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黄瀬パパとテツヤくん2


ほかほかと湯気の立つオムレツは生クリームの分量も絶妙で、口に入れるとトロリと溶けてすぐになくなってしまう。
卵料理は火加減が難しいと良く言うが、その代表的なものがオムレツだ。
仕事柄外食が多い黄瀬にはこのオムレツが店で出されてもそん色のないレベルであることがわかり、いつの間にかそこまで上達した息子の料理の腕に脱帽した。

「テツヤっちは料理上手だけど、また腕上げたっスねぇ。このオムレツなんて絶品っスよ」
「父さんがオムレツ好きだからちょっと頑張ってみました」
「うちの子、マジ天使」
「大袈裟ですよ。料理なんて調味料の分量と火加減を間違えなければそれなりに作れます」

テツヤは何でもないことのように言うが、そんな簡単に上達したら世の中に不味い料理は存在しないのである。
そして黄瀬は義息子であるテツヤがあまり器用でないことを知っている。
つまりは自分が好きなものを美味しく作ろうと努力したのだということを知り、イケメン俳優として有名な黄瀬涼太の相好がだらしなく崩れた。

「あー、愛を感じるっス」
「父さん、まだ寝ぼけてるんですか?」
「幸せってこんなに身近にあるんスね」

もしゃもしゃとレタスを齧るテツヤが不思議そうに首を傾げる姿が可愛くて仕方ない。
テツヤを引き取ってから12年が立つが、息子の可愛らしさは年を追うごとに増していく気がするが、多分気のせいではないだろう。
年々亡き母親テツナに似てくるテツヤは、今のところ父親の遺伝子が表に出てくることはないらしい。
水色の柔らかい髪、同色の透き通った瞳。
小柄な体格も華奢な身体もどこからどう見てもテツナの遺伝子が濃く、中学時代のテツナと瓜二つだ。
このままでも十分過ぎる程に可愛いのだが、低い身長を嘆いているテツヤを知っている黄瀬としては、少しくらい父親である火神の遺伝子が出て背が伸びてくれればいいのにとも思う。
どちらにしろ愛息子への愛情が減ることなどないので。

「そんなことより、支度しなくていいんですか? マネージャーさん迎えに来ちゃうんじゃないですか」

いつも以上にのんびりと朝食を摂っている父にテツヤはそう声をかけたが、黄瀬は不思議そうに首をひねる。

「何で?」
「何でって言われても、今日も撮影なんでしょう?」

来年の大河ドラマへの出演が決まった黄瀬は、確かこの先数か月はスケジュールが埋まっていたはずだ。
マネージャーから聞いているし、黄瀬本人が嫌というほど嘆いていたのでテツヤが忘れるわけない。
確か今日は久しぶりに雑誌の取材が入っていたはずと思いながら父へと視線を向ければ、黄瀬はキラキラとした笑顔をテツヤに向けていた。

「今日の取材は向こうの都合で明日に延期になったっス」
「じゃあ、今日はオフなんですね。だったら起こさなかった方が良かったですね。その方がゆっくり――」

ゆっくり寝られるだろうと続けようとした言葉は、黄瀬の爆弾発言により強制終了させられた。



「だから、今日はテツヤっちの入学式に出席するっス」
「……………」



確かに今日はテツヤの高校の入学式だ。
入学式に保護者が同席するのは特に珍しいことではない。
勿論テツヤもそのことは最初に黄瀬に告げていた。
だがしかし、黄瀬は芸能人である。
それも「抱かれたい芸能人」のトップ5に必ずランクインするほどの有名人。
注目を浴びないはずがない。
思い出されるのは中学の卒業式。
息子の晴れ姿を見なくて何の父親だと豪語して無理やりスケジュールの都合をつけた黄瀬は、仕事が終わると同時に学校へ直行したのだ。
折しもその日の仕事は写真集の撮影。
予想以上に時間が押したため撮影はギリギリまで行われ、結果として黄瀬はメイクを落とす時間どころか着替える時間もないままやってきた。
体育館にいるのは中学生の子供を持つ保護者である。
そのほとんどが母親。
当然ながら黄瀬のファンである女性も多い。
そんな中にフル装備のイケメン俳優が登場したのだ。
どうなったか説明が必要だろうか。

体育館はさながらコンサート会場のようでしたと、後にテツヤは遠い目をして語った。
あの騒動が再びと思えば父には遠慮してもらいたいところだが、言ったところで聞くような父ではない上に、大きな身体をしていながら子犬のような目でテツヤを見上げてくるに違いない。
中学は父の母校であることからそれなりに事情を知る教師が多かったためそれなりに視線を集めることとなったが、高校は亡き両親の母校である誠凛高校だ。
なるべくならひっそりと学校生活を送りたい。
だというのに彼が入学式にやってきたら中学の悪夢再びである。
断りたい、だけど断ると父が泣く。比喩でなく泣く。本気で泣く。
父を泣かせることはテツヤとしても望んでいない。
さてどうしようと悩むテツヤに、更なる爆弾が投下された。

「赤司っちも緑間っちも青峰っちも紫原っちも出席するのに、俺だけ行かないってことないよね。桃っちだけは娘さんの小学校の入学式と重なっちゃって来れないみたいっスけど、その分しっかりデジカメを渡されたし」
「………あの、初耳ですが」
「ん? 言うまでもないと思ったんじゃないスか。テツヤっちの人生の節目に俺たちが出席しないななんて選択肢、端からないっスから」
「……………………………そうですか」

