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目撃者黒子が口止めと称してあれこれされる話3


練習終了のホイッスルが鳴り響くと同時に、テツヤは体育館の床に倒れ伏した。
誠凛高校バスケ部は新設校ながら強豪として有名だ。その分練習量は想像を絶するものがある。
小学生の頃からバスケをしていたテツヤにとって厳しい練習には慣れているものの、小柄で細身なテツヤは総じてスタミナが少なく、練習中にも何度か意識を飛ばすことは珍しくない。
それでもようやくここ最近は体力もついてきて何とか練習メニューをこなすこともできてきたのだが、大会を控えて練習量が増えたためついていくのが厳しくなった。
ゆっくりと時間をかけて何とかメニューを消化した頃にはテツヤの体力が限界寸前で、練習終了と同時に意識を失うことも少なくない。

今日も今日とて片づけが終わった体育館でテツヤは一人、ぐったりと横たわっていた。
全身の火照った熱を体育館の床が吸収してくれるようで気持ちが良い。
とてもじゃないがシャワーを浴びて着替えて下校なんてできない。そんな体力があったらそもそも起き上がっている。
シャワー室まで担いでいこうかと提案してくれる相棒に丁重に断りを入れると、もう少しだけと約束してタオルで顔を覆った。
慣れた様子で体育館の鍵をテツヤに預け下校していく姿を見送り、テツヤはまだ整っていない呼吸を整えるように大きく息をついた。
相棒の申し出はとても有難いが、テツヤにはそれを受けることができない理由があった。
テツヤの相棒は同学年だが身長190センチを超える筋肉質の男である。
バスケ部のエースというくらいだから当然なのだが、今のテツヤは男に触れられることが怖いのだ。
原因はわかっている。

十日前のあの悪夢。
非日常的な場面を目撃したあの日に己が受けた凌辱の数々がフラッシュバックしてくるのだ。
テツヤの両手を戒め、ベッドに縛り付け、恐ろしいほどの恐怖と絶望をテツヤに刻み付けたあの男が相棒と同じくらいの身長だったことが原因なのかもしれない。
彼の方が若干相棒より細身だったが、そんなことは関係ない。
大きな手のひらとか鍛えた胸板とか、細いのに引き締まった二の腕とか、少し前なら自分が欲しくてたまらなかった理想の体型が恐怖の対象として刻まれてしまい、相棒だけでなく部活の先輩までもが怖くて仕方なくなってしまったのだ。
テツヤの身長は167センチ。
同じ身長の部員はそれほど怖くないので、恐らく恐怖を抱く対象は180センチ以上。
半径1メートル以内に近づかれると足が震え、触れられると呼吸が乱れる。
抱き上げられるなんてもっての外だ。あの時の恐怖の再現である。
お陰でテツヤは三日間部活に参加できなかった。
相棒の姿を見ただけで過呼吸を起こし、ミニゲームで先輩にディフェンスされただけであの時の恐怖を思い出して気絶した。
部員たちはテツヤの体調が悪いのかと心配してくれたが、とてもじゃないが事情を説明できるはずもなく、拙い嘘で誤魔化すことしかできなかった。
何とか気絶することなく動けるようになるまでに一週間費やした。
試合になれば集中力が増すために背後の男に恐怖を感じることがなくなるが、それ以外は未だにぎこちなさが残る。
それでも何とか日常生活には支障がなくなるようになってきたのが、あの事件から十日経った今日だった。

ようやく今日、テツヤは己の相棒と拳を合わせることができたのだ。

それまではどうしても手が震えてしまい触れることができなかった。
申し訳なさに涙を浮かべたテツヤに相棒は苦笑しながらも気にするなと笑ってくれていたが、今日のミニゲームでダンクを決めた相棒にテツヤは震えながら、それでも懸命に拳を突き出したのだ。

こつん、と触れる懐かしい感触が指先から伝わってくる。
今まで何度となく行われたそれが何か大事な儀式のように思えてくるから不思議だ。
相棒の見開いた目と、それが笑みに変わっていく姿を見て、ようやく戻ってこれたのだと感じた。
非日常から日常へ。
悪夢から現実へ。
流石に抱きついたり運ばれたりはまだハードルが高かったけれど、この調子なら遠からず元の状態に戻ることができるだろう。
あれはたった一度だけの悪夢。
約束を守る限りテツヤが二度と関わることのない世界なのだから。

