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黄瀬パパとテツヤくん9


『黄瀬涼太が時々連れてくる謎の美少女』というのが、最近の業界内でのもっぱらの噂である。
先月のCM撮影、今月初旬の雑誌取材と連れてきたのはたったの2回。
だというのにインパクトが相当に大きかったため一気に話題の中心となったのだ。
というのも長年浮いた噂一つない黄瀬涼太が夢中になっている女性がいるということ自体が相当のレアだ。
更には基本的に公私混同しない主義の黄瀬が、仕事場に無関係な恋人を連れてくるというのも俄かには信じがたかった。
単なる噂だろうと思ったのだが、それにしては広がり方が異常に速い。
そんな事態にゴシップ誌が喰いつかないわけがなかった。
『キセリョが年下の女性と熱愛』だの『シングルファザーのキセリョ、ついに母親候補をゲット』だの、読者を煽るようなタイトルはいくらでも浮かんでくる。
ここ最近の若手俳優の中では頭一つほど飛び出した人気を持つキセリョである。
初めてのスキャンダルということもあり、スクープを手に入れたら売上部数は格段に上がるだろう。
そうして情報を集めるべく奔走したのだが、目撃者の話を総合しても「とんでもなく可愛い美少女」ということしか分からなかった。
現場に居合わせた関係者は多いのに、「黄瀬の恋人」について訊ねると誰もが口をつぐんでしまうのだ。
少額の報奨金目当てに自ら情報をマスコミに売りつける者とて決して少なくない昨今としては非常に珍しい。
確かに黄瀬は男女問わず人気が高く、性格も良いことから業界内でも評判は良い。
だがそれとこれとは別である。
中堅の役者、しかも「抱かれたい男」ランキングで常に上位にいる人気俳優のスキャンダルなのに、何故こんなに情報が集まらないのかとある記者達は頭を抱えたが、理由は簡単。

「マスコミに情報を売って騒がれたら2人が可哀相じゃないか」

という、とっても単純且つ明確な理由である。

そんなわけで当然のことながら記事にすることもできず、それでも諦めきれなくて証拠を集めようと黄瀬に張り付いてみても、自宅と職場を往復するだけの黄瀬の動向からはどうあっても美少女までは繋がらず、そうするうちに記者は1人減り2人減り、数週間もすればマスコミの姿は完全に黄瀬の周囲から消えた。
彼らはその「美少女」が黄瀬の自宅にいるとは思っていない。
黄瀬が同居しているのは16歳の「息子」であり、性別が違うために無関係と判断したのだ。
息子が女装していたという選択肢がないのは幸いだった。
どちらにしろ自宅を窺う不審人物の姿がなくなったことにテツヤは喜んだ。
テツヤはマスコミが苦手だ。
黄瀬に引き取られてからしばらくの間、随分と追いかけられたことが記憶の底に残っているためである。
両親と祖父母を亡くしたばかりの幼子に向かって、「キセリョの息子になったのってどんな気分?」だの、「ご両親のどこが一番好きだった?」とか、今思い出してもデリカシーという言葉はどこにも見つからない台詞を何度も突き付けられたものだ。
こちとら家族を失ったばかりだというのに何てこと言ってくれやがったんだと、今だったら言い返すことができるのだが、当時3歳のテツヤにそんなボキャブラリーも余裕もあるはずがなく、結果として黄瀬の事務所と赤司が出動する事態となった。
その際に潰れた雑誌社3つ、赤司グループ及び主要取引先企業の完全撤退による経営難に陥ったTV局1つ、名誉棄損で法的処置を取られた取材記者及びマスコミ関係者数十名という被害も生じた。
まあ、彼らについては明らかに自業自得なので同情はしないが、赤司の報復はちょっとだけやりすぎだったんじゃないかと思わなくもない。
とはいえ、あの一件から赤司が異常なまでに過保護になってしまったので、何てことしてくれたんだという気持ちの方が強いテツヤは、やっぱり同情なんてしてやらないのである。
ちなみに赤司がテツヤに対して過保護なのはテツヤが生まれた時から一切変化がないのだが、テツヤはそれを知らない。
そしてその過保護はテツヤが何歳になろうと決して変わらないということも、当然のことながら知らないのである。