事態は中学の卒業式ではなく入学式の再来ですかと、テツヤはこっそりと呟いた。
あの時も凄かった。
何せキセキの世代勢揃いである。
母校である帝光中学で伝説となって久しいメンバーがやってきたあの騒動も凄かった。
当時の担任なども残っていたらしく、ある教師は涙ぐみ、ある教師は何やらトラウマを刺激されたらしく悲鳴をあげて体育館から逃げ出した。
校長と理事長が素晴らしいお辞儀を赤司に披露したのが印象的だった。
あの1日で「黄瀬テツヤ」という存在が全校生徒に刻み込まれたのだが、そうか、またアレに近い現象が起こるのか。
いや、忙しいのに皆で都合をつけて来てくれるのは凄く嬉しいのだけれど。

「ということなので、一緒に登校しようっス」
「…はい」

嬉しくて仕方ないという笑顔の父に、テツヤは安寧な高校生活を諦めながら、それでもほんの少しむず痒い思いを抱きながら笑顔で頷いた。







   ◇◆◇   ◇◆◇







やはりというか予想通りというか、あれ、これ何てデ・ジャ・ヴという状況が目の前に広がっていた。
私立誠凛高等学校と刻まれた正門をくぐった途端、目に飛び込んできたのはカラフルな色彩。
生まれた時から一緒にいると言って良い彼らは、テツヤにとって黄瀬と同じく大事な人たちであることは間違いない。
ないのだが、彼らは自分達がどれほど注目を浴びる存在か、まったくわかっていないことにテツヤは頭を抱えた。

「やあ、テツヤ。相変わらず時間通りだね」

カラフルな集団の中心からテツヤへと挨拶を送るのは、赤司征十郎。
テツヤの母とは中学時代からの付き合いで、生まれる前から何かと気を遣ってくれていたらしい。
両親を失くしたテツヤを引き取ろうとしたのだが実家の反対に遭い断念したのだが、今でもテツヤのことを我が子同然に可愛がってくれている。
そんな彼の職業は棋士。
それもデビューしてから一度も負けなしという不敗神話を築き上げている天才棋士である。
端整な顔立ちと京大首席卒業という経歴もあってか女性ファンも多い。
当然ながら周囲の女性からの視線を集めている原因の1人だ。

「テツは寝起き良くねえけど、時間前行動はきちっとしてるもんな」

そう言ってテツヤの頭をぐしゃぐしゃと撫でるのは、青峰大輝。
赤司と同じくテツヤの両親とは古い付き合いだ。
中学生から突出したバスケの才能を発揮していた彼は、高校卒業と同時にプロ入りし、現在日本を代表するバスケット選手として知名度は高い。
ワイルドな風貌と予測不能なプレイスタイルにより国内でのバスケ認知度を一気に押し上げた立役者であり、現在では黄瀬との繋がりかテレビ出演なども多く、こちらも男女問わずファンが多い。
どちらかと言えば男性ファンの方が多いため、これまた注目を集める原因の1人である。

「テツヤはお前と違って寝坊なんてしないのだよ」

テツヤの水色の髪をかき混ぜていた手を払いのけながらそう言うのは、緑間真太郎。
こちらも赤司や青峰と一緒で、黄瀬やテツヤの亡き両親と古くから交友がある。
現在は医師として多忙を極めているが、入学式や卒業式、授業参観や文化祭などのイベントには必ず顔を見せてくれる律儀な人だ。
身長190センチを超える長身と綺麗な顔立ちから嫌でも注目を浴びているのだが、本人は自分の容貌に興味がないらしく気が付く様子は見られない。

「そうそう、テッちんは良い子だもんねぇ」

緩い口調でテツヤを背後から抱きしめたのは、紫原敦。
彼もまた同じくテツヤが生まれる前からの付き合いだ。
2mを超える長身は周囲を圧倒させる雰囲気の持ち主だが、気怠げな表情やのんびりとした口調がそれを緩和させている。
ちなみに人気スイーツ店の経営者兼パティシエなので、一部のスイーツ好きの間では有名である。

「ちょ、皆して俺のテツヤっちに触り過ぎっス」

大柄な大人に囲まれている愛息子を奪い返すべく抗議をしているのは、当然のことながらテツヤの義理の父親であり人気俳優である黄瀬涼太。

最早目立つなという方が無理である。

黄瀬涼太が13年前に親友の子を引き取ったということは当時マスコミに騒がれたので知っている者は知っている。
テツヤと同年代の学生たちでは、余程の黄瀬ファンでない限り知らないだろうが、大人連中は違う。
当時人気急上昇だったモデル出身のイケメン俳優がいきなり1児の父となったと知ったマスコミの騒動はそれほど大きかったのだ。
そのどれもが否定的な意見だったのだが、黄瀬があまりにも我が子可愛いと絶賛するために様々なバッシングは消え、事あるごとに見せられる息子の愛らしい写真に次第に好意的な報道が増えて行った経緯を覚えている人も多いだろう。
その証拠のように、「あぁ、あの子がキセリョの天使」やら「随分大きくなったのねぇ」とか、「キセリョがパパなんて羨ましい」なんて言葉もちらほらと聞こえてくる。
母親のテツナはミスディレクションという影を薄くする方法が使えたが、生憎父親の血が混ざったテツヤはそこまで影が薄くない。
外見はそっくりだというのに解せぬと思いながら、テツヤは好奇に満ちた視線から逃れるように父親の背中に隠れた。


周囲から黄色い悲鳴が上がったなんて、絶対に気のせいだ。


  • 13.10.23