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Fairy tale 第1章 01


その夜、ひっそりと扉は開かれた。



ずるずるずる……。
がさがさがさ……。
ごそごそごそ……。

「……はぁ……」

……さっきから何やってるんですかねー俺。
目の前に陳列されたモノを前に、ため息しか出てこない。
俺の目の前にはとってもシンプルな茶色い段ボールが、いち、に、さん、し、ご、………25個ある。
うわあ……。
すでに15個は用途別に部屋に置いてきたから、段ボールの数は全部で40個。
片付けても片付けても減った気がしない。
ちなみに、これはこれから1人暮らしをする俺の荷物。
……ありえないよ。

「どうしろってんですか、これ……」



きっかけは1ヶ月前のある朝。

「ニューヨークに行くことにしたから」

あっさりと、まるで近所に買い物にいくかのようにとんでもないことをのたまったのは、主に海外で活躍するフォトグラファーの父親征司だった。
日本よりも海外のほうが知名度が高い父さんは、これまでも数ヶ月とか海外に行ったきりになるのは珍しくなかったんだけど、どうやら本格的に外国に腰を落ち着けることにしたらしい。

「ふーん。で、いつから?」
「来週。もちろんも一緒にね

ぐっ!!
俺は思わず飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになった。
何とか噴出すのだけは堪えたんだけど、無理やり喉に流し込んだために豆腐が器官に入って苦しいの何のって。

「げほげほっ!!」
「おやおや。なんてお約束なリアクションなんだ」

涙目でむせる俺を前に、父さんは出し巻き卵を食べながらのほほんと一言。
……このくそ親父!!
芸能人のように目立った容姿をした父さんは、派手な外見にふさわしい頭の中身をしていた。いや、頭はいいんだよ頭は。ただ、思考回路が普通の人と大幅に違ってるってだけで。
気持ちを落ち着けるためにコップの中の水を飲み干して、じろりと父さんを睨む。

「……父さん……」
「何だね息子よ」
「俺、行かないよ」
「ええっ!?」

カラーン、と箸を取り落として大げさに驚く父さん。

「どうして!? どうして行かないなんて言うんだい!? 父さんとはたった2人きりの家族じゃないか!? 家族と言うのは一緒に暮らすものなんだよ? しかもはまだ13歳じゃないか。1人じゃなんにも出来ないだろう? それに、こんなにこんなに、こんっなに可愛いと離れて暮らすなんて、父さんにはできないよ。母さんだってきっと墓の下で……」
「ストーップ!!!」

俺は片手を上げて父さんの言葉を制した。

「一緒に暮らすも何も、父さん昔から1年の半分も日本にいなかったじゃないか」
「ぐさっ!」
「別に2人っきりの家族じゃないじゃん。同じ都内にじーちゃんとばーちゃんも住んでるしさ」
「ぐさぐさっ!」
「それに、母さん死んでないし」

遠くにいるから滅多に会えないけど、死んでるわけじゃないから。

「Ouch!」

そう言って父さんは頭を抱えてうずくまった。
ふざけてるのなら無視もできようが、これが本気だから性質が悪い。
こんなのが新進気鋭のフォトグラファーだなんて、世の中間違ってる…

「学校だって楽しいし友達もいるしさ。第一、ニューヨークなんて治安悪そうで嫌だよ。俺行かないよ」

そう。日本を離れるなんて、とんでもない。

……」
「いかないったらいかない!」
「でも、この家もう売っちゃったんだけど?」
「……イマ、ナンテ、オッシャイマシタ……?」
「何で片言なの?」
「今何ていったっつってんだよ!? このくそ親父!!」
「だから、この家売っちゃったのですよ」

もう買い手ついちゃったし、来週中には荷物全部引き払わないとね。
語尾にハートマークがつきそうな軽い調子で、父さんが告げる。
うそだろ?
生まれてから13年。いいことも悪いこともいろいろ想い出の詰まったこの家を、何でよりによって俺に一言の相談もなしに売っ払うかなこの親父は。
父さんが物に執着しないのは知ってるし、思い立ったが吉日な性格もよく知ってるつもりだったけど。
でもっ、でも!!

