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黄瀬パパとテツヤくん10


旅行から帰宅して数日後、テツヤはいつものように赤司から夕食の誘いを受けた。
一昨日から黄瀬が撮影で留守にしていることを聞きつけたのだろう。
赤司は黄瀬の不在が続く時には必ずと言って良いほどテツヤを誘ってくる。
まるで事務所から黄瀬のスケジュールを教えてもらっているのではないかというピンポイントぶりだから、もしかしたら黄瀬から連絡が入っているのかもしれない。
人気棋士兼会社社長という二足のわらじを履いている赤司とて決して暇ではないはずなのだが、ここ最近は最低でも週に1度は会っているような気がする。
勿論赤司に会うこと自体はテツヤにとっても嬉しいことだ。
赤司を始めとしたキセキは、黄瀬とはまた違う意味だけれどテツヤにとって大好きで大切な人たちなのだから。
その中でも赤司は黄瀬に次いでテツヤが親しくしている人物で、黄瀬がベタベタに甘やかすだけなのに対して赤司は時に厳しく、時に優しくテツヤを指導してくれる、もう1人の父親のような人だ。
テツヤも黄瀬の次に彼に懐いていると言っても良い。
だからテツヤは黄瀬に言えないような悩みでも赤司にだけは躊躇わずに打ち明けることができるのだ。
そのためテツヤは赤司に会うなりこう告げた。


「一線を越えました」


と。

あの夜初めて気づいた黄瀬の気持ちと、自分の感情。
だけど思い返してみれば、赤司は随分前から気づいているような気配があった。
己の感情を理解していなかったテツヤの気持ちを優先させたのかもしれないし、単純に黙っていた方が面白そうだったからという理由だったのかもしれない。
ただ、赤司はいつでもテツヤのことを考えてくれている。
だからテツヤは正直に報告したのだ。
赤司から何を言われるか、その反応を少しだけ恐れながら。

だが、赤司はそんなテツヤを見て軽く笑った。

「おめでとう、よかったね」

本当に嬉しそうにそう告げられたテツヤはぱちくりと目を見開いた。
てっきり何か揶揄されるのかと思っていたのに、全身全霊の祝福を受けるとは思ってもいなかった。
不思議そうに瞬きを繰り返すテツヤを余所に赤司は、

「僕の予定より少し早かったな」

とか、

「てっきりテツヤが16歳になるまで待っていたのかと思っていたよ」

とか、

「涼太がヘタレじゃなくて安心した」

などと言いながら再度おめでとうと告げて対面に座っているテツヤの頭を優しく撫でた。
その慈愛に満ちた表情は息子の初恋成就を祝う母親のようにも見えたが、忘れてはいけないことが1つある。
テツヤが結ばれたのは義理とは言え父親で、テツヤと同じ性別を持つ男性だということだ。
しかも芸能人。
最近は更に人気も増してきて、外を歩けば女性ファンに囲まれること間違いなしという人気俳優でもある。
スキャンダルらしいスキャンダルもなかった黄瀬の恋愛問題となれば飛びつくマスコミは大勢いるし、その相手が義理の息子だなんてとんでもない醜聞なのだ。

だというのに満面の笑顔での祝辞に呆気にとられるのは当然だろう。
別に反対されたいわけでも非難されたいわけでもないが、まさかこんな反応が来るとは思って――――否、思っていた。実は。ほんの少しだけ。

だって相手は赤司である。
これでもかというほどテツヤを溺愛していて、黄瀬が名乗り出なければ赤司が間違いなくテツヤの義父となっていたと言っても過言ではないほどテツヤのことが大好きで、テツヤが少しでも困った立場に立たされていれば権力行使も辞さないと言えるほど、持てる限りの知恵と権力をテツヤのために使ってくれる赤司征十郎である。
テツヤが自分で決めた結果に対して黄瀬がフルボッコにされる可能性はあっても、テツヤが詰られる可能性など皆無だろう。
更に赤司はテツヤを溺愛していると同時にキセキと呼ばれた友人達をも溺愛している。
その1人である黄瀬とテツヤが晴れて両想いになったことを喜ぶことはあっても嘆くことはないということにテツヤは気が付いていなかった。
冷静なように見えてテツヤも結構いっぱいいっぱいだったのだ。
どれほど利発でも大人びていようとも、テツヤはまだ15歳の子供なのだ。

