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黄瀬パパとテツヤくん1


一番古い記憶は、鮮やかな金色だった。
見上げるほど大きな身体を屈めて、至近距離から見つめてきた眼差しは綺麗な琥珀。
ふわふわと揺れる髪の毛がとても柔らかそうだったのを覚えている。
頭を撫でる大きな手がとても心地良かった。

「俺と一緒に来るっスか?」

優しい声がそう囁いた。
言われた言葉の意味がわからなくて、テツヤは首を傾げる。
まだ小さいから難しいかも、と言いながら彼は説明してくれた。

父と母は遠くに行ってしまったこと。
母の両親は既におらず、父の両親は突然のことに気持ちの整理ができていないこと。
このままだとシセツという場所にいくしかないこと。

そうして彼はまた優しい声で問いかけてきた。

「だからうちの子にならないっスか?」

その言葉に頷いて、テツヤは差し出された大きな手を取った。
テツヤの小さな手をすっぽりと包み込んでしまうほど大きな手。
手のひらを握るのは無理だったので、差し出された手の小指をぎゅっと握りしめた。
彼は嬉しそうに笑って抱き上げてくれた。
急に高くなった視界は、父親に抱き上げられた時と同じで何だか懐かしくなった。
今朝抱き上げてもらったばかりだというのに。

ツン、と鼻の奥が痛くなり、大きな体に抱きついた。

ずっと我慢してたんだね、偉いね。

そう言って優しく背中を叩いてくれるのが気持ち良くて、涙が止まらなかった。
背後で聞こえてくる声は沢山あった。
羨ましいだの、抜け駆けしやがってだの、どれも聞き慣れた大好きな声だ。
その中に混じって何やら聞こえてくるのは誰の声だろう。
財産目当てなのかとか、厄介者を引き取って何になるとか、何を言っているのか良くわからない。

ただ、酷く耳障りで嫌な気分になる言葉だった。
大きな人はそんな中からテツヤを救い出してくれた。
甘く柔らかい声で、いい子だね、大切な子だよ、とくすぐったくなるような言葉を毎日くれたのだ。
これでもかと甘やかして愛してると告げてくれる相手を好きになるのは当然だろう。

大好きなお父さんなのだから――。





pipipi………

目覚まし時計の音で目が覚める。
それはいつもと同じ。
だが明らかに昨日と違うものが1つあった。
ベッドの半分を占領してテツヤを抱き枕代わりに眠っている金髪の男性の姿。
眠る時は1人だったから、間違いなく深夜に潜りこんできたのだろう。
幸いベッドはセミダブルだったために狭いということはないが、30歳を超えた良い年の大人が16歳の息子を抱いて眠ることに疑問を抱かないのだろうかと思うが、聞いたところで答えはいつもと同じだから聞くだけ無駄というやつだ。
男ぶりにますます磨きがかかった顔は若干疲れているようで、目の下に隈ができている。

(最近、仕事が重なっていると言ってましたね)

テツヤは眠っている相手を起こさないようにベッドから抜け出した。
幸い深い眠りに入っているようで、腕の中から抜け出しても目覚めなかったので助かった。
身代わりに枕を抱かせておいたけれど、多分目が覚めてから文句を言われるだろう。

顔を洗って寝癖を直して、そして朝食の準備に取り掛かる。
数年前まではゆで卵しかレパートリーのなかったテツヤだが、父親との2人暮らしとなれば嫌でも腕は上達していく。
特に自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる相手がいるなら尚更だ。
普段は和食にするのだが、今日は何となく洋食の気分だったのでパンを用意した。
栄養面を考えてバナナシェイクとシーザーサラダ、そしてメインはオムレツで良いだろう。
付け合せにベーコンを炒めてテーブルに2人分並べる。
ジャムは先日知人からもらったオレンジで作ったマーマレードジャムだ。
すっかり主婦レベルまで上達した料理の腕を奮う相手は今のところ父とその友人達のみだが、これはこれで楽しいので構わない。
全ての準備を終えて、テツヤはまだ眠っているだろう相手を起こすために部屋に向かった。
彼の部屋はきちんとあるはずなのだが、どうして毎回テツヤのベッドに侵入してくるのだろうか――いや、聞くまい。どうせ答えは決まっている。
部屋に戻り眠っている男性の肩を軽く揺さぶる。

「ん………ぅ」
「父さん、起きてください」
「テツヤっち……? 夢……?」
「あいにくですが夢ではありません。昨夜遅く戻ってきたのでしょう。朝食作ったんですけど、一緒に食べませんか。今日はふわふわオムレツとベーコンですよ」
「食べるっス!」

低血圧とは無縁であろう寝起きの良さで、青年が飛び起きた。
朝からキラキラしい笑顔。流石は元人気モデル。
じゃあと部屋から出ようとするテツヤを青年は腕を掴んで引き止めた。
首をひねって振り返ると、どこか拗ねたような父の姿。

「父さん?」
「……朝の挨拶が足りないっス」
「………仕方のない人ですね」

小さくため息をついて頬にキス。
満足そうに笑った父がお返しにとテツヤの両頬にキスをする。

彼に引き取られてから13年。
欠かさず行われている行為なので慣れていると言えば慣れているのだが、やはりこの光景は世間一般に見てどうだろうと思う。
勿論、言ったところで何がどう変わるわけがないのでわざわざ言わないけれど。

「冷めちゃいますから、支度は急いでくださいね」
「了解っス」

そう言ってバスルームへ消えていくのは黄瀬涼太。
10代前半からモデルとして活躍し、20代半ばに役者へ転向した、そこそこ知名度のある俳優だ。
テツヤにとっては義理の父親になる。

テツヤが彼に引き取られた理由は1つ、両親が事故で他界したからである。
学生結婚だった両親と黄瀬は仲が良く、特に母親とは中学から親交が深かったらしい。
両親の事故は詳しくは教えてもらっていないが、交通事故だという話を聞いた。
同乗していた母方の祖父母も一緒に亡くなったというから、それなりに大きな事故だったのだろう。
調べれば情報は手に入ると思うが、その話をすると父が泣きそうになるので触れようとは思わない。
テツヤもその車に同乗していたのだが、母親が庇ってくれたせいかかすり傷1つなく無事だった。
両親と祖父母を失ったテツヤは、通常ならば父方の祖父母に引き取られるはずだった。
だが彼らは仕事で海外を飛び回っていることが多く、幼子を引き取る土壌が出来ていなかった。
更には彼らが息子の結婚に対して若干否定的だったことも関係して、テツヤの引き取りを拒否したのだ。
親戚縁者も、ではうちで引き取ろうと会ったこともない子供を快く引き取ろうと思うような人もおらず、黄瀬が名乗り出なければテツヤは孤児院に行くことが決まっていたそうだ。
家族を失ったことを認識できていなかったテツヤを前に権利だの遺産だのと喧々諤々とした醜い争いを繰り広げていた親戚のことを、幸いなことにテツヤは覚えていない。
もしかしたら脳が記憶を拒否したのかもしれないし、単純に幼すぎて理解できなかっただけかもしれない。
テツヤが理解しているのは、そんな彼らから親権をもぎ取った黄瀬涼太がテツヤの義父となったこと。
両親の友人達も協力して皆で幼いテツヤを育ててくれたこと。
テツヤが溢れんばかりの愛情を与えられていたことだ。

「おぉ、良い匂いっスね。流石テツヤっち」
「当たり前ですよ。久しぶりに一緒に食事できるんですから」

バスルームから出てくるなりそう言って笑った父に、テツヤはふわりと微笑んだ。


  • 13.10.23