パサッという音がしてボールがゴールのネットを揺らした。
軽い音と共に床に落ちてきたボールで我に返ったテツヤは、今が練習試合の真っ最中であることを思い出し慌てて持ち場に戻る。
その顔が赤くなっているのは運動によるものではなく、己のディフェンスを抜き去る後ろ姿にある人物の面影を重ねてしまったことによる羞恥だ。
テツヤにとってバスケットが上手い選手というのは、問答無用で尊敬の念を抱く人物に分類される。
自身がバスケット選手として決して恵まれない体躯をしているからというのが主な理由だが、悲しいことに体格だけでなく才能にも恵まれていなかったテツヤは、ドリブルもシュートも人並み以下の実力しか持っていない。
その分パスは高校でも屈指の実力だが、子供の頃からNBAを見て育ったテツヤにとってバスケットの醍醐味は豪快なダンクにあると言っても良い。
自分自身にとっては絶対に不可能だからこそ華やかなシュートは常にテツヤにとって決して手の届かない憧れだった。
そのせいかテツヤはバスケットの上手い選手に無条件に懐くという特性がある。
チームメイトは勿論のこと、対戦校の選手でも素晴らしい選手ならば憧憬の念を隠すことなく態度に出すし、その感情は現役だけにとどまらず引退した選手にも当てはまる。
テツヤにとって彼らは総じて己の理想であり憧れであり、敬愛でもあった。
火神の身体が宙に舞い、ゴールにボールが叩きつけられる。
ガコンという音がしてボールが床に落ちる様を見て、テツヤの脳裏に先日見たばかりの光景が思い浮かんだ。
身軽な足さばきでテツヤのガードを翻弄し、軽やかに宙を舞う引き締まった身体。
ふわりと放り投げただけのボールは見事な曲線を描きゴールポストへ飛んでいき、ネットに触れることなく中心を抜けて地面に落ちるその正確なシュートに、テツヤの意識は一瞬で奪われた。
今まで見た誰よりも華やかで流麗なシュートだった。
一切の無駄がない動きはしなやかな獣のように美しく、圧倒的な実力差を前に嫉妬することも忘れた。
恵まれた体躯、卓越したバスケのセンス。優れた運動能力。
バスケの神様に選ばれた人がいるとするなら、それはおそらく彼のような存在なのだろう。
そう思ってしまうほど、彼のプレイは一挙手一投足に至るまでテツヤの理想そのものだった。
今までの経験ならば、すぐに懐いただろう。
その人物が黄瀬涼太でなければ。
週末の土曜日。
珍しく金曜の夜に抱き潰されなかったテツヤは黄瀬に連れられるままに車に乗せられた。
途中のショップで動きやすい服とシューズを調達してやってきたのはとある体育館。
普段なら全国規模の大会が行われる程の大きな体育館だが、その日は特に使用されていなかったようで黄瀬が一言二言話をしただけであっさりと半面コートが借りられた。
何が起こるかわからないまま後をついて行ったテツヤに放り投げられたのは見慣れたバスケットのボールで、それから数時間テツヤは黄瀬と1on1を行ったのだ。
テツヤは現役男子高校生で、しかもバスケ部員。片や黄瀬はテツヤより一回りも年の離れた20代後半の堅気とは言えない社会人で、運動するには不適切な喫煙家でもあった。
しかも彼が運動を好むようには思えなかったから何をするつもりなのだろうかと本気で訝しんだのだが、結果はテツヤの惨敗。それこそ話にならないレベルの差が2人にはあった。
確かにテツヤはバスケット経験者とはいえ、あくまでもパスに特化した特異な選手であり通常の運動能力は平均値に届くか届かないかというレベルだが、それでも未経験者よりは動けると自負していた。
テツヤの誤算は黄瀬の身体能力を見誤っていたことが大きい。
目の前で繰り広げられるプロ級の動きに普段感じていた恐怖心は一瞬で消し飛んだ。
何度も言うがテツヤにとってバスケットの上手な人物は、それだけで尊敬に値する人物なのだ。
言われるままにコートで対峙し、ブロックやディフェンスのコツを教わる。
コーチとしての才能もあるのか、黄瀬の教え方はとても分かりやすく、言われるままに放ったシュートがネットをくぐった時は満面の笑みで黄瀬に抱きついてしまったほどだ。
それから少しずつだが確実にテツヤの中で黄瀬に対する感情が変化している。
コートで向き合いボールを追いかける時の真剣な表情や、テツヤがシュートを成功させた時に見せる嬉しそうな笑顔が頭から離れないのだ。
