…」

「邪魔が入ったか…」

忍足先輩が小さく呟く。
その声はひどく冷たかった。
跡部先輩が大きなスライドで俺達の方へ近づいてくると、忍足先輩の腕から俺を奪い取った。

「こいつは俺が連れていく」

鋭い眦で忍足先輩を睨みつつ、跡部先輩はそう言い放った。
外野で「何で会長が…」とか「あの噂本当なのかな」とか聞こえるけど、とりあえず無視しとこう。混乱するから。

「随分過保護なんやな自分」
「テメエに触れさせておくわけにはいかないだけだ」

そう言って俺を抱えたまま無言で踵を返してコートを後にする。
厳しい表情。
鋭い視線。
こんな顔初めて見る。

「跡部先輩?」
「あいつには近づくな」

表情を緩めることなく、前を見据えたまま。

「あいつは敵だ」

そう言った。


  • 04.08.15