予想通りの入学式を終えた黄瀬テツヤは、入学1日目にして学内一の有名人となってしまっ
テツヤは本来目立つようなタイプではない。
父親の遺伝子を受け継いだとはいえ、そこはやはり母親と瓜二つと称されるテツヤである。
影の薄さはそれなりで、テツナのように自動ドアに気付いてもらえない程薄いわけではないが、大人しそうな外見なので決して人目を惹くほどではないのだ。
だが、入学式の一見でテツヤの知名度ががくんと上がってしまったために、影の薄さすら消してしまうほどの視線を浴びるようになってしまい正直困っている。
テツヤの義父は芸能人である。
つまり、テツヤが何か問題を起こしたり騒動に巻き込まれると、必然的に父親の名に傷がついてしまうのだ。
21歳という若さで自分を引き取り育ててくれた義父にできれば迷惑をかけたくないので、なるべくなら注目されないでほしいのだがと思ったテツヤだが、そもそも原因が義父とその仲間たちにあるんだ
ということに気付いてそのような殊勝な考えはあっさりと却下した。
そもそも迷惑と言えば、テツヤはかけるよりかけられる側だ。それも複数によって大量に。
3歳の時、昼寝をしていたテツヤは目が覚めたらバスケットコートのベンチにいた。
試合前に会いたかったけど寝ていたから連れてきたのだと、ドヤ顔で語るのは青峰大輝。
ベンチに幼児がいるという中で試合をさせられた相手チームはさぞ迷惑だっただろう。
そして、いきなり連れてこられた幼児にどう接して良いかわからないでおろおろしていた青峰のチームメイトが子供心にも不憫だった。
興奮してコートに乱入しそうになるテツヤを抑えるため膝の上に乗せていたら青峰に親の仇のように睨まれてしまったチームメイトには本気で悪かったと今なら思える。
ありがとう、名前も知らないお兄さん。
お陰で試合をぶち壊さずにすみました。
勿論試合はダブルスコアで勝利したが、その様子を生放送で偶然見かけた黄瀬が試合終了と同時に現場に到着して周囲が大混乱に陥ったのは余談である。
4歳の時、ある番組で特集されていた世界のスイーツというのに興味を持ったテツヤの望みを叶えると称して、あやうく紫原に『世界甘味巡りの旅30日間』に連行されそうになった。
費用を赤司が全負担という好条件だったためにかなり惹かれるものがあったが、幸い1日目の夜にテツヤがホームシックにかかり、旅行は初日の台湾のみで終了。
夜市のご当地グルメが美味しかったことだけが記憶に残っている。
5歳の時、名人戦に挑む赤司に、何故か大会会場まで同伴させられた。
TVで生中継されるという大きな一局に、何故か傍ら(時々膝の上)に少年を侍らせた赤司が映り、視聴者はさぞ驚いたことだろう。
だが、誰よりも驚いていたのは対局者である。
毒舌で知られる対局者は心理戦を得意としていたが、幼い少年がいる前で大人気ない毒舌を使えるわけもなく、そもそも赤司には全く効いていなかったために予定していた時間の半分ほどで試合は投了した。
何故だか帰り際に対局者から飴玉を貰ったことだけが今でも不思議だ。
6歳の時、今日はどうしても離れたくないと言った黄瀬の願いを聞いて珍しく撮影現場に同行したテツヤは、そこに用意されていた子供服を見て顔をひきつらせた。
「親子撮影っス」と輝かんばかりの笑顔で言われたテツヤは、義父の腹に掌底を喰らわせてもいいかなと本気で悩んだが、大好きな義父にそんなことできるわけがないと諦めたテツヤ。
当時の自分は甘かったと本気で思う。
その後は当然ながら撮影会――もとい、仕事である。
用意された服の半数が女物だなんて気にしちゃいけない。
1か月後の渋谷のメインストリートに自分と黄瀬のパネルがこれでもかというほど並んでいたなんて、知らないったら知らないのである。
近所の小母様方に、「テッちゃん、本当に男の子…なのよ、ね?」とか聞かれたことは抹殺したい記憶である。
7歳の時、某夢の国特集を見ていたテツヤに何を思ったのか、翌朝5時に起こされたテツヤは緑間の運転する車で夢の国に連れていかれた。
平日の午前中とはいえ大層賑わう店内にあっさりと人酔いした緑間とテツヤは、いくつか土産を物色して1時間で撤退。
テーマパークは映像で見るだけで十分ということを骨身に刻み込まれた。
余談だが、その際に購入した某耳の形のカチューシャをつけた写真は、未だにリビングにでかでかと鎮座ましている。
そんなわけで、毎年何かしらの被害を被っているテツヤだったので今年はこれかと半ば諦めた。
救いは彼らがテツヤにそこまで大規模な迷惑をかけるのは年に一度くらいなので、我慢できると言えば出来ることくらいだろう。
基本的に甘やかされている自覚はあるし愛情を受けているのもわかるので強く言えないのが現状だ。
だって泣くのだ。
30過ぎたおっさんが、子供のたった一言で。
「テツヤは僕たちが嫌いかい……?」
「テツに嫌われた…もう駄目だ、死のう」