素人以下のレイアップシュートが少しずつ成功率を上げていることを己のことのように喜んでくれる姿を見ると、胸の奥がぎゅうっと痛くなることも一度や二度ではない。
それが恐怖心からくるものでないのは明白で、その証拠のようにマンションに戻ってからも優しい黄瀬にテツヤの鼓動は速くなる一方だった。
部活の同僚や先輩に向けるものと似ているけれど、ほんの少しだけ違うその感情を何と呼ぶか、テツヤは知らない。
だが、その日から黄瀬に触れられることが怖くなくなったのは紛れもない事実だ。
それまで恐怖の対象でしかなかった相手が、一瞬にして尊敬の対象になったことにテツヤは動揺を隠せない。
何しろ相手は堅気ではない。
普段は紳士然としているが、必要とあらば命を奪うことすら躊躇わない非道な人間で、口止めと称して撮影した映像を利用してテツヤを凌辱している最低の男なのだ。
毎週のように彼に好き勝手されている立場からしてみれば恨みこそすれ絆されることなどあるはずがないというのに。
何よりも彼を認めることは、彼の非道すらも認めることとなってしまう。それは決して許されることではないのだ。
テツヤはごく一般的な家庭に育ち、一般的な教育を受けた子供だ。
特に倫理や道徳を教えてくれたのは祖母で、他人の迷惑になるような行為は決して許さなかった厳格な祖母の影響は大きく、そのためテツヤは人一倍正義感の強い少年である。
どのような理由があるにしろ、他人を殺めて良い理屈などない。
その価値観が黄瀬を認めることのできない最たる理由なのだが、一緒に時間を過ごし肌を重ねていくうちに絆されてきている自分がいるのは隠しようのない事実であり、だからこそテツヤは己の感情に気づかないふりをした。
黄瀬とテツヤの関係は恐喝者と被害者のそれだけで良い。
そこに余分な感情は必要なく、テツヤは黄瀬の気が済むまで身体を提供するだけの存在であればいいのだ。
黄瀬がどれだけ自分の理想のプレイをする人物であろうと彼とテツヤは生きる世界が違う以上、遠くない未来に終わるようなか細い関係にこだわる必要などない。
テツヤがいるべきはお日様の下。
決して裏社会の闇の中ではないのだから―――。
ブザービートのボールがネットを揺らすのをぼんやりと見やり、テツヤはコート中央へと歩き出した。
◇◆◇ ◇◆◇
ここ最近、黄瀬が優しくなったような気がする。
最初に交わされた契約のままに続いている関係は相変わらずだが、当初の傍若無人さが減ってきたとでも言えば良いのか、少しずつではあるがテツヤに対する黄瀬の対応が柔らかくなっているのをテツヤは感じていた。
例えば休日の午前中。
長年の体内時計すら狂わせる濃密な情事の影響で寝坊することの多いテツヤだったが、今までは無理やりにでも起こして更なる情交を続けようとしてきたりすることも少なくなかったが、今は無理やり起こそうとはせずに一緒に怠惰な寝坊に付き合ってくれるようになった。
そうして目が覚めたテツヤに甘いパンケーキを作ってくれたり、前夜の影響で身体に力の入らないテツヤを抱き上げて風呂に入れてくれたりリビングに運んでくれたりする。
「相変わらず体力ないっスね」と苦笑しながらもその仕草はとても優しく、まるでお姫様のように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのがどうしても不思議なのだが、全てにおいて拒絶することを許されていないテツヤは大人しく彼のされるがままになっている。
そんなテツヤに黄瀬は更に甘く、午後になりようやくテツヤが動けるようになれば屋内体育館やストリートコートなどで1on1に付き合ってくれることも少なくない。
黄瀬はバスケ経験者ではなかったけれどかなり運動神経が良く、簡単なルールを説明するだけで一通りこなしてしまえるらしい。
バスケットに関しても同様で、NBAの試合を一度見ただけでそっくり同じような動きが出来たのにはテツヤも驚いた。黄瀬にとっては簡単なことだというので、学生時代に彼が本気を出してスポーツに打ち込んでいたら今頃全国区になっていただろうと思えば少々勿体ない。
勿体ないと言えば黄瀬の外見もそうで、どこからどう見てもモデルか俳優にしか見えない。
芸能人顔負けの美貌とオーラを持っているのにどうして裏稼業なのだろうと本気で不思議なのだが、理由を聞いたら後戻りできなくなってしまうような気がするので本人に聞いたことはない。