「…反対しないのですか?」
「何故だい?」

恐る恐る聞いてみれば、逆にきょとんとした表情で聞き返された。

「だって親子だし…」
「義理の、だろう。血の繋がりがあるわけじゃない」
「年の差があるし」
「たかだか20歳ほどの差だ。新成人と生まれたばかりの子供じゃあるまいし、何を気にする必要があるんだい」
「男同士だし」
「それは人を愛しいと思う気持ちを捨てなくてはいけない理由になるのかい?」
「ならないですね」

厳密に言えば倫理的や道徳的な問題は生じるだろう。
だけどこうなったことを後悔しているわけではないのだから、誰に何を言われたところで新しく始まった関係を止めるつもりなどない。特に黄瀬の方が。

「とりあえず、そんなわけで赤司さんには報告しておいた方が良いかなと思いました」
「そうだね。僕の可愛いテツヤと涼太がようやく想いを通じ合えたんだ。後で御赤飯でも贈らせてもらおう。確か京都で贔屓にしている料亭が美味しい赤飯を作ってくれる――」
「それだけはやめてください。どんな罰ゲームですか」

女の子の初花じゃあるまいしとテツヤが呟けば、初花なんて古風な呼び方知ってたんだねと見当違いの感心をされてしまった。
赤司が勧めてくれた本に書いてあったとでも言えば良かっただろうか、否、言ったところで何がどう変わるわけでもない。
テツヤは若干痛むこめかみを押さえた。
目の前に広がるのは美味しそうな懐石料理の数々。
量より質を重んじる赤司の教育か、それとも単純に本人の胃袋事情か、テツヤはコース料理よりも懐石料理の方を好む。
肉より魚、魚より野菜が好きなので、精進料理に近い懐石料理は正にテツヤの胃袋に優しいメニューなのだ。
気を取り直してテツヤは食事を再開した。
天然水を使用して作られた豆腐は赤司が薦める通り濃厚でとても美味しい。

そういえばとテツヤはふと先程の赤司の言葉を思い返した。
テツヤの気のせいでなければ、赤司は先程「ようやく」と言ってはいなかったか。
テツヤが自分の気持ちを自覚したのはあの瞬間である。
至近距離から自分を見つめてくる熱の籠った瞳に映る自分の顔を見て、テツヤは自分が義父である
黄瀬を1人の男性として好意を抱いていることに気が付いた。
そして黄瀬が明確な意図を持って自分に触れてくることを嬉しいと感じた時に、己が抱いていたのが家族愛ではなかったことを自覚したのだ。
だが、赤司の言葉が間違っていなければ、赤司はテツヤが自覚する以前からテツヤの気持ちに気付いていたようにしか思えない。
そう思い問いかけてみれば、返ってきたのは相変わらずの素晴らしい笑顔。

「どちらが先に気付くか楽しみだったんだけど、同じタイミングだとは思わなかったな。本当に、お前たち2人は良く似ている」

テツヤの疑問をあっさり肯定した挙句、黄瀬も無自覚にテツヤに恋情を抱いていたことを暴露されてテツヤは絶句した。
黄瀬の態度が変わったことなど一度もなかったのに。

「赤司さんは、一体いつから僕の気持ちに気付いてたんですか?」
「そんなの、幼い頃から見ていればわかるだろう」
「ずるいです。僕は全然気づかなかったのに」

ぷくっと頬を膨らませたテツヤを見て赤司は面白そうに笑った。
テツヤは幼い頃から勘の鋭い子供ではあったが、それは他人に対してだ。
自分の感情というのは自分が思っている以上に複雑で、だからこそ客観的な立場にいる人間から見ればわかりやすいものでも気づかないことが多い。
しかも赤司ならば気づくというほどに些細な変化だったのだから、テツヤが気づかないのは特に不思議ではない。
だというのに不満を隠そうとしないテツヤは本当に生意気で可愛い。
観察眼と洞察力で赤司に勝とうと思っているのは、赤司の周囲ではテツヤしかいない。
だから赤司はテツヤが大好きなのだ。
勿論大切な仲間の遺児ということもあるし、友人の義息子ということもあるが。
赤司個人から見ても黄瀬テツヤという人物はどれだけ溺愛しても足りないほど可愛い息子なのである。

