最近ちょっとだけ困っている。
本気で困るというわけではないけれど、それでも気にしないでいるにはちょっとばかし目障りというか耳障りというか。
ぶっちゃけ周囲の雑音が煩いのである。
「キセリョの息子だからって偉そうにすんなよ」
「血の繋がりがないのに息子だってさ」
「芸能人の息子だから特別だと思ってるんじゃねえよ」
うん、もう、あれである。
思いっきり妬みや嫉みの中傷だ。
入学当初は大人しかったのだが、月日が経つにつれて学校に慣れてきた生徒達が徒党を組み始めた頃から、この手の陰口が少しずつ聞こえ始めてきた。
発言者が誰かと言われれば、首謀者らしき人物が複数いて良くわからないのだが、とりあえず今のところは小声での中傷レベルなので問題にはしていない。
実はこのようなことは過去にも何度か経験したことがある。
一番最初は幼稚園だ。
幼い子供は善意も悪意もとにかく何でも言葉にする。
特にテツヤは両親が亡くなって苗字が『火神』から『黄瀬』に変わったりしたものだから、余計にからかわれることは多かった。
そしてそんな子供達の中傷とは裏腹に、保護者達はこぞってテツヤを構うようになった。
「何かあったらおばさんを頼ってね」
とか、
「いざという時のためにおばさんにテッちゃんのお家の電話番号を教えてちょうだい」
とか、
「ご飯とか大変でしょう? おばさん料理上手だから作りに行ってあげるわよ」
とか、もうキセリョ目当てですねと言わんばかりの下心丸見えの提案とかもあり、大人たちに囲まれているテツヤに園児の攻撃は本気で容赦なかったのを覚えている。
そしてそんな保護者と園児をまとめて対処してくれたのは、いつでも安心安定テツヤクラスタの赤司であることは言うまでもないだろう。
お父さん頑張っちゃうっスよと張り切っていた黄瀬は、「お前が来ると悪化するから来るな」と保護者赤司に言われて自宅のリビングで「の」の字を書いていたのは忘れられない。
次に起きたのは小学生の時。
こちらも芸能人の義父がいるということで、テツヤのコネで自分の好きな芸能人に会わせてもらおうと勝手に企んでいた同級生が、自分の思うようにならなかったテツヤに対して多大なる八つ当たりを喰らわせてくれたのだ。
曰く、「黄瀬テツヤは親が芸能人であることを自慢して、自分達を馬鹿にしている」と。
まったくもって誤解もいいところだったのだが、悲しいことにこれに加担する同級生が数人いた。
お陰でテツヤは数週間ほど些細な嫌がらせに頭を悩ませる羽目になった。
ちなみにこちらも過保護な保護者である赤司が出動したお陰で事態は急速に沈静化を見せた。
数日後に転校していった彼らは今頃元気でやっているだろうか。
丁度海外ロケ真っ最中だった黄瀬は、「テツヤっちの一大事だというのに、俺の馬鹿馬鹿馬鹿っ」と我が身の不甲斐なさにホテルの枕を涙で濡らしたらしい。
とりあえず帰国後の土産がやたら豪華だったことを良く覚えている。
そんなこんなでテツヤは嫌がらせ自体には特に困っていない。
困るのはこの事態がいつ彼らの耳に入るかということであり、そうなった時の大惨事が余裕で脳内再生可能であるため、1日も早く終結してくれることを切に願うばかりである。
何しろ暴走した赤司は誰にも止められない。
ついでにいえば黄瀬も止められない。
更に言えばキセキも止まらない。
付け加えて言うならば、普段は大人しいけれど、実はテツヤのことを目の中に入れても痛くないという程には溺愛してくれている亡き両親の部活仲間及び先輩も、限度を過ぎると制止不可能だったりする。
つまり、彼らの1人にでもこの事態が知られてしまうと、前途有望かもしれない若者の未来が狂うことになってしまうのだ。
