狂宴が終わった室内は重く澱んだ空気に満ちていた。
テツヤはベッドに沈んだままピクリとも動かない。
黄瀬はその姿を見るともなく眺めながら床に座りこんでいた。
己の激情の赴くままにテツヤを嬲った後に残ったのは、重苦しい罪悪感と激しい後悔だけだった。
思いつく限りの非道を行った。
怯え泣き喚く細い身体を縛り上げ、何度も何度もテツヤの体内を犯した。
テツヤの負担は大きかっただろう。
翌日はまともに動くことはできず、だが両親に無断で外泊したために無理やり帰宅したテツヤは、自宅に戻るなり極度の疲労と精神的ショックから3日3晩寝込んでしまったらしい。
そしてようやく起き上がれるようになったテツヤを、黄瀬は当然のように呼び出してその身体を抱いた。
幸いにも散々凌辱されたにも関わらずテツヤの秘孔は傷ついていなかったので、抱くこと自体に問題はなかった。
テツヤの心は完全に閉ざされていたが。
あの凌辱を受けても幸いなことにテツヤの精神は壊れなかった。
だが、決定的に壊れたものがある。
蜘蛛の糸程ではあったが少しずつ紡がれてきた絆がそれだ。
『躾』という名の凌辱を受けてから、テツヤは黄瀬に対して一切の抵抗を見せなくなった。
黄瀬が呼べばマンションまでやってくるし、命じれば服を脱ぐし足も開く。
それは以前と何ら変わりのない行動ではあったのだが、そこに以前は微かにでも重なっていた心はない。
どのような命令であっても痴態であっても無言で頷いて従うだけ。
勿論、口答えなんて論外だ。
「脱いで」
「はい」
「咥えて」
「はい」
「足開いて」
「はい」
全てがこの調子である。
抱かれている時も無感動な人形のようで、生理的な反応は示すけれどテツヤの腕が黄瀬の背に縋りついてくることもなければ、もっとと甘く強請るような視線すら向けられることはなくなってしまった。
黄瀬が満足するまで欲望を受け止めるだけの、ただの性欲処理の道具。
ただそれだけの存在に黄瀬が変えてしまったのだ。
仕置きの効果は抜群だったらしく、あれ以降テツヤが黄瀬の逆鱗に触れるようなことは一度もない。
部活が終われば真っ直ぐに黄瀬のマンションにやってくる。
大会が近いためにハードになる練習をこなしてふらふらの身体でやってきては、限界まで黄瀬に苛まれて意識を飛ばす。
休日のみならず平日でも構わず抱き潰す黄瀬に必然的に平日も外泊が増えるようになったのが、どうやら部活仲間の家に外泊すると言っているらしい。
平均的な一般家庭に育ってテツヤの外泊が増えたことに対して、決して両親は歓迎していないだろう。下手をすれば部活仲間に連絡をする可能性もあるかもしれない。そうなればテツヤが見知らぬ男の所へ定期的に足を運んでいることも露見するかもしれない。
そうは思うもののタイミングを掴めずにずるずると関係を続けてきたのだが、ますます感情を失いつつあるテツヤを見て、流石に引き際かもしれないと思うようになってきた。
身体の相性はこの上なく良い自信はある。
だが、心の距離は遠い。
一度手に入れかけた信頼を喪った虚しさは、どれだけ幼い身体を貪っても癒されるはずはなく、それどころか虚しさだけが広がっていく。
黒子テツヤは決して脆弱ではなかった。
見た目と反してその精神力の高さは黄瀬よりも遥かに強固なもので、その証拠にほとんどの人間が正気を失ってしまうような責め苦を味わわされたというのにテツヤの心は壊れなかった―――少なくともその精神はまだ壊れていない。
だが、だからと言って無傷であったわけでもない。
それが顕著に現れたのが、黄瀬への恐怖心だろう。
初対面で植え付けた恐怖が薄れるようにと可愛がり甘やかし、ようやく懐いてきたと思えたところで踏み躙ったのは間違いなく黄瀬自身だ。
「………なーにやってんだか」
幼い子供に対して無体を強いた後悔はない。
自分と同じ性を持つ小さな身体を貪ったことに対する自嘲もない。
そんなことに痛めるような繊細な心は、もうずっと昔に擦り減って摩耗してしまった。
だからこうして恐怖でテツヤを縛り付けることに成功したことを喜べば良いのだが、手段を選ばず手に入れた結果に残っているのは遣る瀬無い後味の悪さと、何とも言えない虚しさだけだった。
心も身体も手に入れるはずだった。―――手に入れられるはずだった。
失ってしまったのは偏に己の詰めの甘さが原因だ。
無抵抗な身体を押し倒し、反応の薄い身体を貪る。
一度心の通じた行為を行ってしまった後には虚しさしか残らない。
