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Fairy tale 第1章 06


保健室の扉をぶち破って姿を現したのは、なんとも不思議な生き物だった。

「うっわ…、ホラー…」

泥人形というかゾンビというか、とにかくそんな感じ。
しかも団体さんでご登場。

「何何なにこれー!? うぎゃー! 気色悪いー!!」

一応人間の形はしてるみたいだけど、全身がどろどろに溶けてて見ていて気持ち悪い。
人間が溶けたというよりも、骸骨を泥で加工したような外見だ。
窪んだ眼球の中は空洞なのに、何故か赤く光っている。

「リョーマ! お前の結界役に立たないじゃん!」
「仕方ないよ。俺結界作るの苦手だもん

ええいっ、威張って言うな。

『見ツケタ……』

地の底を這うような低い声が、そいつから漏れた。
赤く光る目が俺の姿を捉えている。
というかしっかり名指しですか。
うわぁ、嬉しくない。

泥人形は俺を見てにやりと笑った。
そのまま室内に入ってこようとして、一歩踏み入れた途端大きく弾かれてうめき声をあげる。
リョーマの結界は一部が破られたものの、まだその効力は発揮しているようだ。
目の前に極上の餌(俺のこと)があるというのに、結界に阻まれて手が出せないことがすごく悔しそうだ。
ぎりぎりと歯噛みしている。
どうでもいいことだけど、こいつに歯があることが判明。

って呑気に観察してる場合じゃないよ。 

『守リ人ノクセニ生意気ナ』

感情のない声。どこか機械的なその声に、なんとなく違和感を感じる。
いや、外見が変なのは見てわかるんだけど、もっとこう、何というか…。
そう、強そうじゃないんだよ。

「ふ〜んしゃべれるんだ。そこそこ知能はあるみたいだね」

リョーマが不敵に笑う。

「もっともそのくらいの力がなくちゃ、俺の結界を壊すことなんてできないか」 
「…なあ、リョーマ」
「何?」
「こいつ、変」
「そりゃ変だよ。妖魔だもん」

いや、そういうことじゃなくて。

「なんていうか、操り人形って感じがする…」

リョーマが訝しそうに俺を見る。
こいつにリョーマの結界を破るほどの力をこいつが持っているとは思えない。
いくら苦手だと言っても、リョーマの実力が妖魔相手にに劣るはずはないだろう。
その程度の力で守護者になれるわけがないし、第一母さんが俺のところに来ることを許可するとも思えない。
母さんも結構な親馬鹿だから。

となるとこいつが見た目よりも強い妖魔か、それとも裏で操っている黒幕がいるかということだ。
ほとんど勘なんだけど、俺の勘ってば意外と当たるんだよね。

「操り人形…?」

リョーマの意識がそいつに向けられた時だった。

バシッ!!

何かが弾けるような音がして、俺たちを取り巻いていた空気が一瞬で消えた。

「結界が、消された…?」

リョーマが信じられないといったように呟いた。
どっと入ってくる濁った空気に、思わず袖口で口元を覆う。

「瘴気…」
「これが瘴気…うわっ、気持ち悪い!」

思わず叫んじゃったけど、本当に気持ち悪い。
ざらっというかねっとりというか、音にするとそんな感じ。
聞いたことはあるけど、実際に見たのは初めてだ。
全身にまとわりつく負の空気に、鳥肌が立つ。

人間界の空気だって天界に比べたらかなり悪いっていうのに、この空気はそれの比じゃない。
俺は一応父さんがこっちの人間ということと、長年こっちに住んでいるということで耐性がついてるんだろう。
気持ち悪いとは思うけど、身動きできなくなる程じゃない。
もの凄い空気の悪い場所に入り込んだ感覚がするだけだ。

一瞬で広がったそれは、俺よりもリョーマの方に影響があった。
天界で生きる者にとって、それは毒でしかない。
さらにリョーマは人間界に来たのも初めてだから、負の空気に対して耐性がほとんどない。
吸い込んだのはほんのわずかだったのだろう。
だが、耐性のない身体にそれだけできつい。

