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Fairy tale 第1章 02


「ずいぶん疲れてるね」

教室の自分の席で机にうつぶせていたら、頭の上からそんな声が降ってきた。
顔を上げると幼馴染の長太郎の姿。
いつものことながら爽やかな笑顔だね。

「あれ? もう朝練終わったんだ?」

長太郎はテニス部に所属している。
氷帝のテニス部は全国区なので、練習は厳しい。
毎朝のように朝練があって、長太郎は当然それに参加している。
そんな長太郎が教室にいるってことは、練習が終わったということで。
ということは、もうすぐ授業が始まるのだね。
俺がそう言うと、長太郎はものすごく呆れたような顔をした。

「あのね、。さっきのチャイムは何だと思う?」

チャイム?
そんなの鳴ったっけ?

「HRが始まるとか?」
「HRなんてとっくに終わってるよ。さっきのは2限目が終了したチャイムだよ」
「2限目!?」

いつの間に!!!
俺の記憶ではHRまでまだ時間があったはずなのに!

「かなりよく眠ってたみたいだね。全然起きないから先生たちも呆れてたよ」
「あー……」

昨日は結局プリントをやってから片付けを再開してしまったせいで、寝たのは4時過ぎ。
部屋は結構片付いたんだけど、そのお陰で3時間くらいしか眠れなくて頭がぼーっとする。
俺って睡眠不足だと動けなくなるんだな。
初めて知ったよ。
あーまだだるい。
保健室で寝てようかな。
確か今日の3限は体育だし、その次は化学。
サボリには目をつぶってくれる優しい先生方の授業ではないですか。
よし、休もう!

、早く着替えないとチャイム鳴っちゃうよ」
「俺は寝る。保健室のベッドが俺を呼んでるのだ」
「…仕方ないなぁ」

ため息をついて長太郎は机にうつぶせたままの俺の背中に回って立たせてくれた。
おや、珍しく優しいではないですか。

「サンキュ」

さーて保健室…っと。
あれ?

「長太郎、動けないよ」

背後から抱きついたままの長太郎に顔だけ振り向いてそう言うと、長太郎はにっこりと笑った。
そして無言で俺のネクタイをするり、と外す。

「?」

何する気だろ?
とか思ってたら、長太郎の手が俺のブレザーに伸びた。
ボタンを留めていなかった俺のブレザーを肩からすべらせるように脱がせて、さらにシャツのボタンを一つ、二つと外していく。

「ちょーたろーくん?」
「何?」

長太郎は手を止めて俺を見た。
だからなんでそんなに笑顔なんだよ。

「なーにしてんのかな?」
「服、脱がせてる」
「いや、だから何で脱がせるんだって訊いてるんですけど?」

しかも無駄にいやらしく。

「着替える気がないみたいだから、着替えさせてあげてるんじゃないか」

あっさりと言ってのけたよこの野郎。

「着替える気がないんじゃなくて、体育する気がないんじゃボケ!!」

俺は寝るの!
ふかふかの羽毛の布団…じゃなくてもこの際いい。
保健室の清潔なベッドで心ゆくまで眠るのだ!
なおもボタンを外そうとする長太郎の手を払い制服を死守するけど、さすがは体育会系というか簡単に押さえ込まれてしまい、あっという間にボタンは全て外されてしまった。
やばい!! 剥かれる!!!

「ぎゃー!! はーなーせー!!」
「ほら、早く脱いで」
「お前が言うとやらしい!!」
「失礼な。友達想いの俺に向かって」
「ぎゃーっ!!! いやー!!! おムコに行けないー!!!!」
「大丈夫。俺がお嫁に貰ってあげるから」
「それならオッケー……って、そういう問題じゃなーい!!!」

どさくさに紛れてどこ触ってんだよ。
俺で遊ぶなー!!

「そろそろを離せよ、鳳」

おお、救いの手が!
でかしたクラスメイトその1。

「誰がその1だ。助けないぞ」
「ごめんなさいすみません俺が悪かったです。だから早くこのお馬鹿をはがしてください」
「傷つくなぁ」
「うるさいっ!」
「本当にいい加減止めないと、マジで遅刻するぞ」
「ちっ」

舌打ちしたよ、この男。
本当に長太郎は俺で遊ぶことを生き甲斐にしてるよな。
目の輝きが違うもんな。
つーか、本当に放せ!
ていっ、と腕を剥がすと今度はあっさりと外れた。

「はい、後は自分で着替えてね。今日の体育はテニスなんだから、サボるのは許さないよ」

それが目的か!

「サボったら?」
「寝込みを襲ってあげる」

笑顔で怖いこと言わんでください。
仕方ない、大人しく授業受けるか。



あーだるー。
笑顔の長太郎に脅されながら、結局授業に参加している俺。
なぜかというと、しっかりと見張られているからです。

「2人1組になって試合するぞ」

と先生が言うより前から、長太郎が俺の手を掴んで離さない。
その顔はすごく嬉しそうだ。
長太郎は全国区のテニス部で2年生ながら正レギュラーの座を掴んだ程の実力の持ち主だ。
テニスが上手いというのもあるけど、何よりもテニスが好きだ。
愛してるといっても過言ではない。
つーかむしろテニスが恋人? って感じだ。
たとえそれが初心者ばっかりの授業のテニスだとしても、毎日ラケットを握っているにも関わらず、嬉しくて仕方ないのだろう。
ただ、授業だとさすがに相手になるような奴はいない。
長太郎が手加減しないで試合できる相手は、テニス部レギュラー以外では俺だけだ。
そして、このクラスにテニス部レギュラーはいない。
そうなると残された選択肢は一つしかない。
そのために俺は保健室のベッドを諦めざるを得なかったんだな。
別に俺はレギュラー並みに上手いというわけではない。
動体視力がいいために、長太郎のスカッドサーブに反応できるだけだ。
あ、あと足も速いからボールを拾うこともできるな。
それだけじゃん。

と打つのは久しぶりだね」
「そうか?」
「そうだよ。テニス部に遊びに来ても、先輩たちと試合してばかりで俺とはやってくれないじゃないか」
「先週したじゃん」
「あれはダブルス。しかもパートナーだから対戦してないし」
「細かいことは気にしない」
「いや、細かくないから」

ちっ、うるさいな。
仕方ない。

「んじゃ、本気でお相手しましょう」

そう言うと、長太郎は嬉しそうに笑った。
単純だねぇ。可愛いじゃないか。

サーブは当然長太郎から。
あ、長太郎の顔が真剣になっている。
テニスで手加減できるほど器用な性格してないもんな。
いつだって真剣勝負。
そういうところが長太郎らしいっちゃらしいけど。

「一・球・入・魂!!」

勢いよく振り下ろされたボールを両手で打ち返す。
また球威が上がってる。片手じゃ返せないだろう。
サーブさえ返せば、後はラリーを続けていくだけ。
俺はテニス部員じゃないから必殺技なんてなくて、飛んでくるボールを返すのが精一杯。
それでも長太郎は楽しそうだ。余裕すら感じられる。
こっちは必死なんですけど。
その笑顔がムカつくよ。

「?」

スライス気味のボールを打ち返したとき、どこかから視線を感じた。
何だろう、これ?
クラスメイトの視線じゃないぞ?
見学してるとかそういう類のものでもない。
どっちかというと、値踏みされているって感じ?
どこから…?

! 危ない!!」

長太郎の声が聞こえて、顔を上げた。
気がついたら目の前にボールが迫ってきていた。
避ける間もなく、ボールは俺の左側頭部を直撃。

「!!!」

そのまま意識がブラックアウトした。