「………あーあ、勿体ない」
ハニーブロンドの髪をかきあげて、黄瀬は忌々しそうに呟いた。
目が覚めたテツヤは鈍い動作で床に落ちている自分の服を拾い着替え始めた。
食欲が落ちたと言っていた証拠のように、ここ数週間で痩せてしまったようだ。
元から貧弱と言っても良い体格だったのだが、それでもスポーツマンらしく多少の筋肉はあったテツヤの身体は、一目で見て分かる程に細くなっていた。
彼の食欲不振の理由がどこにあるかなど聞くまでもない。
床に落ちたシャツを拾い上げようと身を屈め、眩暈を起こしたのかふらりと身体が傾く。
ここ最近良く見せるようになった仕草だ。
睡眠不足か栄養不足か、おそらくどちらもだろう。
黄瀬は立ち上がると、再度ふらりとふらついた身体を細い腕を引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。
「―――?」
瞬時に強張る顔と微かに震える身体に、自分が刻んだ疵は相当深かったのだと今更ながら自覚した。
「な、ん、ですか……?」
機嫌を窺うような眼差しを無視してその顎を取り、薄く開いた唇にゆっくりと触れる。
官能を呼び起こすような貪るものではなく慰撫するような優しいキスは、もしかしたら出会ってから初めてかもしれない。
「――――もう、あんたいらないや」
それまで何の感情も浮かんでいなかった瞳が不思議そうに瞬くのを見て、あぁ、やはりこの顔は好みだなと思いながら言葉を続けた。努めて冷静に、冷酷に。
「あんた、いらない。従順な人形を抱いてても楽しくないし、正直飽きたわ。明日から来なくていいよ。借金完済、おめでとう」
「―――――――――わかりました」
怪訝そうな光が浮かんだのは一瞬。
すぐに何かを堪えるように俯いて、テツヤはそう呟いて部屋を出て行った。
バタンと扉が閉まる音が、静かな部屋に響いて消えた。
◇◆◇ ◇◆◇
突然籠から出された小鳥は、どこへ行けば良いのだろうか。
テツヤはそんなことを思いながら、長く苦しい悪夢から解放された自身の気持ちを計りかねていた。
出会いは最悪。その後の関係は更に酷いもので、何を思い出しても嬉しい記憶なんて欠片もなかった。
人権すら蹂躙されるような酷い関係は思い出すだけで全身が震える程の恐怖をテツヤに与えたというのに、それでも解放されたことを喜べない自分がいるのが不思議だった。
(何で………)
最後の最後であんなに優しいキスをしたのだろうか。
触れるだけの優しい口づけは、今までの逢瀬で一度もなかったものだ。
キスは何度もした。だがそれらは全てテツヤの吐息すら奪うような激しいものばかりで、情事の最中もしくは終わりにされるのがほとんどだった。
あんな――学生が初めて好きな相手に触れるような可愛らしいキスは初めてだ。
思わずそっと指で触れてみた。ここ最近の栄養状態が良くなかったためか唇は荒れてカサカサしていたが、黄瀬の唇は自分とは違い、相変わらず艶やかで柔らかかった。
その感触が甦ってきて思わず頬が染まった。
強姦魔との決別には相応しくない優しく甘いキスは、テツヤの心を乱した。
ここ数か月は、テツヤにとって苦痛と恐怖の日々だった。
ようやく解放されたのだから本当ならもっと喜んでも良いのだろうが、どうしても実感が湧かない。
たかが数か月と言えども15歳のテツヤにとっては長い期間だ。
それまでの常識を覆す出来事ばかりの日常に感覚が麻痺してしまったのだろうか。
――――寂しいと思ってしまうなんて。
思い返してみれば黄瀬に酷い仕打ちをされたことは多い。
初めての時もそうだったし、青峰と一緒にバスケをしていただけで言葉では言い表せない凌辱を受けた恐怖は未だ骨身に刻まれている。
だがそれ以外はと言えば、総じて甘やかされた記憶しかない。
幼い子供をあやすように甘やかされ可愛がられた。
いつの頃からかその腕の中が居心地良く感じられる程には、テツヤは黄瀬に慣れてしまった自覚がある。
勿論これが黄瀬の気紛れで起きていることは重々承知だったし、一日も早い解放を願っていたのは紛れもない事実なのだけれど。
いざ戒めを解かれて自由になったことを自覚しても素直に喜べないのは、認めたくないけれど絆されていたからなのだろう。
飽きたと言われたその言葉の意味を理解した瞬間、テツヤが感じたのは喜びよりも落胆だった。
まるで恋人に捨てられてしまったかのような気がしたのだ。
(嫌ですね)
自分は女性ではないし、黄瀬は恋人でもない。
