爽やかな朝日と穏やかな雀の声。
いつもと変わらない1日の始まりだった。
そう、たとえ何が起ころうとも朝は来るのだ。
父1人子1人の我が家。
その父さんも仕事の都合でニューヨークに移住してしまい、現在13歳という若さで1人暮らし真っ最中な俺なんだけど、リビングにはなぜか居着いてしまった居候もどきが4人。
1人はチッペンデールのソファに悠然と腰を下ろし長い足を組んで新聞を読んでいる。
もう1人は安楽椅子に座ってテレビを見ている。
そしてさらに1人はコレクションボードに飾ってあるアンティークのティーカップを、興味があるのかないのかわからない様子で眺めている。
そして最後の1人はシステムキッチンの中で何やら作業中。
1人が好きというわけじゃないし、賑やかなのは嫌いじゃないんだけど。
質問していいですか?
「そこの人達、何でいるの?」
「昨日正式に月華様から命令があってね。こっちの世界でのボディガードをすることになったんだ」
そう言いながら、不二はダイニングテーブルに座った俺の前に紅茶を置く。
付き合いが長いから俺の好みをよく知ってるなぁ。
そう思いつつ、一口飲んでびっくり。
ティーカップの中身は漢方薬だった。
ラプサンスーチョンより強烈な刺激臭が鼻をつく。
何入ってるんだろ?
「不二…」
「何? ちゃんと飲んでね。滋養あるんだから」
「いや、そうじゃなくてさ…」
漢方薬はできたら湯呑みがいいな…。
なんて心の中でひっそりと呟いてみる。
「そんでね、逃げ出した神魔はの存在を知ってるだろうから、むやみやたらに探すよりの傍にいたほうが効率がいいだろうって」
そう言ったのは英二。
何が『そんで』なのか皆目見当もつかないけど、英二の会話はいつもいきなりだからあまり気にしちゃいけない。
その手に握られているのは、昨日クール便で届いたばかりの『六○亭』のマルセイバターサンド。
今日学校から帰ったら食べようと、密かに楽しみにしてたのに…。
じと目で英二の手元を睨んでたら、その視線に気付いた英二が慌てて証拠隠滅を図った。
12個入りだったのに1つ残らずなくなってるよ。
可哀想な俺のバターサンド。
バターだけ残っててもなぁ…。
折角通販したのに。
後で買いに行かせてやる。北海道まで。
食べ物の恨みは恐ろしいんだ。思い知れ。
「だから、俺達これから一緒に暮らすから」
俺の心境をまったく思いやらない台詞を吐いて、リョーマは隣の席に腰を下ろす。
もてあましていた漢方薬を差し出すと、ものすごく嫌な顔をされた。
「ということでよろしく」
「はぁ……」
「迷惑だな」
きっぱりと断言したのは、何故か俺の側から離れようとしない跡部先輩。
「俺との邪魔をするんじゃねえよ」
「独占欲の強い男は嫌われるよ」
「そうだそうだ。俺だってと一緒にいたいにゃ」
「雑魚は黙ってろ。いざって時を守れないような奴は、いるだけ無駄だ。とっとと帰って月華の相手でもしてろよ」
「月華様から特にあんたの魔の手からを守れって言う命令も受けてるんだよ、俺達は」
「あんな雑魚神魔に不意打ち喰らうような坊やが、よく一人前の口を叩けるもんだ」
「若さの特権って奴じゃないの。誰かさんみたいに年取ってないし」
「せめて乳離れできてからにするんだな、チビ」
……朝から一触即発ムード。
核戦争勃発って感じなんだけど。
傍観者に徹していた不二を見上げる。
あいかわらず何を考えてるのか分からない笑顔が怖い。
でも他に頼る人いないしな。
「不二…何とかして」
「仕方ないなぁ」
ゴツッ!
ガゴッ!
