あっという間に放課後になった。
時間が経つのは早いな……って、よく考えたら午前中で起きてたのって、体育のほんのちょこっとだけじゃんっ!
早いはずだよそりゃ。
知らない間に時間が経過していたから、授業を受けた記憶がほとんどない。
「なくて当然だよ。実際授業受けてないんだから」
長太郎が冷静なツッコミをする。
その通り。
結局保健室でもたもたしていたせいで、俺たちが食堂に着いた時には食べたいメニューのほとんどが売り切れてたんだ。
ここの食堂は安くて美味しいけど、唯一ラーメンは美味しくない。食後に感想を聞くと、「普通」という人はいても「美味しい」と言う人に会ったことがないのだから、多分俺のこの評価は間違ってないと思う。
しかもしょうゆ味しかないし。俺は味噌派なんだよね。
でも残ってるのはそのしょうゆラーメンだけで、購買のパンもタイミング悪く全部売り切れてた。
ラーメンを食べるか昼抜きか。
2択を迫られて、俺たちはあっさりと外に食べに行くことにした。
だってどうせ食べるなら美味しいものの方がいいし、天気がいいから外出も楽しいじゃん。
ということで無事美味しいハンバーグランチにありついて、ついでに昨日足りなかった掃除用品を買ったり、デパ地下でトップスのチョコレートケーキを買ったりしてたので、帰ってきたのは授業が終わる5分前だったりする。
何のために学校に来たのかわからないけど、授業が終わったんだから教室に残ってても意味がないしね。
さーて帰ろうかな。
新しい洗剤も買ったし、片付けちゃわないとね。
「、帰りにテニス部に顔出していきなよ」
いつものように長太郎がそう言ってきた。
基本的に帰宅部な俺だけど、運動不足解消のために時々テニス部にお邪魔しては遊ばせてもらっているのだ。
うちのテニス部は全国大会出場とかしちゃってるくせに、その活動風景は至って穏やか。
試合で勝てばいいという方針らしく、練習は生徒の自主性に任せているとしか思えない。
ベンチで寝ていようがコートで飛び跳ねていようが誰も怒らないのだからそうなんだろう。
よく全国行けたもんだ。
まあ部外者の俺が遊びに行っても怒られないどころか歓迎されるんだから、俺としては助かってるけど。
最近遊びに行ってないからいつもなら長太郎の誘いに乗るところなんだけど…。
「今日はパス。荷物が片付いとらんのですよ」
一応ある程度の荷物は昨日のうちに片付けたけど、まだ手付かずの荷物もいくつか残ってる。
自分の部屋とリビングとダイニングは片付いたけど、和室とか客間とかまだ散らかったままなのは見ていて楽しくないし。
実は結構な片付け魔だったりするのよ俺ってば。
「そんなに残ってるの? 手伝おうか?」
「いや、多分今日中に終わると思うよ。大丈夫」
というより終わらせるから。
「新しいマンションはどう? 快適?」
「すごいぞー。中学生男子の1人暮らしとは到底思えないような、ゴージャスかつエクセレントでデンジャラスな部屋だ」
我ながらよく分からない形容だが、本当にそんな感じなんだから仕方ない。
そして付き合いが長い長太郎には、その意味がよくわかってるようだ。
「あはは、おじさんアンティーク好きだもんね。また買ったの?」
「今度はガレのランプが増えてた」
「どこで探してくるんだろうね」
「それは俺も知りたい」
父さんが日本に戻ってくると、必ずと言っていいほどアンティークが増える。
父さんは収集家だけどコレクターではない。買ったものは使うという人だ。
だから我が家では当たり前のようにチッペンデールのソファに寝転んでテレビを観るし、19世紀に作られたマイセンのティーセットでお茶を出す。
でもそれは他のコレクターの人からしてみれば許されることではないらしく、以前家に来た父さんの知り合いは、天ぷらの乗った柿右衛門の皿を見てひっくり返ってた。
だって食器は使うためにあるんだから、どんな高価だろうが使ってこそ価値があるってもんだ。
まあ、割ったら大変だとは思うけどさ。
「大変だね。とりあえず頑張って」
「おう、頑張るですよ」
後ろ手にひらひらと手を振って、俺は教室を出た。
おや?