「テツヤっち〜、旅行しようよ、りょーこーおー」
「駄目です。無理です。却下です」

リビングのソファーに座って本を読むテツヤの背後にくっついたまま黄瀬は本日何度目になるかわからない発言を口にした。
それをこれまた何度目になるかわからない言葉で却下するのは、黄瀬テツヤ。
黄瀬涼太が愛して愛してやまない、可愛い可愛い義息子である。

「そんなぁ〜。お父さん、この連休のために身を粉にして働いてたのにいぃぃぃぃ!!」
「連休なんてただでさえ人が多いんですから家で大人しくしているのが一番でしょう。」

テツヤの首にしがみついたままおいおいと泣く義父に、テツヤは呆れたというようにため息を落としてそう告げた。
今回のシルバーウィークは見事に4連休。
有名な観光地も人気の温泉街も旅行客で大混雑だと、目の前の情報番組でアナウンサーのお姉さんが言っているではないか、現在進行形で。
テツヤは連休にはそれほど興味がない。
嫌いなわけではないが、何故わざわざ混雑している時期を狙って混雑している場所にいくのだろうと不思議で仕方ないのだ。
連休から少しずらすだけで人は少ないし、綺麗な場所はいつ出かけても綺麗なのにと思うテツヤは、その思考が時間と金に余裕のある人物にだけ許された特権であることを知らない。
そもそも芸能人の義父を持ち、タイトル保持者の天才棋士や世界でも人気のNBA選手などといった友人がいるテツヤは旅行に出かけるにしても人が大勢集まる時期に大勢集まる場所にはいかない。
すぐに取り囲まれて身動き取れなくなるからだ。
そのためどこかに出かける時は主に平日。
そして移動手段は車かグリーン車がメインで、宿泊施設はプライバシー遵守に徹底している老舗の高級旅館もしくは一流ホテルがほとんどだ。
自分が一般人だと信じて疑っていないテツヤは、己の価値観が一般からかなり逸脱しているという事実にはまだ気づいていない。
勿論その価値観を植え付けているのは赤司しかいない。
恐ろしい程強烈な赤司サブリミナル効果、大絶賛活躍中である。

「それにいつも使ってる旅館だって予約で満室でしょう。どこに行くつもりなんですか。僕、人が多い場所は苦手ですよ」
「テツヤっちは人酔いしちゃうっスもんね。でも今回は大丈夫。修善寺の外れに完全会員制の老舗旅館があるんスよ。全部屋離れで4棟のみという快適な空間。部屋には露天風呂もついてるらしいっス。さっき確認したら1室空いてるから使っていいって言われたっス」
「完全会員制なんて誰の………って赤司さんですね」
「残念、うちの社長さんでした。『最近テッちゃんと一緒にいる時間少ないからゆっくりしてくるといい』って言ってくれたんスよ。これだから社長は頼りになるっス」
「………そうですね」

テツヤにはその後に『だから帰ってきたらたっぷり働きなさい』という言葉が続いているように思えたが、楽しそうにしている義父にわざわざ言う必要もないだろう。
どちらにしろ働かされるのには違いないのだし。

「ということで、これから出かけるっスよ」
「え?! ちょっと待ってください。荷物全然用意してないです」
「大丈夫。行く途中で調達すればいいだけっスから」
「そんな不経済なことしてたまりますか」
「ぐふっ」

今すぐにでも車に押し込められそうになるところを掌底で黙らせ、テツヤは仕方ないと荷造りをするべく自室へと足を向けた。
口元が緩んでしまうのは気づかないでもらいたい。







   ◇◆◇   ◇◆◇







流石というか完全会員制の老舗旅館というだけあって、見た目も中身も何もかもがゴージャスだった。
歴史と伝統がある旅館なので当然と言えば当然だろう。
玄関に飾られた年代物の古伊万里の壷も、壁に飾られた東山魁夷の風景画も、室町時代に描かれたと思しき掛け軸も、それはそれは見事なまでに建物に似合っていた。
案内された離れは母屋からそれなりに離れていて、こちらから呼ばない限りは従業員も来ないというのだからプライバシーは徹底して守られている。
これはお忍びで使う芸能人が多そうだと思うテツヤは、自分がそのカテゴリーに入るのだということに気付いていない。
だってテツヤは一般人だし、これは家族旅行だしと思っているからである。
お忍び旅行と言えば愛人との不倫旅行しか思い浮かばない高校1年生というのもどうかと思う。

