「あたま、痛い…」
目覚めてすぐに感じたのは喉の渇きとひどい頭痛だった。
あれ、なんで頭が痛いんだと思った途端、昨日の出来事を思い出した。
といっても自分が覚えている範囲なのだが。
スザクにふられ(多分、あれはふられたんだと思う。あのまま付き合おうと言われたらシュナイゼルに頼むまでもなく自分の手で地獄へ送ってやる)、傷心のまま佇んでいたところを星刻に拾われ(少々御幣があるが、星刻はあくまでも放っておけなかったからに違いない。実際助かったのだから)、何故かそのままパーティー会場へと連れて行かれ恋人のフリをすること1時間。
「…………1時間?」
はて、そんなにいただろうか。
というか会場にいた記憶がほとんどないのはどうしてだろう。
ルルーシュの記憶にあるのは、何やら探るように自分を見つめる女性陣の敵意のある眼差しを無視しつつも星刻の傍らに控えていたことくらいで、そういえば飲み物はどうですかと差し出されたトレイの上に美味しそうなオレンジジュースがあったからそれを貰って…貰って……?
「それからどうした?」
何だか本当に見事なくらいに記憶がないのだけれど、ここはどう見ても自分の部屋なわけで、そうなるとどういう手段を使ってか自分は戻ってきたということになり、それが欠片も記憶にないということはもしかして星刻が運んできてくれたとかそういうことじゃないだろうかと思えば、ルルーシュの顔が瞬時に青くなる。
「兄上に怒られる…」
ルルーシュ命のシュナイゼルではあるが、礼儀や人付き合いには人一倍厳しいのだ。
ましてや相手はシュナイゼルの親友の星刻で、ルルーシュとはそれほど親しくない。
それなのに酔っ払って眠りこけてしまったので送られてきましたなんて事態はとんでもない失態だ。
とりあえず星刻にも謝罪を入れてシュナイゼルにも謝っておかなければ。
頭痛も忘れて着替えを済ませた。
制服はどうやら星刻が一緒に持ってきてくれたらしく、ソファーの上に置かれた紙袋の中に入っていた。
今日は終業式だから学校にも行かなければならないし、ルルーシュの頭は軽くパニックだ。
時間は午前6時半。
いつもよりは少々早いくらいだから、多分シュナイゼルも起きているだろう。
リビングではルルーシュの予想通りシュナイゼルが寛いでいた。
新聞を片手にコーヒーを飲む姿は、我が兄ながら決まっている。
「やあ、おはよう。ルルーシュ。いい夢は見られたかい?」
「お…はようございます、兄上。随分とご機嫌そうで…何かありましたか?」
進められるまま席につけば、メイドが紅茶を淹れてくれる。
シュナイゼルは朝はコーヒーを飲むのが好きだが、お子様味覚のルルーシュはコーヒーは苦手なのだ。
そのためルルーシュは毎朝紅茶を飲む。
本日の紅茶はダージリン。
すっきりとした味はルルーシュの好みだ。
「うん、いいことならいくつかあったよ。でも一番は、ルルーシュがくるくる君と別れたってことかな」
朝から呑気に爆弾が投下されてルルーシュは危うく紅茶を噴出しかけた。
寸前で堪えたのは我ながらよくやったと思う。
「あ…兄上…?! どこからそれを?!」
「え? 昨日君が言ったんじゃないか。『スザクなんて知らない。あいつとは恋人なんかじゃない』ってはっきりとね。ロロも聞いてたし、あぁそうだ星刻も一緒にいたから疑うなら聞いてみるといいよ」
「いや…疑うじゃなくて…。兄上、スザクはくるくるじゃなくて枢木です」
「あぁ、そう? 別にどうでもいいよ。もう関係ないし」
あっさりと言い切るシュナイゼルに、スザクの名前を覚える気ははっきりとないらしい。
そうかロロまでそこにいたか、というか星刻もいたんだ…。
「兄上…その、星刻なんですけど」
「あぁ、何か無理やりつき合わせて悪かったって言っていたよ。今度埋め合わせするって言ってたからせいぜいこき使ってやりなさい」
事情は聞いているのだろう。
怒られる様子はないことから、おそらく星刻が上手く言ってくれたのかもしれない。
むしろ原因は星刻にあるのだからルルーシュがそこまで気にする必要はないのだが、変なところで律儀なルルーシュはそういうことには思い至らない。
「そうだ。ルルーシュ。今日は学校は休んだ方がいいと思うよ」
「何でですか? 終業式ですよ?」
「終業式だからだよ。丁度私もしばらく休みだし旅行でも行こうか。何だかリッツのコーヒーが飲みたいね」
「リッツホテルはパリです兄上。コーヒー一杯のために出かける必要はありません。どうしたんですか一体」
シュナイゼルがいきなり突拍子もないことを言うのはいつものことだけれど、今日はそれに輪をかけておかしい。
さすがに何かあるとルルーシュがシュナイゼルを睨み付けると、シュナイゼルは穏やかな笑みを浮かべたまま読んでいた新聞を差し出してきた。
シュナイゼルがいつも読んでいるのは経済新聞だが、それとシュナイゼルの不思議な言動と何か原因があるのだろうかと思い目をやり――絶句する。
「中々綺麗に撮れてると思わないかい? まあ新聞記者ではルルーシュの美しさは100分の1も収められないとは思うけど、それでも及第点をあげてもいいかな」
「………………」
経済誌の一面とは思えないほどに大きな文字で書かれている『黎財閥御曹司に婚約者。お相手はブリタニアコンツェルン社長令嬢』の文字。
数多の女性を退けて御曹司を射止めたのは17歳の美少女だの卒業を待って結婚かだのシャルル会長公認の婿候補だの書きたい放題だ。
好意的に書かれていることが唯一の救いだが、ルルーシュの素性や学校名、果ては学校の成績までもが見事に掲載されている。
自分にプライバシーはないのかと怒鳴りたいが、怒りのあまり言葉も出てこない。
そもそも自分は星刻の婚約者ではないし、あれは偶然の出来事だったのだし勿論それを父親が知っているわけないのだから公認であるはずがない。
何よりもわずか1日――いや、実際パーティーがあったのは夜なのだから数時間足らずで調べたにしては素晴らしいほどの個人情報漏洩だ。どうしてくれよう。
「その記事のせいで家の前はパパラッチの山だよ。さすがに門を飛び越えて侵入しようとしたカメラマンは警察に連れて行ってもらったが、この分だと学校にも張っているだろうね」
「…何でそんなに機嫌いいんですか?」
「だってこの記事を見たくるくる君がどんな顔をするかと思えば楽しくてね」
「………」
どうやらシュナイゼルはとことんスザクを嫌いらしい。
まあそれはもうどうでもいいのだが、問題は自分が置かれている境遇だ。
ええいどうしてくれよう経済誌のくせにどこぞのゴシップ記事顔負けの嘘八百を並べやがってと罵りたいが、ナナリーが起きてきてしまってはそれもできない。
ぐしゃり、と新聞を握りつぶすして隠すのが関の山だ。
それなのにナナリーはにこやかに爆弾を投下してくる。
いやナナリーに悪気はこれっぽっちもないのだけれど、今のルルーシュには衝撃が大きすぎた。
「星刻さんをお義兄さまとお呼びしたほうがいいのでしょうか?」
ルルーシュはがっくりとうなだれた。
「ところで、ルルーシュ。リッツとヒルトンどっちがいい?」
「…リッツでお願いします」
とりあえず国外に逃げよう。
ルルーシュはそう決心した。
- 08.12.16