正門に近づくにつれ、何やら騒がしくなってくる。
………。
このパターンは何かに似てるぞ。
門の前の人垣を見て、思い出した。
テニスコートだ。
正レギュラーの先輩たちを応援する、たくさんのギャラリー。
飛び交う黄色い声援。
まさに、あれだ。
コートだと打ち合いに夢中になって気にならなかったりするけど、自分がその輪の中にいないとその異様さに圧倒される。
結構怖いかも。
なるべくならお近づきになりたくない。
仕方ない、別の場所から帰ろう。
遠回りになるけど、騒ぎに巻き込まれたくないし。
勢いよく反転して歩き出そうとすると……。
「だから、俺と不二がいればいいの! おチビは手塚のとこに帰んなさいっ!」
「そんなのずるいっす」
「ずるくないっ! 大体、何でついてくるわけ?」
「面白そうだから」
「帰んなさい」
「イヤ」
「帰れ!!」
「イヤったらイ・ヤ!」
「あー、もうっ! 先輩の言うことは聞きなさい!!」
……ものすごく聞き覚えのある声がした。
慌てて戻って人垣を掻き分けてみると、学生服に身を包んだ3人が低レベルないい争いをしていた。
その中の1人が人垣から顔だけ出している俺に気付いて、にっこりと微笑みかけてくる。
「やあ、。久しぶり」
相変わらず爽やかな笑顔ですなとか、英二と言い争いしているちっこい子は誰ですかとか、その学ランは一体どこのですかとか聞きたいことは色々あるけど、とりあえず最大の疑問が口をついて出た。
「何でここにいんの!?」
◇◆◇ ◇◆◇
ウェイトレスのお姉さんが運んできてくれたアイスコーヒーを一口飲んで、俺は目の前にいる3人を見回した。
「さて、説明してくれるかな?」
ここは、学校の近くの喫茶店。
正門の前で思いっきり叫んでしまったのと、不二と英二の容貌が目立ちすぎるのと、連れの少年――どうやらリョーマと言うらしい――が無愛想すぎるのとで悪目立ちしてしまった俺たちは、とりあえずその場から逃げるように立ち去り、ここへ場所を移動した。
マンションでもよかったけど、片付いてないからなあ。
「に会いに来たのでっす!」
「英二には訊いてないから黙ってて」
「うわっ、ヒドッ!!」
だって英二はいつも話をややこしくするから。
簡潔に明瞭に事情を知りたいときは、不二に聞くのが一番。
「ちょっと厄介なことがあってね」
「それで? 不二がわざわざ?」
「俺たちだけじゃないよ。他にも何人か」
英二が答える。
何人かって言い方は、とっても微妙ですな。
「厄介なことって何?」
「うん、実は次元の穴が開いちゃったみたいなんだ」
不二が落し物をしたように、あっさりと言う。
「…次元の穴って、こっちとあっちを繋ぐ?」
「そう。こっちの世界とあっちの世界を繋ぐ、その次元の穴」
こっちの世界というのは、俺が住んでいるこの世界。つまり、ここ。
あっちの世界っていうのは、不二や英二、そしてリョーマ君が住んでいる世界。
天界第2世界、通称天妖界。
神や魔物、そしてそれに属する人たちが住んでいる、こことは別の次元にある世界のことだ。
何で俺がそんなこと知っているかというと、実は俺の母さんがそちらの住人だからだ。
「開いたっていうことは、皆さんこちらに来放題ってこと?」
「そういうこと。完全にこちらの失態なんだけど、どうやら随分前から開いていたみたいで、相当数の魔物が渡ってきていると思う。そういうことで、僕たちは月華様から直々に、彼らを封じる任務を受けたんだ」
事態がどのくらい深刻かなんて、はっきり言って俺には全然わからない。
母さんの住む世界の仕組みとか知らないし。
それって大変なことなの?