部屋は広く趣味の良い室内で、特に窓から見える日本庭園が素晴らしい。
テツヤは一目で気に入った。
広い敷地のお陰で建物の中は驚く程静かである。
そういえば門をくぐってから母屋に到着するまで数分かかったので、おそらく千坪単位で敷地はあるだろう。
部屋は和室が2つとバス・トイレ・露天風呂付き。
もう1つの部屋には布団ではなくベッドが用意されているあたり、もしかしたら外国人観光客も利用するのかもしれない。
確かに日本を感じるにはこの旅館は最適だろう。一泊いくらするのかは怖くて考えたくないが。
黄瀬は窓際のソファーに座って寛いでいる。
仕事詰めで疲れているのに東京からここまで車を運転してくれたのだ。疲労も溜まっているだろう。
是非温泉で疲れを癒してもらいたいものである。
必要ならば肩くらい揉んであげよう。非力だけれど。
テツヤはそんな黄瀬の前に用意した湯呑を差し出した。

「連れてきてくれてありがとうございます」
「ん? どういたしまして。社長に教えてもらった時からテツヤっちは絶対気に入ってくれるだろうなって思ってたので、テツヤっちが喜んでくれたら嬉しいっス」
「素晴らしい旅館なので大満足です。この分だと食事も美味しいでしょうし、お風呂が楽しみです」
「そうっスね。テツヤっちの味覚に敵う料理だと思うっスよ」

ちょいちょいと手招きされて近寄れば、あっさりとその腕に抱きしめられた。
黄瀬がスキンシップ過多なのは今更なので抵抗するつもりはない。
1人掛けのソファーは若干狭いため、テツヤは膝の上に座らされた。
小さな子供でもないのにと思うものの、あっさり抱き込まれてしまうと少々面白くない。
まぁ、嫌いではないのだが。

「なーんか、こうやって抱っこするのも久しぶり」
「寝る時は一緒じゃないですか」
「それとこれとは別。最近テツヤっちは抱っこさせてくれなかったから寂しかったんスよ」
「…16歳の男子高校生が父親の膝に抱っこっておかしいでしょうが」
「えー。お父さんが抱きしめたいんだから全然問題なしっス。俺より大きくなったらやめてあげるっスよ」
「………その言葉、覚えてやがれです」

テツヤの成長期はまだ来ない。
現在の身長は167センチ。平均的と言えば平均的だが、190センチを超えた父を抜かすには相当の努力が必要だろう。
父は高校1年生の時には189センチだったらしい。それから更に数センチ伸びるなんて卑怯だ。
頑張れ火神の遺伝子と思うけれど、残念ながらテツヤの遺伝子を形成しているのは9割以上が黒子の遺伝子だと思われる。
黒子の祖父の身長は171センチ。………頑張れば何とかなると信じたい。
めでたく身長を追い抜いた暁には、黄瀬を膝抱っこしてやると思っているテツヤは、そんなことされたら黄瀬が余計に喜ぶという可能性には気づいていない。



夕食まで時間はまだあるということで黄瀬はひと眠り、テツヤは露天風呂を堪能することにした。
檜で作られた内風呂も惹かれるものがあったが、やはり温泉と言えば露天風呂だろう。
離れ専用ということもあり他の入浴客がいないというのも嬉しい。
テツヤはどんなに頑張っても筋肉がつきにくい体質ということもあり、お世辞にも立派な体格をしているとは言えないのだ。
肩も胸も薄いし、腕なんて自分でもびっくりするほどの細さだ。
修学旅行でも散々揶揄われたために若干とは言えないほどに自分の体形にコンプレックスを持っている。
とはいえ努力してもどうにもならないことを気にするのは時間の無駄なので、どうやった筋肉が付くかを検証した方が建設的である。
自宅にある黄瀬専用のトレーニングマシンを少し借りてみるのも良いかもしれないし、赤司や青峰に頼んで筋トレメニューを組んでもらうのも良いかもしれない。
何事にも完璧主義な赤司と、スポーツに関してはおそらく一番詳しいだろう青峰に頼めば、テツヤの筋力増強計画も上手くいくかもしれない。
そしてテツヤは身長195センチ、体重80キロの自分を想像した。……無理だった。