まぁ、その前途有望かもしれない若者の未来が閉ざされたとしても、それはもう完全に自業自得なので誰も同情してくれないのだが。
だが赤司の登場は当事者だけでなく教師を含めた全校生徒の心臓に悪かったりするのでなるべくなら穏便に済ませてもらいたいと、テツヤはこっそりと空に向かってお祈りしてみた。
そしてそんなテツヤの願いは、やっぱり神様には聞き届けられなかったのである。
◇◆◇ ◇◆◇
入学早々、良くも悪くも人目を引いてしまったテツヤは、クラスの中でも特殊な存在としてクラスメイトに認識されてしまったらしい。
元々愛想が良いとも言えない無表情に加えて、「有名人の息子」という立場から気安く話し掛け辛いと思われたのだろう。
休み時間になると読書をしているテツヤのスタイルも話し掛け難い原因だろうが、入学して数か月、気が付いたらテツヤが会話を交わす相手は隣の席の男子生徒だけになっていた。
勿論必要最低限の挨拶ぐらいはするが、親しく会話を交わすほどの仲ではない。
そんなわけで必然的に親しくなるのは隣席の男子生徒だけで、彼とは弁当を分け合ったのが切欠ということもあり、仲良く机を並べて昼食を食べる程には良い関係を築いている。
中々に世話好きな彼は何事にも大雑把なテツヤには良い友人である。
何よりもテツヤのプライベートに関心がないのが有難い。
数回話した程度で友人を自称し、キセリョに逢わせろとかサインをくれとか頼んでくる人は意外に多いのだ。
「黄瀬涼太の息子」という立場に一切の不満はないが、だからこそ父に迷惑をかけるような友人は好ましくないし、むしろいないほうが良い。
その点、隣席の彼は必要以上にプライバシーを聞くこともなければ干渉することもない、とっても付き合いやすいお友達なのだ。
「ほら、黄瀬。もう少し食べないといつまで経ってもちっこいままだぞ」
………余分な一言がなければ、である。
クラスでもそこそこ見目の良い男子生徒2人が仲良く机を並べてお互いの弁当をつつき合っている姿は、密かに女子生徒に人気がある。
今日もまたテツヤの弁当箱から金平牛蒡をお裾分けしてもらっている姿をこっそりと盗み見していた女子生徒が、2人に近づいてくる数人の男子生徒を発見した。
制服の着崩し方から見て上級生――――おそらく2年生ではないかと推察する。
あまり柄の良くない3人組は無遠慮に1年生のクラスにやってくるなり、一目散に目当ての人物に向かって行った。
そして俵型のおにぎりを頬張っていたテツヤの肩を掴んだ。
「キセリョの息子って、お前?」
「はぁ」
いきなりやってきて何を言うんだと思いつつ、それでも一応相手は先輩らしいしということでテツヤは頷いた。
彼らはテツヤの返事を聞くとにやにやと笑いだした。
まったくもって嫌な笑い方だと、図らずもクラス全員が同じ感想を抱いたが、彼らは気づかなかったらしい。
「俺たちさ、君とオトモダチになってあげようと思って」
「そうそう、ゲーノージンの子供って友達少ないだろうから、わざわざ声を掛けてやってんだぜ」
物凄くテンプレな悪者の台詞を吐く彼らが善意で言っているわけでないのは確実である。
むしろこんな的外れで強引な善意はいらない。
クラス中がドン引きした事実に気付かない彼らの脳内はどうなっているのだろうとクラスメイト達が疑問に思うのは当然だろう。
「そうか、これがDQNってやつなのね」納得したようにと両手をポンと叩いてうんうんと頷いているのは机3つ程離れた席に座っている女子生徒。
間違っていないが相手に聞こえていたなら多分ただでは済まないだろう。
そして、「なるほどこれがゆとりの弊害ってやつか」とポツリと呟いたのはクラス委員長でもある男子生徒。
