脳細胞が壊滅したんじゃないかという激辛地獄を体験した俺の舌は、当然のことながら麻痺してしまった。
一見あまり辛そうに見えなかったせいで、思いっきり頬張ったのが悪かった。
お昼になっても味覚は戻らず、折角のランチも楽しさが半減。
勿論弁当を作ったのは俺。
不二は笑顔で「僕が作るよ」とかほざいてたけど、あの料理を食べさせられた俺が不二に台所の支配権を渡すはずもなく、麻痺した味覚で何とかお弁当を作成。
料理は慣れているため味付けは適当でも不味くはないと思うんだ。
多分。
「」
部屋で留守番している不二と英二そしてリョーマには、レンジでチンすればいいだけの食事を用意しておいたけど、果たして英二とリョーマに食欲があるかどうか。
リョーマはあまりの辛さに意識を取り戻してからも悶絶していたけど、今頃復活してるかなぁ。
この調子じゃ夕飯は胃に優しいものの方がいいかな。
大人数だしポトフでも作るか。
あ、でもリョーマは意外に和食好きだし肉じゃがに豆腐の味噌汁なんてのもいいかも…。
思考はすっかり主婦のようだ。
「ってば」
そういえば跡部先輩は弁当食べてくれたかな。
一応俺と同じものを作っておいたけど、生徒会行事が忙しいらしくて食べている暇がないかもと言っていたし。
……ってあの人神魔だよな?
俺達(というか不二達)の目をごまかすためならともかく、しっかりばれてあまつさえ俺のガーディアンになったというのに、何でまだお仕事してるんだろ?
実は真面目なのかな?
それとも何か企んでるとか…。
「」
「んぎゃっ!!」
ふぅっと耳元に息を吹きかけられ、俺は慌てて飛び退った。
「何だよ長太郎!? 昼飯くらいゆっくり食べさせろよ!」
セクハラ反対。
「さっきから呼んでるのに返事しないほうが悪い」
「へ? 呼んでた?」
「ず〜っとね」
それは失礼しました。
でも、お前の行動変だぞ。
返事がないからって耳に息を吹きかけるな!
「んで、何?」
「箸が止まってるよ。食べないの?」
ちょいちょいと俺の弁当を指でさす。
彩りも鮮やかな俺の弁当はさっきから手付かずのまま。
食べることと寝ることに関しては貪欲な俺なので、何か悩んでいるのではないかと思ったのだろう。
その読みはある意味正しい。
悩んでいるよ、俺の味覚が戻らなかったらどうしようかとね。
「ちょっとね、朝からすごく辛い刺激物食べちゃって。そのせいで舌が麻痺してるから食欲がないんだ」
「刺激物?」
「そう、刺激物」
むしろ劇薬?
俺がそう言うと、長太郎は不思議そうに首を捻った。
「って四川料理とか好きじゃなかった?」
「好きだよ」
「辛いもの得意だったよね」
「人類が耐えられる辛さの範疇だったらね」
ああ、あの料理を是非長太郎にも食べてもらいたいものだ。
俺の気持ちがわかるから。
でも、多分長太郎は昇天したまま戻ってこないだろうと思う。
あれを普通に食べていた不二ってば、やっぱりおかしいよ。
「それで、食べないの?」
「うん――」
正確には食べられないんだけどさ。
舌だけじゃなくて胃もやられてるみたいで、食欲ナッシングなのですよ。
「食べる?」
「いいの?」
すっと差し出すと長太郎は嬉しそうに目を輝かせた。
お母さんお手製のお弁当はぺろりとたいらげてはあるものの、それでも物足りなかったようで、長太郎は俺の弁当を受け取るとあっという間にたいらげてしまった。
う〜ん、いい食べっぷり。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
「相変わらず美味しいよね、の手料理」
「まあね。自炊歴が長いから上手くもなるでしょ」
「お嫁さんに欲しいな」
「…それは嫌です」
「似合うと思うのにな。ウェディングドレス」
「……」
皆さーん、ここに変態がいますよー。
「そういえばさ」
急に何かを思い出したように長太郎が切り出してきた。
「最近跡部先輩と仲いいよね」
「あ? ――うん」
「同じマンションなんだって?」
「そうみたい」
「そうみたいって、最近一緒に登校してるじゃない」
「偶然だよ」
一緒に住んでるんだけど。
そんなことばれたらとんでもない騒ぎになるだろうから内緒なんだけどね。
ここ数日で分かったんだけど、跡部先輩の人気はものすごいものがある。
だってファンクラブまであるんだ。
同じ部屋に住んでてほぼ毎日貞操の危機にあってますなんてばれたら、きっとただじゃ済まされないと思う。
それにしてもこっちの世界に来てからまだ数日間だというのに、この知名度って何でしょうかね。
つーか異世界の住人なんだからもう少し目立たないように行動は慎むべきなんじゃないかと思うんだけど…。
「跡部先輩まで落とすとはさすがはだよね」
「ちょっと待ていっ! 誰が誰を落としたって!?」
「が跡部先輩をだよ」
何ですかそれはー!?
「あれ、違うの? さすがだなって話してたのに」
「さすがって何だよ!? 俺も先輩も男だっての!!」
「仕方ないじゃん、その辺の女の子より全然美人なんだから」
「美人じゃなーい!! ほらっ、この男らしい腹筋とか逞しい二の腕とか! そんでもってそんでもって…」
「真っ白な肌とか可愛らしい唇とか、涼しげな目とか細い二の腕とか? それとも俺の腕の中にすっぽりと隠れちゃうくらい華奢な身体とか?」
そう言いながら長太郎に腕を引かれ、気がついたら俺は長太郎の逞しい二の腕の中に閉じ込められていた。
「うぎゃー! 離せー!!」
お前に比べればほとんどの男が華奢だっつーの!
いい加減俺に抱きつく癖を直せ!
「喋らなければどこをどう見ても立派な美少女。街を歩いてて男にナンパされるのも無理はないよね」
うわーん、長太郎の馬鹿ー!!
長太郎のスキンシップは予鈴が鳴るまで続いた。
毎度のことながら疲れるランチタイムだ。
そして何故か昼休みの一部始終を跡部先輩に知られたらしく、放課後生徒会室に呼び出されてたっぷりと説教をされてしまった。
……俺が悪いのか?
- 04.07.18