そうして恐怖だけではない時間を一緒に過ごすうちに、テツヤはすっかり黄瀬という人物に対して警戒を失くしてしまった。
金によって身体を買われている関係だというのに恋人のように優しい黄瀬に、テツヤの思考回路が麻痺してしまったのかもしれない。
身体は早い段階で陥落されていた。今では黄瀬に触れられるだけで甘い疼きに支配される程に仕込まれてしまっているものだから、心が警戒を解いてしまった以上全てが陥落するのは時間の問題なのかもしれない。
今はテツヤが気づかないふりをしているが、その枷が外れてしまった時どうなるか、それはテツヤ自身にもわからなかった。
――――ぁ、ん………
甘い声が決して狭くない寝室の空気を震わせる。
淫靡な蜜と空気にまみれた寝室にはキングサイズのベッドが1つ。
最上級の絹のシーツの上で抜けるような白さの少年が股間を男に組み敷かれてあられもない声を上げている。
男は少年の白く細い足を肩の上に担ぎ上げ、少年の秘孔に己の怒張を突き刺して激しく抽挿を繰り返しており、男の怒張が少年の最奥を突くたびに少年は甘い嬌声で啼き続けた。
「あ、あっ、やぁ……ん、壊れちゃう……」
「大丈夫。何度も受け入れてるんだから」
「やぁ、大きく、しないでぇ」
「だって、黒子っち大きい方が好きでしょう?」
「好き、だけど………ダメぇ」
「何でダメなの? 黒子っち、こうして俺に尻を犯されるの大好きじゃん。奥深くまで美味しそうに呑み込んでさ、もっともっとってねだってるの黒子っちだよ。あぁ、それとも前立腺を弄られる方が良いのかな」
「ひゃっ、ああぁっ」
黄瀬が耳元でそう囁いた途端、テツヤの下腹部から白濁が放たれた。
既に幾度も放っていたためにそれはトロリとテツヤの腹を汚しただけに過ぎないが、すっかり黄瀬の与える快楽に反応するようになった身体に黄瀬が愉悦の笑みを浮かべた。
絶頂を迎えた内部は細かい収縮を繰り返すので挿れている方としてはたまらない。
思わず激しく動きたくなるけれど、そうしてしまうとテツヤの負担が大きくすぐに意識を飛ばしてしまうので控えるようにしている。
強すぎる快感よりも持続する快感でテツヤを縛り付けようという黄瀬の行為は、今のところこれ以上ない効果を上げている。
特に羞恥の強いテツヤは言葉で責められるのがたまらないらしく、本人は否定しているが卑猥な言葉を告げれば告げるほど内部の締め付けは強くなる。
今もこうして言葉だけで放ってしまうほどなのだから、本人の言葉がどれほどあてにならないか良くわかる。
実際テツヤの身体について一番詳しいのはテツヤ自身ではない。
無垢な身体を一から調教したのは黄瀬であり、そのため黄瀬はテツヤの身体のどこを触れれば感じるか目を閉じていても分かる。
快楽の何たるかを知らないまま黄瀬のマニアックなプレイによって開発されたテツヤは、おそらくこれから先まっとうな恋愛などできないだろう。
身体的な問題として女性を抱くことも孕ませることも可能だとは思うが、それでテツヤが満たされるかと言えば話は別だ。
身体の中から性感帯を抉られる快感は強烈だ。嵌ったら抜け出せないと言われる強い快楽を教え込まれたテツヤが女の身体で得られる快楽程度で満足できるとは思えず、更に言えば黄瀬以外の男でも満足できるとは思えない。
黄瀬が持てる限りのテクニックを駆使して蕩けさせた身体だ。
他の男で同じだけの快楽が得られると思われても困る。
射精の快感が収まったのを感じ、黄瀬はテツヤの体内でまだ硬度を保ったままの怒張をゆるゆると動かした。
疲労と満足感により微睡み始めていたテツヤが慌てたように顔を上げる。
「あとちょっとだけ。俺、まだイってないよ」
「や……っ、僕、もう……」
「黒子っちのナカ、すっごく気持ちいいから止まらない。もう少しだけ頑張って」
「ん……。頑張ります」
「良い子だね」
健気な反応を見せてくれたテツヤの唇に口づけて小さな舌を丹念に愛撫する。
時刻は2時を過ぎたばかり。
明日にはテツヤを自宅に戻さなければならないのだから、心行くまでテツヤを味わうつもりである。
どうせ日曜日は何の予定もないと言っていたのだから久しぶりに抱き潰しても構わないだろう。
「じゃあ、あと3時間、頑張ってね」
抗議の声を唇で封じて、黄瀬はゆっくりと腰を動かした。
- 14.01.15