「よかったです……」

冷たい床と手元に残されたボールの感触。
ここがテツヤがいるべき世界なのだと、何度も己に言い聞かせた。





練習が終了してから三十分後。
ようやく起き上がれる程には体力が回復したテツヤはシャワーで汗を流して部室へと戻ってきた。
当然だが他の部員の姿はない。
一人きりの部室で帰り支度をしていると、携帯に一通のメールが届いていることに気が付いた。
普段より遅くなったから両親が心配しているのだろうかと一瞬だけ思ったが、父親は出張で母親は遠方にある実家の祖母の看病に出かけると言っていたためそれもないだろうと可能性を否定する。
では誰だろうかと思いながら何気なく画面を開けば、そこには見知らぬアドレス。
友人の誰かがアドレスを変更したのかと何の疑問も持たずに開いて、そのまま添付されているアドレスをクリックした。
普段ならばウイルスメールの可能性もあるから警戒しただろう。
だが極度の疲労から警戒心が薄れていたテツヤは、クリックしてからその危険性に気が付いた。
慌てて停止しようにも既に遅く、携帯の小さな画面にはある映像が表示された。





『あ、あっ、や……んっ』
『はは、ここ感じるんだ』
『っ………やあぁぁ!』
『あれ、イっちゃった? 若いなぁ』





「……………………………………っ?!」


テツヤの手から携帯が滑り落ちて硬質な音を立てた。
二つ折りの携帯の画面がこちらを向き、裸の少年が男に嬲られている映像が流れている。
誰か、なんて問う必要もない。
あの悪夢は毎夜のようにテツヤを苛んでいるのだ。忘れるわけがない。

時間にして僅か十数秒。
恐怖が甦るには十分過ぎる時間だ。

「なんで……」

あれは口止めの代償だったはず。
テツヤが口を噤んでいれば表に出来ないと、あの時彼は言ったではないか。
テツヤは何も話していない。
そもそもあの事件が表沙汰になった様子すらないというのに、どうしてこの映像がテツヤの下に送られてくるのだろうか。

ガタガタと震えながら、テツヤは映像を停止した携帯を見つめる。
住所も名前も学校名まで知られているのだ。今更携帯番号の一つや二つで驚くことはない。
驚いたのはテツヤの下に映像が送られてきたという事実に対してだ。

まるで呪縛がかかったかのように動けないテツヤの前で携帯がメールの着信を告げた。
早く見ろと言わんばかりに電子音を鳴らす携帯に怯えながら、テツヤはおそるおそる携帯を拾い画面を開いた。
アドレスは同じ。だが今度はアドレスではなくあるホテルの名前が明記されていた。


『○○ホテル 1508号室』


テツヤは己の足には未だ太い鎖が付けられているのだと、その時ようやく気が付いた。










   ◇◆◇   ◇◆◇










指定されたホテルは都内でも有名な高級ホテルだった。
そこに学生服の少年というのは不釣り合いだったが、生憎影が薄いので怪しまれることなく指定の部屋の前まで来ることができた。
いっそのこと無視して帰宅してしまおうかと思ったのだが、脅迫材料である映像を握られていることからそれは断念した。
逃げたところで自宅までしっかりばれているのだ。家に押しかけられたら終わるどころか、更に悪い事態に追い込まれる可能性の方が高いだろう。

部屋の前に立ち続けること10分。
このままではいけないと分かっているけれど、それでもどうしてもインターフォンを押すことができない。
脳裏に甦るのは、端整な顔に欲を浮かべてテツヤを幾度となく追い詰めた金髪の男性の姿。
優しい腕でテツヤを拘束し、いっそ死んだ方がマシだと思う程の羞恥と屈辱と恐怖を味わわせた、テツヤにとって二度と会いたくない人物だ。
だが、十中八九この中にいるのは黄瀬であるはずだ。
他の人物である可能性は考えたくない。
幾度か深呼吸をし、そうしてようやく決意を固めたテツヤが震える指でインターフォンを押す。
ややしてガチャ、と施錠を外す音が聞こえて扉が開いた。


「ようこそ、黒子くん。待ってたっスよ」


扉を開けたのは予想通り黄瀬涼太だった。
ネクタイを外しシャツの釦を2つ外したラフな姿で現れた黄瀬は、テツヤの腕を掴んで部屋の中に引き入れた。
たたらを踏むように動いた足は二歩目でもつれ、そのまま倒れそうになって黄瀬の胸に抱き留められた。

「あらら、大胆っスね」
「ごっ、ごめんなさい!」

簡単に抱き留められてテツヤは慌てて飛び退る。
だが腕は話してもらえずそのまま部屋の中へと案内された。
室内はセミスイートなのだろう。ホテルと言えばシングルかツインしか知らないテツヤにとってそこはあまりにも広かった。
まるでマンションのリビングダイニングのような室内に驚いたのも束の間、ホテルの巨大スクリーンに映し出されている映像にテツヤが凍りついた。
そこには携帯に送られてきたメールと同じ―――それ以上に鮮明な画像で男に犯されているテツヤの姿があったのだ。