恐喝されて無理やり身体の関係を続けさせられているだけの、ただの暇つぶしの獲物でしかなかったというのに。
「馬鹿みたいです」
ポツリ、とそう呟いた。
マンションを出た時間は夜の八時。
本当ならば自宅に帰らなければ家族が心配するのだが、どうしてかテツヤの足は自宅に続く駅に向かってくれなかった。
マンションのエントランスで佇むこと十分、意味もなく道を彷徨うこと十分。
そしてあてもなくふらふらと歩いた先に見えた公園へと足を踏み入れた。
ここには何度か来たことがある。
規模は小さいけれどストリートバスケが出来るためと、黄瀬が望むままに野外プレイに駆り出された時だ。
昼間は人通りが多いが夜になると人の姿は少なくなり、深夜になるとそういう目的のカップルしか集まらないということもあって、黄瀬は何度かテツヤをこの公園に連れてきたことがある。
黄瀬は決して倒錯的な趣味があるわけではないようだったが、テツヤが恥じらう姿を見るのが楽しかったらしく幾度となく外での行為を強要された。
最初こそ泣きながら抵抗していたテツヤだったが、黄瀬が本気で衆人環視の下にテツヤを晒すつもりがないことと、逆らっても無駄だということから甘んじて従ってきたが、こうして改めて公園内を確認してみれば黄瀬が選んだ場所はただの通行人には決して目の触れない場所だったことがわかる。わかったからと言ってどうということでもないのだが。
『こんな……、誰かに見られたら……』
『ん? 見せてあげればいいじゃん。黒子っちの厭らしくて恥ずかしい姿。覗きに来たおっさんたちも喜ぶんじゃない』
『やぁ……っ』
『あれ、ナカがきゅうって締め付けてきたね。想像しちゃったの? おっさんに見られながら俺にガンガン奥突かれてイっちゃうところ』
『ひっ、あぁっ』
『黒子っちって本当に淫乱だよねぇ。あぁ、ほら、向こうの茂みに誰かいるみたいだね。大きな声出したら見つかっちゃうかな』
『ひぅ……、くっ……』
『…………嘘だよ』
『…………?』
『黒子っちのこんな姿を他の男に見せるわけないっしょ。俺だけの愉しみなんだからさ。絶対誰にも見せないから安心していいよ』
それほど遠くない日に受けた仕打ちを思い出して、テツヤはその場にしゃがみ込んだ。
過去の自分が恥ずかしかったというのも当然だが、黄瀬の愛撫を思い出した身体がじわりと反応を示したためだ。
つい先ほどまで黄瀬に散々貪られたというのに、若い身体は回復が早いとでも言わんばかりに下腹部が熱を持って焦った。
しかも悪いことに行為が終わると同時に帰宅してきたテツヤは後処理をしていない。
未だ体内には黄瀬の残滓が残されたままで、歩くたびにそれがトロリと流れ落ちてきそうになっているのだ。
早く後処理をしなければ健康にも影響するのだが、反応してしまった身体で駅まで向かえるはずもなく、運の悪いことに近くに公衆トイレも見当たらない。
公園内のどこかにあるのだろうが、少なくとも視界に入る場所にはなさそうだ。
駅まで走って構内のトイレに駆け込むのが良いか、それとも自宅まで我慢するかの二択を迫られ、テツヤは焦りながらとりあえず気持ちを落ち着けるためにすぐ近くにあるベンチに腰を下ろした。
時刻は遅いがまだ補導される時間帯ではない。
このあたりは治安も良いからもう少しくらいならば大丈夫だろうと小さく息をついた。
そうして気持ちの整理もできず、更には身体的な問題でパニックになっていたテツヤは己の背後に見知らぬ男が近づいているのに気づかなかった。
テツヤが他人の気配に聡いとは言っても、それはあくまでも相手が素人である場合だ。
気配を消すことに長けた人物が相手では勝てるわけもない。
「よお、坊や」
「―――――っ?!」
後頭部にゴツ、と固い何かが当たる。
顔を覆っていた手を外す。
少し離れた外灯のせいで足元に影が落ちている。自分と―――もう一人の男の姿。
ゆっくりと振り向いて見ると、やはりというかテツヤが想像していた黒光りする銃が目の前に突き付けられていて息を呑んだ。
「黒子テツヤ、で合ってるよな。あぁ、本人だと確認済だから誤魔化そうと思うなよ」
「な、…んで……」
ベンチに座っているせいで見下ろしている男がにやりと哂う。
「何でって、そりゃあ決まってるだろう。涼太の『お気に入り』クン」
男の指が撃鉄にかかる。カチリ、と小さな音がして安全装置が外された。
「ちょっと、顔貸してもらおうと思ってね」
- 14.01.20