自分もそのゆとりの世代だという事実は綺麗に棚上げである。
同じ学生だと認識していないのかもしれない。
他にも「今時こんな人たちいるんだぁ」と絶滅危惧種を見るような眼差しを向けている女子生徒やら、「美形2人の邪魔をする奴は悪だ」とメモ帳片手に怒りの形相を浮かべている女子生徒、更には「誠凛ってそこそこ偏差値高い進学校だと思ったのに、こんな頭悪そうな奴がいるんだ」と純粋に驚いていたりする男子生徒など、実に様々な反応が起こっている。
ちなみにテツヤはどこまで行ってもテツヤだった。
半ば以上食べ進んだ弁当箱に蓋をしようとして何かを思いつき、それをごっそり目の前の男子生徒に押し付けると椅子から立ち上がった。
「ありがとうございます。丁重にお断りさせていただきます」
礼儀正しく一礼して辞退の言葉を丁寧に述べると、テツヤは椅子に座り直してペットボトルのお茶で喉を潤した。
その際に戻された弁当箱を片手で拒絶するのは忘れない。
「お前、こんくらい食えよ」
「もうお腹いっぱいです。宮地くんにあげます」
「マジ? ラッキー………って、こんなちっさい弁当箱すら完食できないのかよ」
「お腹いっぱいです。宮地くんにあげます」
「あーっ、しかもお前野菜しか食ってねーじゃねえか! 肉食え、肉。食わないのに何で弁当に詰めてくるんだよ。作ってるのお前だろ!」
「食べられると思ったんです。でも無理でした。宮地くんにあげます」
「おーまーえーはー」
「痛っ。暴力反対です」
「やかましい」
食え、嫌だの繰り返しで、箸を片手に迫ってくる男子生徒――宮地を最小限の動きで避けつつ食後の読書を始めるテツヤ。
いつも通りの2人の世界である。
途端に目を輝かせる女子生徒と、あいつら本当に仲良いよなぁとちょっとだけ羨ましそうな男子生徒もいつものことである。
上級生の存在は脳内からすっぱり切り捨てられたらしい。
教室にはいつも通りの平穏が戻ってきたが、平穏でいられないのはあっさり拒絶された挙句存在すら無視された上級生である。
「テメェ……人が下手に出ていれば調子に乗りやがって…っ」
え、いつ?
またもやクラスメイトの心が1つになる。
意外と良いチームワークかもしれない。
上級生の足がテツヤの机を蹴るが、蹴り所が悪かったのか机はピクリとも動かず、更に小指をぶつけたのか痛そうに顔を歪める上級生が何となく哀れだった。
「人の親切を無下にしやがって…何様のつもりだ!」
「何様って、ごく平凡な高校1年生のつもりですが」
「そうだそうだ。普通の高校生活を送ってるだけの一般人だ」
「っざけるな!! キセリョの息子ならつるんでれば利用できるかと思ったのによ!」
「何たる傍迷惑な思想。おとといきやがれです」
テツヤの言葉にうんうんと頷くクラスメイト達。
本当に仲が良い。
だが、いくらつれなくすげなく断れようと、自分の意見が正しいのだと信じて疑っていない上級生にはテツヤの拒絶など関係なかった。本気で困った人たちである。
「あー、傷ついた。俺ら、すっげー傷ついた」
「これはもうイシャリョウ貰うしかねえよな」
「セイイってやつ見せてもらわねえとな」
何かもう道ですれ違ったチンピラですら言わないような使い古された台詞を言われてしまった。
一体彼らは何を題材に日本語を学んだのだろうかと思ったテツヤは悪くない。
ちなみにテツヤの友人宮地くんも思い切り呆れた表情である。
弁当を食べる口と手が止まっていないあたり歪みない。
ぎゃんぎゃんわめく上級生は邪魔ではあるけれど恐怖を抱く対象ではない。
というか何をやっても決まらない上級生のどこか抜けた様子は、クラスメイトたちにとっても半ば呆れの対象だ。