「リョーマ!?」

ぐらり、とリョーマの身体が傾いた。
慌てて支えると、額にびっしりと汗をかいている。
う…わ、ヤバいかも。

「平、気……」
「平気じゃないだろ。死にそうな顔色してるぞ」

外傷じゃない場合、俺の特殊能力は通用するんだろうか。
とりあえず額に触れてみるけど、反応は薄い。
効き目がないわけじゃないと思うけど、通常よりも効果は期待できないだろう。
この状況で治癒に専念できるはずもないし。

「ちょっと瘴気に当てられただけ…。少しすれば回復するから」

鬱通しそうに俺の手を払いのけて、リョーマは立ち上がろうとした。

「!?」

ふと俺の背後に視線を移し、リョーマは血相を変えた。

!!」

差し伸べられた手が俺に触れるよりも前に、リョーマの身体がふわりと浮いて、そのまま激しく床に叩きつけられた。

「ぐっ!!」
「リョーマ!?」
「なかなかしぶといものだ」
「!!」

いつの間に現れたのか、目の前に男の姿があった。
褐色というよりは黒に近い肌の色。
闇色の髪。黒い衣に身を包んだその姿は、まるっきり影のよう。
爛々と光る赤い目と、にやりと笑う口元に見える犬歯が闇の中で異様に際立っている。
ざわり、と鳥肌が立った。
間違いない。こいつが黒幕だ。
ぞっとするほど整った顔立ちからして、かなりの力を持っていることがわかる。
おそらく神魔クラスじゃないだろうか。

「お前がか」
「…だったら何か?」
「我に力を貸せ」
「嫌です」

きっぱりはっきり即答した。
どう考えても「2人で協力してよりよい世界を作りましょう」とか「俺と一緒に温かい家庭を作ってくれ」とかいう話じゃないと思うし。
いやそうでも困るんだけど。
とにかく、その提案が俺にとって良いことであるはずがない。
だから協力できない。単純な結論だ。

「…ならば死んでもらおう」

言い終わると同時に、泥人形が一斉に襲ってきた。

「うわー!! 近寄るなー!!」

背後から襲ってきた一体を蹴り倒す。
すると蹴った部分がこそげて飛んでいった。
べしゃっという嫌な音がしてそれは壁にぶち当たり、そこからまた新たな泥人形が出現した。

何こいつ?
もしかして細胞分裂……もとい増殖するわけ?
ってことは俺ってば何もできないじゃんかっ!!
男が小さく笑った。

「隙だらけだな」
「!」

ザシュッ!

肉を斬る嫌な音がして、肩に激痛が走った。
一瞬で背後にしのび酔った男の鋭い爪で、肩口をざっくりと切り裂かれたのだ。

「統治者の息子だというから期待していたが、何と他愛のないことだ」

男が軽く手を振るだけで、指先から生じたかまいたちによって俺の皮膚が切り裂かれていく。
最初の一撃に比べ、傷は浅い。
じわじわといたぶろうというつもりだろうか。
何とか反撃の手を考えるけど、力のない俺では到底勝ち目がない。
リョーマは先程の衝撃と多量に浴びてしまった瘴気のせいで、すでにフラフラ状態だ。
意識はあるみたいだけど、動くことができない。

ヤバイ。
……俺ってば、絶体絶命?

「さて、あまりいたぶっても可哀想だ。そろそろ楽にしてやろう」

男の手が俺に向かって伸ばされた。
振り上げた手が下ろされたとき、それが最期だろうと思った。
だが―――。



「仕方ねえなぁ」

やけに皮肉げで、でもどこか嬉しそうな声が聞こえた。

「!?」

その直後、結界に亀裂が走り、そこから閃光が差し込んだ。
光に触れた泥人形が、一瞬にして蒸発していく。

「何!?」
「人のものに気安く手を出してんじゃねーよ」

不機嫌そうな声と共に、まばゆい光が迸る。

「―――――!!」

男は声もなく光に呑まれた。
それはあまりにもあっという間の出来事だった。

一体何が起こったんだ?
味方? それとも新たな敵?
まったく判断ができない。

足元から力が抜けて床に座り込んだ俺の前に、誰かが近づいてきた。
かつん、と足音がして長い足が俺の目の前に現れた。

「誰…?」

顔を見ようとして、急に気色が歪んだ。
そういえば大量に出血してたんだっけ。

「やば、貧血……」

そして意識がブラックアウトした。