「…つまり、こういうことだよ。低級の魔物は知能が低いから理性がない。ということは無差別に人間を襲うこと確率がとても高い。そして位が高い――たとえば神魔クラスは人間を襲うことはほとんどないけど、代わりに自然界に混乱を起こそうとする。戦争とか天災とかね。そして彼らはこちらの世界でも力を制限されることはないけど、僕たちは普段の半分も実力が出せなくなる。これがどういうことかわかるよね?」
そういえば前に聞いたことがあるような気がする。
自然界(この世界)には善と悪が混沌としているから、清浄な世界である天妖界の住人である不二たちは普段よりも力が使えなくなるんだって。
「ということは大変なことになるんじゃないか!?」
「……だから、最初からそう言ってるっす」
「手塚が言うには、神魔クラスもこっちに来てるはずだって。それも複数。だから俺はの護衛に来たんだにゃ」
「何で俺に? 別にいらないよ。俺普通の人だし」
「あのね、は月華様の血を引いてるでしょ」
そりゃ当然。だって親子ですから。
「月華様の力を得ようとする輩は、掃いて捨てるほどいるんだよ。そんな人の子供が狙われないわけないでしょ」
「そうそう、しかも自分の身を守ることもできないから、かえって狙い放題だし」
「じゃあ気をつける」
「そういう問題じゃないんだよ」
「え? 駄目? じゃあすっごく気をつける」
「…冗談言ってる場合じゃないんだよ?」
「冗談じゃないんだけど?」
「……」
あらら、頭を抱え込んじゃったよ。
だってどうやら大変な事態みたいだし、俺なんかに労力を割かなくてもいいと思うんだ。
いざとなったら何とかするし。
腕っぷしには自信あるよ。何せ実戦で鍛えられたから。
俺がそう言うと、不二と英二は諦めたようにため息をついた。
わかってくれてありがとう。
だから、影からこっそり守ろうなんて思うなよ?
「ところでさ、訊きたいことがあるんだけど」
それまで沈黙を守っていたリョーマ君が、俺にそう声をかけた。
身長差からして無理ないんだけど、自然と俺を見上げる形になる。
その上目遣いがなんとも可愛いこと。生意気な弟って感じ。
「何だね、リョーマ君?」
「あんた、本当に男?」
ゴスッ!!
「失礼なこと言うんじゃないよ越前。ごめんね。悪い子じゃないんだよ」
「ただちょっと人より口と根性が悪いだけだにゃ」
いや、それフォローになってないから。
それより……。
「大丈夫か?」
頭を押さえてテーブルに突っ伏したリョーマが気になった。
俺が反応するよりも先に、不二の鉄拳がリョーマの頭上から降ってきたのだ。
見事なヒジ打ちだったもんな。
しかもかなりいい音響いたし。
「……大丈夫っす」
うわぁ、涙目だ。少しは手加減しろよ。
かわいそうに。
よしよしと頭を撫でてやると、リョーマは子供扱いされたと思ったのか、嫌そうに眉をひそめた。
左手で俺の手を払おうとして、動きを止めた。
信じられないものを見るように俺を見る。
「あんた……」
ふっふっふ、驚いたか。
これが俺の特技。つーか特殊能力。
癒しっていうのかな。他人の怪我や病気を治せるんだ。
欠点は自分のことは治せないこと。
便利なようで実は結構使えない。
何とか皆を説得して俺が家に帰ったのは、6時過ぎ。
果たして今日中に荷物は片付くのか?
そして重要なことを訊き忘れていたことに、今更ながら気が付いた。
あいつら、何で学生服姿だったんだろう……?