「ところで、テツヤ」
「何ですか?」

まだ若干不機嫌さを顔に残しながらも、美味しい料理に顔が綻び始めているテツヤへと赤司は何よりも重要なことを聞いた。




「2人の式は勿論僕にプロデュースさせてもらえるんだろうね」




テツヤの箸から里芋が転がり落ちた。







   ◇◆◇   ◇◆◇







疲れる食事を終わらせて自宅へ帰宅したテツヤは、珍しく家の灯りがついていることに気が付いて慌てて門をくぐって玄関へと急いだ。

「ただいま、テツヤっち」
「お帰り、父さんっ」

リビングで寛いでいる黄瀬がそう言うのに、テツヤもいつもと同じく声をかけた。

「今日は早かったんですね」
「そうなんスよ。監督の手違いで今日予定していた撮影シーンが全カットになっちゃったんで、今日はもう解散しちゃおうってことになったんス。その代わり明日は朝一から撮影なんスけどね」
「そうなんですか。てっきり深夜になると思ったので、赤司さんとご飯食べてきちゃいましたよ。父さんは何か食べましたか。今から何か作りましょうか?」
「あ、やっぱり赤司っちと一緒だったんスね。俺は共演者と軽く食べてきたから大丈夫っスよ。それより」

そう言いながら黄瀬は隣に座ったテツヤを抱きしめて膝に乗せた。
そうして慣れた仕草でテツヤの唇を奪う。
舌先に感じるのは先程まで黄瀬が呑んでいたアルコールだろうか、ピリピリとした刺激と香りが微かに伝わってくる。
軽く唇を啄み、甘噛みするようにテツヤの舌を吸い、戯れるような口づけを幾度も送った黄瀬は、酸欠と軽い酩酊感にトロンと蕩けたテツヤの瞳を至近距離から見つめた。

「折角早く帰ってきたから、テツヤっちを食べたいな」

欲を含んだ眼差しで見つめられ、テツヤの頬がさっと赤くなる。
気持ちが通じ合ってからまだ数日。
それまで抑えていた箍が外れたかのように、黄瀬はテツヤを求めてきた。
テツヤとしては嬉しいことだけれど、それ以上に恥ずかしいこともである。
羞恥に頬を染めて小さく頷いたテツヤの頬に満足そうに口づけを落として、黄瀬はテツヤを抱き上げた。

「や、ちょっと、僕、シャワー」
「だーいじょうぶ。テツヤっちはいつでも綺麗っスよー」
「そういう問題じゃなくてっ」
「ごめんね。父さんもう我慢できないんだ」
「……………………え?」
「明日起きられなくても休みだし、良いよね」

てへ、とでも言うようにあざとい笑みを浮かべて、黄瀬は寝室へと向かう。
一瞬何を言われたのか理解できなかったテツヤは、脳内で言葉を処理した途端に顔色を赤から青へと瞬時に変えた。

この関係を後悔しているわけではないけれど、父さんどうしてそんなに絶倫なのと正直言いたい気持ちは強い。
それだけ愛されてるのだとは思うけれど、小柄で細身なテツヤが黄瀬を受け入れるのは結構大変なのだ。
初めての時だって疲労と腰の痛みが酷く、楽しみにしていた料理が1つも食べられなかった。
しかも2泊3日の旅行中ずっとそんな調子だったから、テツヤは旅行中に3キロ痩せた。
というか初めての相手に対して抜かずの3発はどうかと思うんだと嘆いたのは忘れたくても忘れられない。
それから多少黄瀬も考慮してくれることになったけれど、こうして宣言された以上今夜は容赦ないと思った方が良いだろう。
逃げられるとは最初から思っていない。

「それではテツヤっち。いただきます」

艶やかな笑顔を浮かべて、黄瀬はテツヤの痩躯をベッドに押し倒した。



  • 13.11.23