「―――――――――――っ!」

背面座位で背後から貫かれたテツヤが男の劣情のままに揺さぶられている。
両足を大きく開かされ己の性器も結合部も丸見えの状態で、男の逞しい怒張がテツヤの後孔を何度も抜き差しを繰り返し、そのたびにテツヤの口からは悲鳴とも嬌声ともつかぬ声が漏れてテツヤの耳朶を打つ。
既に体内に何度か放たれたのだろう、結合部は白濁した泡が立ち厭らしい水音が時折聞こえてくる。
涙に濡れ抵抗する気力もなく男に揺さぶられている姿はまるで壊れた人形のようで、画面のテツヤとは逆に強制的に己の痴態を見せつけられたテツヤは顔面蒼白だ。

「な………っ」
「綺麗に撮れてると思わないっスか? 特にこのアングル、俺のお気に入りなんスよね」

ホームシアターの巨大スクリーンに映された姿は、等身大のテツヤとそれほど変わらない。
最新の映像機器を用いて撮影されたのだろう画質はそれこそ毛穴までくっきりと分かるほどで、まるでテツヤ本人がテツヤの目の前で犯されているかのような錯覚すら与える。

「ねぇ、黒子くん」
「……」
「この映像ね、市場に流したら五百万は稼げるらしいっスよ」
「ご、ひゃく……」
「そ。最近BLって言うの? あれ、流行ってるじゃない? 通常のゲイビデオなんて需要はガチの人しかなかったらしいんだけど、中性的な少年が犯されてるのって意外と若い女性にも人気あるらしいっスよ。勿論未成年だから裏で捌くんだけど、君なら売れっ子になれるかもね」
「―――――っ?!」

ガタガタと震え出した姿に流石に若干の憐憫の情は浮かぶが、薄い膜の張った空色の瞳が何とも言えず扇情的でもっともっと泣かせたくなる。
脅してその身を己のものにするのは簡単だが、あまりに絶望が深いと命を絶ってしまうかもしれない。それはよろしくない。
どうせなら思う存分味わい尽くしたいではないか。

「だけどね」

だから黄瀬は言葉を続ける。
彼に一筋の光明を見せつけるかのように。

「君がどうしても嫌だって言うんなら、このDVDはマスターごと君に上げてもいいっスよ」

テツヤの瞳が黄瀬を捕らえる。
大きくて丸い瞳。無垢な瞳に浮かぶ傷ついた色は間違いなく黄瀬が刻んだ疵だ。

「本当、ですか……?」
「うん。まぁ流石に無料でってわけにはいかないっスけどね。千、は可哀相だから元値でいいや。五百万でこれ、君に売るっスよ」

期待に満ちた瞳が一瞬で落胆に染まる。表情筋はあまり活躍していないが、瞳に宿る色は正直だ。
子供を相手にするのは苦手だったはずなのに、テツヤを前にするともっと構って色々な表情を惹き出してみたくなる。とりあえず今のところは快楽に染まる姿を堪能したいものだが。

「どう? 悪い話じゃないと思うけど」
「でも、僕そんなお金………」
「じゃあ、売り捌く?」
「やです!」

ふるふると大きく首を振る。溜まった涙が頬に流れて落ちる姿がいじらしい。
仕方ないなぁ、と黄瀬は苦笑する。
浮かぶ笑みは慈愛に満ちたものだが、内面では悪魔が手ぐすね引いていることを、多分テツヤは知らないだろう。

「じゃあ、俺が買ってあげるっスよ」
「……………何、を……」
「甘くって美味しくって、極上の商品。『黒子テツヤ』を。五百万で」
「…………………………」

衝撃のあまり動けないテツヤの背後から、長い腕が拘束する。
背後から回された手がテツヤの頬をゆっくりと撫でる。慰撫するような動きにテツヤの全身が恐怖を思い出して泡立った。
ペロリ、と項を舐められる。甘噛みされて身体が震える。

「五百万で俺が黒子くんを買う。その金で黒子くんはこのデータを買う。良いアイディアだと思わないっスか」
「や、だって……」
「一応期間を決めようか。期限は俺が飽きるまで。今までの経験だと一〜二ヶ月かな。長くても三ヶ月。その期間まで黒子くんは俺の所有物ってことで。短期間で五百万稼ぐって高校生には良いアルバイトだと思うっスけど、どう?」

つまりは身売りということだ。
黄瀬はこんなデータなど欲しいわけではない。
確かにテツヤの艶姿をありのまま映し出したこの映像は美味しいと言えば美味しいけれど、海老で鯛を釣る方が黄瀬には愉しい。
触ることのできない映像より、目の前の黒子テツヤ本体を手に入れる方が黄瀬にとっては有意義だ。



「俺の言ってること、わかるよね」



腕の中に閉じ込めた子ウサギが、長い沈黙の後、小さく頷いた。


  • 14.01.13