「テッちん、ごめんね、ごめんね。だから嫌わないで」
「テツヤが俺を嫌う、だと…」
「テツヤっち、お父さんが悪かったっス。何でもするから許して欲しいっス」
本気で対処に困る。
そのたびに宥め賺して持ち上げて、嫌いじゃないですよ大好きですよ、皆さん僕のお父さんじゃないですかと言うテツヤは、多分この中で一番の苦労人だと思う。異論は認めない。
そんなわけで騒動にもすっかり慣れたテツヤは、教室の窓から鈴なりになっている生徒の数にも今更驚いたりしない。
3年前から慣れっこである。
まぁ、びっしりと連なった人の顔というものが気持ち悪いことに変わりはないが。
これから昼休みだというのに、彼らは一体いつまでいるんだろう。
昼食を食べる時間がなくなってしまうのではないだろうかと思うが、声をかけたら最後である。
人込みのほとんどが女生徒であることを考えれば、目的が黄瀬にあることは明白。
あわよくば芸能人のプライベートを覗き見なんて下心が透けて見えている。
勿論そんな下心などテツヤにはまるっとお見通しなので、あえて接点を作るつもりはない。
ふぅ、とため息をついてテツヤは弁当を広げる。
今日はフランスパンのサンドイッチをメインに洋風弁当である。
ローストビーフとチェダーチーズを挟んだフランスパンは、先日自宅の近くにオープンしたばかりのオーガニック専門店で購入した。
美味しいが本場の味に近いらしくてテツヤには若干固い。
食べていくうちに顎が疲れてしまうので、自宅に残ってる分は一口大に切ってサラダに入れるかパンプディングにしよう。
付け合せはプチトマトとセロリの自家製ピクルスと、コーンとハムのスクランブルエッグ。エビとアボカドのサラダ。
彩りにパセリを加えたテツヤの弁当の見た目は満点、味もそれなりだと自負している。
今頃黄瀬も収録現場で食べてくれているだろうか。
そんなことを考えながらもぐもぐとサンドイットを咀嚼していたら、突然大きな手が目の前に現れてピクルスを奪って行った。
「お、美味え」
若干驚いた様子でテツヤの弁当を覗き見ているのは、確か隣の席になったクラスメイトだ。
挨拶以外交わしたないはずなのだが、どうしてテツヤの弁当を奪っていったのか。プチトマト1つだけど。
「これって普通のプチトマトじゃねえの?」
「お酢と砂糖でピクルスにしました。このうずらの卵もピクルスですよ」
「マジで? 貰っていい?」
「どうぞ」
テツヤが取りやすいように弁当箱を傾けると、長い指が器用にうずらの卵だけを摘まんだ。
「うわっ、こっちも美味え! お前の母ちゃん料理上手なんだな」
「これは僕が作りました」
「……マジ? って、そういや黄瀬って……」
「はい、うちは父子家庭です」
テツヤがそう告げると、少年はあからさまにバツの悪そうな顔をした。
どうやらテツヤの経歴を知って声を掛けてきたのではなさそうだ。
未練がましく弁当箱に視線が注がれているところを見ると、単純に弁当に惹かれてやってきたと言った方が正しいだろう。
「…何か、ワリィ」
「いえ、特に気にしていませんから。良かったらこちらのサンドイッチも食べませんか。ローストビーフは自家製です」
「貰う。って、そうするとお前の分が足りなくなるだろ?」
「僕にはちょっと量が多いので1つ食べて貰えると助かります。というか、光の速さで奪っていった君が言う台詞とは思えないんですけど」
実際小食のテツヤには少しばかり量が多かった。
自分で詰めたのだから仕方ないが、予想以上にパンが胃にたまってしまったので、3つ用意したサンドイッチを全部食べるのは正直厳しかった。
何で3つも作ったんだ自分と言いたくなるが、用意した時には食べられると思ったのだ。仕方ない。
目の前の少年はテツヤより背が高く、そういえば運動部に所属していたはず。
スポーツマンは食欲旺盛だという自論がテツヤの中にあるので、このくらいペロリと平らげてくれるだろうと思ったが、やはりその読みは正しかったらしく、彼は何と2口でサンドイッチを完食してみせた。
「美味かった、サンキュ。お前、良い嫁になれるぜ」
「どういたしまして。あと、後半は余計なお世話です」
家事全般得意な父と張り合っていたら上達してしまっただけだ。
まぁ、「美味しいっス」と喜んでくれる顔が見たくて頑張っただけなのだが。
お礼と言いながらテツヤの机の上に置かれたのは、購買で売られているヨーグルト。
ひらひらと手を振って教室から出ていく後ろ姿を茫然と見送る。
何だか豪快で良い感じの人だった。
すんなりと懐に入り込んでくるような、不思議な感覚は身内の誰とも違う。
必要以上の詮索をしてこない人は久しぶりだった。
そういえば隣の席になって1週間が経過するが、彼がテツヤのプライバシーを聞いてこようとしたことは一度もなかった。
(不思議な人ですね)
もしかしたら友人になれるかもしれない。
そう思い、テツヤはくすりと笑った。
- 13.10.23