「いいんです。千里の道も一歩からと言うじゃないですか」

最初からハードルを高くするのはよろしくないと、テツヤは目標を175センチに下方修正した。
勿論体重は今より少しでも増えれば良いかなという大甘ぶりであるが、その目標にすら届かなかったと数年後に嘆くことになることは当然知らない。
新たな決意を胸に湯船の中で握り拳を固めるテツヤだったが、背後から響いた声に固まった。

「何がっスか?」

気が付いたら黄瀬が露天風呂に入っていた。
気持ちよさそうに湯船に浸かり、緩みきった表情でテツヤを眺めている。
にやにやと笑ってるように思えるのはテツヤの被害妄想だろうか。
相変らず引き締まった素晴らしい肉体美である。羨ましい。

「いつか父さんみたいに筋肉モリモリの身体になってやるって決意を新たにしていたところです」
「ちょ、人をマッチョみたいに言うのはやめてもらいたいっス」
「何ですかこの胸板。僕の倍はあるじゃないですか」
「それは大人なんだから当然っス。というかテツヤっちはただでさえ細いっ、いたたたたっ、髪引っ張らないで、抜けちゃう!」
「多少抜けたって父さんの魅力が落ちるわけないからいいんです。というか、その肩幅うらめやましい。少し分けてくれたっていいじゃないですか」
「何スか、その『うらめやましい』って。テツヤっち、痛いっス」
「『恨めしい』+『羨ましい』の合成語です。今作りました」
「理不尽!」

やり場のない怒りをぶつけるべく、テツヤは黄瀬の髪を引っ張り肩に噛みついた。
昔からやっている他愛のないおふざけである。
テツヤは物分りが良い子供だけれど、身長や体格に関して揶揄かうと本気で怒る。
最初のうちは拗ねているだけだが、度が過ぎると攻撃してくるのだ。
とは言っても今のように髪の気を引っ張ったり肩や腕に噛みついたりする可愛らしいものだが。
だけど地味に痛い。
だから報復するのもいつものことだ。

「お返しっス」
「ひゃんっ」

テツヤの身体を拘束して、お返しとばかりに首筋を噛む。
勿論本気でやれば怪我をしてしまうので甘噛み程度だが、普段はせいぜいテツヤの二の腕や指くらいしかやっていなかったのでこの反応には驚いたのだろう。
聞いたことのないような声が喉から洩れて、思わず2人の動きが止まった。
普段ならばいつもの可愛らしいじゃれ合いで終わっていた行為だが、風呂場で裸でお互い身体を密着しての行動となると一気に卑猥に感じるのは何故だろう。
しかも今のテツヤは黄瀬の右太ももにまたがっているという状況。
これって客観的に見たらどうなんだろうと思うのも無理はない。
どこからどう見ても情事の真っ最中である。
テツヤは慌てて黄瀬の足から下りようとしたが、しっかりと拘束されているため動こうにも動けない。
離してほしいと至近距離にいる義父の顔を見れば、見たことのない顔をしている。

「父さん?」

声をかけても反応がない。
だがその指がゆっくりと動き、テツヤの耳朶を軽く撫でた。

「んっ」

擽ったさに身じろぎするテツヤを見て、黄瀬の喉がこくりと上下する。
あれ、と思った時には流石のテツヤも異常を感じて顔を上げた。

「父、さん?」

見たことのない光が義父の瞳に宿っている。
昏い、鈍い、だけど強い熱を伴う光を秘めてテツヤを見つめていた。
言葉はない。
だけど、彼が何を求めているかテツヤは気づいた――気づいてしまった。

力の籠る腕。
密着する下肢。





熱い吐息がテツヤを絡め取って。






テツヤと黄瀬は、その日、『ただ』の親子ではなくなった。



  • 13.11.15