「うわああん!! 父さんの馬鹿――――!!!!!」



結果的に俺は日本に残ることになった。
ていうか、3日間無視してたら向こうが折れた。
父さんは最後の最後まで不満そうだったけど、俺だってこの家を離れることは不満なんだからおあいこだ。
ということで急遽1人暮らしをすることに決定。
別に俺はじーちゃん家にお世話になってもよかったんだけど、学校に通うには遠いということで父さんが住む場所を探してくれることになった。
中学生の1人暮らしだし別にアパートでいいと言ったんだけど、その意見はあっさりと却下された。
何しろうちの父さんは過保護。というか親馬鹿?
普段会えないもんだから、こういうときに親らしいことをして点数を稼ごうと躍起になってるのが見え見えだ。
別にそんなことしなくてもいいんだけど、言ったところで言うことを聞く父さんじゃないし。
まあ学校から近ければいいやと思ってた。
思ってたんだけどっ!
用意してくれたマンションは、学校から徒歩10分という有難い距離にあった。
でもさ、これってマンションというより億ションって言うんではないでしょうか?
大理石でできた広いエントランス。もちろん鍵はオートロックで、トランクルームも完備している。
見るからに高級感を漂わせているそのマンションの1805室が、俺の新しい家ということらしい。
』と書かれた真新しいプレートが、いやってほど自己主張してる。

父さん、あんた本当に馬鹿じゃなかろうか?

中学生の住むマンションじゃないだろ、これ。
荷物はもう運ぶよう手配してあるからという言葉通り、確かに荷物は運ばれてあった。
大きな家具や電化製品はさすがに1人じゃ運べないし、業者さんが運んでくれたらしくしっかりと家の定位置に収まっている。
その中に見たこともない置き物があるようなのは、俺の気のせい?
さりげなくというよりも家の中のあちこちに飾られている父さんの作品は、まあよしとしよう。
それより、このランプは何ですか? エミール・ガレ? ありえねー。
父さんが骨董好きなのは知ってるけど(何しろ家で使ってた家具や食器はほとんどアンティークだから)、まーた買いやがったな。
だだっ広いマンションの間取りは3LDK。しかもリビングは20畳はあるだろう。
掃除が大変だこりゃ。
そしてリビングに続く和室にこれでもかと置かれているのが、問題の段ボール。
確かに面倒くさかったから荷物の梱包は業者さんにすべてやってもらいましたよ?
でも、俺の荷物以外は父さんが持っていくって思うじゃないですか当然。
段ボール40個って、何が入ってるんだよ!!

「えっと、これは本だから書斎に置いて…」

ずるずるずる……。
段ボール一杯に詰まった本なんぞ1人で持ち上げられるはずもなく。
段ボールを押しながら書斎へ動かす。
とりあえず各部屋ごとに荷物を分けないとね。
いつまでも和室に茶色い箱を陳列させとくわけにもいかないでしょ?
荷物で一番多いのは本と食器。
本は俺の趣味だしほとんどがハードカバーだから多いのはわかるんだけどさ、父さんが趣味で集めたバカラのグラスとかマイセンのティーセットとかが、なぜか当たり前のように俺の荷物に混ざってるのにはねー。
もう呆れて声も出ないっつーか。

「あーもー!! 疲れたー!!! もーやだー!!」

残すところあと5個というところで、俺の体力と気力がもう限界。
昼間っからかかりきりなんだから疲れるよ当然。
そういえば休憩すらしてないのに、今更ながらに気がついたよ。
ちょっくらティーブレイクでもしましょうかね。
段ボールの中からケトルを探してお湯を沸かす。
お湯が沸くまでに紅茶を発掘しないと。
えっと、どこだ……。俺のお気に入りのティージュのダージリンは。

「あれ? ない……?」

まさか父さんが持っていったなんてことは……あ、あった。
本当は荷物を片付けて、ゆっくり飲みたかったんだけど。
どうやら今日1日で終わらせようと思った俺が無茶だったらしい。
紅茶を淹れて、カップを持ったままベランダに出る。ついでに発掘したクッキーも持っていく。
やっぱ茶菓子もないとね。
さすが18階。眺めは抜群ですな。
空を見れば、綺麗な月が姿を現している。
降り注ぐ月光は、何故か気分を落ち着かせてくれる。
月が高いってことは、結構な時間なんだよな。
ちらりと時計を見ると、時刻は11時を回ろうとしていた。
そういや夕飯も食べてなかったよ。
すごい集中力だ俺。我ながら驚いた。
むきになると時間が経つの忘れちゃうんだよな。
ぽりぽりとクッキーを食べながら、のんびりとそんなことを考えていたら。
ふと……。
大事なことを忘れてるような気がした。
はて? 何だっけ?
………。
…………。
……………。

「あーっ!!! 数学の課題――!!!!」

課題のプリント2枚、手付かずですよ。
やっべー!!
早くやんないと。てかどこに入れたっけ??
この段ボールのどこかにあるのは間違いない。
プリントやーい!!
ごそごそごそ。
あーよかった。すぐ見つかるところにあって。
これで段ボールの一番下に入ってましたなんてことになったら、探すだけで朝になっちゃうよ。
早いとこ終わらせて寝ないとな。

あ、隣にあいさつに行くの忘れてた。
まいっか。明日で。