とっとと帰ってくれないかなぁというのが彼らの正直な感想である。
尤も暴力に訴えてこられたら流石に自分達が逃げるしかないが。
「とりあえず、先輩方。そろそろ帰っていただけませんか。邪魔なので」
クラスメイトたちの心の声を綺麗に代弁してくれたのは、勿論テツヤである。
黄瀬くん素敵という声がどこかから聞こえるが、女子生徒とは対照的に顔色を変えたのが男子生徒である。
というのもテツヤの発言は相手に喧嘩を売っているようにしか思えなかったからだ。
勿論テツヤに喧嘩を売るつもりはこれっぽっちもない。
何しろ自他共に認める非力である。
テツヤより縦も横も大きい上級生を相手に腕力で勝負なんて無謀も良いところだ。
大の大人を沈めるイグナイトという強力武器を持つテツヤだが、それを繰り出したところで待っているのは更なる厄介事でしかない。
とりあえず穏便にご帰還いただこうと思った結果の発言があれである。
保護者の育て方はどこか間違っていたかもしれない。
「……っだと……!!」
案の定、男子生徒たちの思惑のまま上級生は握りしめた拳をテツヤへと振り下ろした。
だがテツヤは非力だが運動神経が鈍いわけではない。
ついでに言えば反射神経と動体視力はなかなかのものだ。
何しろ運動能力に関しては化け物みたいな大人たちに囲まれて育ったのだ。
幼いテツヤが可愛くて仕方ない保護者がこれでもかと己の必殺技を教え込んだため、テツヤの潜在能力はかなり高い。
つまり、こういうことも可能である。
振りかぶった拳を紙一重で避けてその肩へと手を添える。
相手の力を利用してある部分をひょいと押すだけで、あらまぁびっくり。
テツヤより10センチ程身長で上回っていた男は、あっさりと教室の床に転がった。
「頭が高いですよ」
赤司直伝のアンクルブレイクである。
体格的に恵まれないテツヤが危ない目に遭わないようにと教えてくれたのだが、思わぬところで役に立ちましたとテツヤは笑みを浮かべる。
ちなみにこの技、テツヤ以外に義父である黄瀬も使用可能である。
結構役に立つ技だが、初めてこの技を披露した時は赤司と黄瀬には褒められたが、青峰は硬直して桃井は泣いた。
「テツくんが赤司くん色に染められちゃったあぁぁぁぁぁぁ」
と大泣きされたためそれからずっと封印していたので、実に5年ぶりである。
何が起きたかわからない上級生たちは懲りずにテツヤに殴りかかろうとするが、それも最低限の動きで躱して同じくテツヤによって床に転がされた。
慣れると楽しいアンクルブレイク。勿論使う相手は選びます。
結局上級生はテツヤに一撃を加えることもできずに、昼休み終了の予鈴と共に教室から姿を消した。
ようやく静かになりましたと読書を再開するテツヤと、食べ終わった弁当箱を返しながら明日のリクエストを伝える友人宮地。
そして「黄瀬くん……いいえ、テツヤ様、素敵……」と頬を赤らめる女子生徒に黄瀬ってもやしじゃなかったんだなと感心する男子生徒。
このクラスは案外大物揃いなのかもしれない。
◇◆◇ ◇◆◇
〜おまけ〜
「テツヤっちただいま〜」
「お帰りなさい、父さん」
「今日は学校で何かあったっスか」
「別に、いつもと同じで何もありませんでしたよ」
「それは良かったっス。あ、そうだ、今日のお弁当、すっごく美味しかったっス。特に青紫蘇が挟まった豚肉のフライが最高」
「気に入ってもらえてよかったです」
「今日の夕飯は何かな?」
「お昼がお肉だったので夜は魚です。鯖の味噌煮と大根サラダ、里芋と烏賊の煮物にほうれん草の御浸しです。栄養バランスは完璧です」
「デザートはテツヤっちを食べていいよね」
「…………………ばか///」
そんな感じで黄瀬家は今日も平和である。
- 13.11.23