……今、いま……。
「せっかく爽やかな朝なんだから、わざわざ雰囲気悪くすることもないでしょ。に嫌われてもいいんなら止めないけど、どうする?」
持っていたトレイの角でリョーマの後頭部をしたたかに殴りつけ、さらに手首を返して英二の顔面にヒットさせた不二は、テーブルに突っ伏したままのリョーマに笑顔でそう問いかける。
だがその瞳は笑っていない。
「跡部も、ガーディアンが困らせてどうするの。伴侶失格だよ」
「……ちっ、わかったよ」
どうやら跡部先輩も不二には逆らえないらしい。
というか開眼した不二は通常時とは比べ物にならないほど怖いのだ。
これで怒ったらどうなるか、俺は知らない。
知りたいとも思わない。
怖いようっ。
そして、リョーマはぴくりともしない。
…生きてるかい?
実はこの4人、人間じゃない。
それを言ったら俺もなんだけど、この際それは置いといて。
天妖界というこことは別の世界の住人で、かなりの力を持つ神魔だったりする。
ちなみに神魔とは、こっちの世界では神とか悪魔とか呼ばれるほどの強大な力を持つ人(?)達のことで、彼らがその気になればこっちの世界なんてあっという間に滅んでしまうらしい。
旧約聖書に書かれている話はほとんど彼らの仕業らしいんだけど、本当かどうかは知らない。
何しろ教えてくれたのは英二だから信憑性が低いことこの上ない。
天妖界とこっちの世界――自然界は簡単に行き来できないように結界が張られているんだけど、先日その結界が破れているのを発見。
かなりの数の神魔・怪魔が自然界に流れ込んでしまっているらしく、統治者の命を受けて彼らを捕縛あるいは退治しに来たのが、不二・英二・リョーマの3人。
他にも来ているらしいけど、俺が知ってるのはとりあえずこの3人だけ。
そして、跡部先輩はと言うと。
俺の学校の先輩で、泣く子も黙る生徒会長。
というのは仮の姿で、本当の姿は天妖界でも比類ない力を持つ神魔の1人で、結界を壊した張本人。
つまり不二達が探している倒すべき相手ってことなんだけど、ひょんなことがきっかけで俺のガーディアンになってしまったのだ。
しかも『対の伴侶』とかいうやつらしく、ファーストキスを奪われたり押し倒されたり迫られたりと、俺ってば現在貞操の危機だったりする。
とりあえず彼らが俺のことを心配して側にいてくれるということなので、その好意はありがたく思う。
「あんたのどこがそんなに強いかわからないね」
「相手の力量も測れないほど未熟なのか。もう一度最初から鍛えなおせよ」
リョーマは生意気な弟みたいだし、英二は楽しいし、不二は頼りになるし。
跡部先輩は…まあ一応優しいし。
「何なら勝負する?」
「止めとけよ。怪我をするのはお前だ」
このうるさい口喧嘩さえなければ、5人で同居も悪くはないだろう。
幸い部屋数も広さも問題ないし。
「、お腹すいた? ご飯用意してあるけど食べる?」
「食べる」
今まで食事の支度とかは全部自分でしていたから、誰かが用意してくれるのは有難い。
何てったって不二の料理は美味しいのだ。
やっぱり食事は美味しく楽しくが一番。
並べられていく料理が微妙に赤いのは、はて何でだろう。
「いっただっきまーす」
ぱくり。
………。
…………?
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
火を噴く辛さとは、まさにこのこと。
思わず目の奥で火花が見えた。
不二以外の全員が撃沈。
跡部先輩ですら、箸を取り落として口を押さえている。
お子様味覚のリョーマは本日2度目の昇天。
英二は慌てて水道に走るけど、水を飲んで収まるようなものじゃない。
「あれ、ケイジャン料理苦手だった?」
いや、そういう問題じゃないから。
慌ててキッチンに入ると、買い置きしてあった七味唐辛子と鷹の爪がすべてなくなっていた。
冷蔵庫を調べると、コチュジャンも豆板醤もなくなっていた。
もしかして、全部使った?
コチュジャンは買ったばっかりだったんだけど…。
あぁ、意識が遠くなる。
…台所の支配権は俺が握ることにしよう。
- 04.07.08