雪が降ってきた。
街はイルミネーションに彩られ、周囲は恋人達で溢れかえっている。
12月24日。
史実では聖人が処刑された日であるが、世間ではそんなことは関係なく恋人たちのイベントの日だ。
ただでさえ幸せな雰囲気が街中に満ちているというのに、ホワイトクリスマスなんてお膳立ては完璧すぎて嫌味だ。
本当ならばルルーシュも例に漏れず恋人と楽しい時間を過ごすはずだったのだ。
――そう、今日の昼までは。
ルルーシュが幼馴染のスザクと恋人同士になったのは1ヶ月前。
それまで異性として意識したことはなかったわけではないが、幼馴染という居心地のいい関係が2人の仲を進展させていなかった。
それを破ったのはスザクで、ずっと昔から好きだったんだという告白とともに抱きしめられた。
それからスザクはルルーシュにとって特別な人になった。
どちらかといえば人見知りをするルルーシュと違いスザクは明るく社交的で、ルルーシュと付き合う前にも何度か女の影が見えていた。
兄のシュナイゼルはあの男は女癖が悪いからルルーシュにふさわしくないと言っていたが、それでもルルーシュにとってスザクは初めて恋人と呼ぶ相手で、シュナイゼルが反対していようが別れるつもりはなかった。
だが、浮気の現場を目撃しては話が別だ。
昼の保健室。
校医に頼まれた資料を届けるために保健室を訪れたルルーシュが目撃したのは、情事の真っ最中のスザクと見知らぬ女生徒。
保健室をそういう目的で利用する生徒がいるとは聞いていた。
だがまさか自分がその現場に遭遇することになるとは思ったことなかったし、ましてやそれが恋人の浮気現場だなんて想像したこともなかった。
バサリと足元に散らばったプリント、見開かれた翡翠色の瞳。
勝ち誇った笑みを浮かべる紅い唇。
どうやって教室に戻ったかわからない。
スザクの顔が見たくなくて、気分が悪いからとそのまま早退した。
声も聞きたくなかったから携帯の電源も切った。
今日はスザクと過ごすから遅くなると言った手前家にも帰れないし、見つかる危険があるため馴染みの喫茶店で時間を潰すこともできない。
途方にくれたままルルーシュがやってきたのが、大きなツリーが目印のこの場所だ。
待ち合わせのカップルばかりのこの場所では、女1人というのは目立つだろう。
ましてやルルーシュは絶世の美少女だし、長時間ずっとそこにいたせいで身体はすっかり冷え切っている。
間近で見れば泣きそうな表情をしていることがわかっただろう。
だがここは恋人の待ち合わせの場所で、ルルーシュのように1人で待つ少女も少なくない。
幸せそうな恋人達。
本当ならばルルーシュも彼女たちと同じだったのに、どうしてよりにもよって今日なのだ。
シュナイゼルには泣かされる前に別れろと何度言われただろう。
その度にそんなことないシュナイゼル兄上なんか嫌いだと反発していた。
多分シュナイゼルは気づいていたのだろう、スザクの本質を。
今になってそれがわかるなんて、自分は何て愚かなのだろう。
男を見る目がないなんてものでは済まされない。
幸いなのは、ルルーシュとスザクが男女の関係にはなってなかったということか。
「…ふ、それが救いになるかどうかは別だがな…」
今時珍しいと言われるほどルルーシュは恋愛に疎かった。
義兄のシュナイゼルから溺愛されて育ったせいだろうか、男女の関係についてはスザクが驚くほどルルーシュは無知で、何度かスザクが身体を求めてきたときもどうしても怖くて受け入れられなかったのだ。
そのせいで浮気されたのだろうか。
スザクにとって恋人とは自分の性欲を満たしてくれる存在であって、セックスができないのならば付き合っている意味はないのだろうか。
それともルルーシュが拒否するから他の女で性欲を処理していたとでも言うのだろうか。
どちらにしても女を馬鹿にしていると思うのだが、それでも怒りよりは悲しみが胸を占めている。
時刻は夜の6時。
この場所へ来てからまもなく2時間が経過する。
いい加減移動しないと周囲から怪しまれるだろう。
でも何処に行けばいいのか――。
「ルルーシュ…?」
低い、スザクとは違う声が自分を呼んだ。
躊躇うような声はあまり馴染みのないもので、ルルーシュは重たげな仕草でゆっくりと顔を上げた。
視界に入る長い漆黒。
「星刻…」
上質なカシミアのコートを纏って不思議そうな顔をしているのは、黎星刻。
黎財閥の御曹司で、シュナイゼルの友人。
何度か家に遊びに来たことがあったのでルルーシュも面識はあった。
「どうしてここに…?」
「それはこちらの台詞だ。どうして君がこんな場所にいる? そんな青い顔をして…」
「あ…」
何と答えていいのか迷うよりも、唇が凍えて声がうまく出なかった。
星刻の秀麗な眉が潜められる。
ふわりとかけられたのは星刻が羽織っていたコートで、柔らかい感触とともに彼が愛用している香りが鼻腔をくすぐった。
「冷え切っているじゃないか。無理にしゃべろうとしなくていい。…まったく、何時間ここにいたんだ…。とにかくこっちに来るんだ」
会ったのは本当に数回。
しかも最後に会ったのは1年前だ。
大した会話も交わしていなかったはずだが、星刻は覚えていてくれたらしい。
大きな手に促されるままに歩いていくと路上に黒塗りの車が停まっていた。
「信号待ちをしていたら見たことある姿があったからどうしたのかと思ったぞ。恋人と待ち合わせかと思ったのだが、それにしては表情が浮かないし…何かあったのか?」
「…いや…なんでも、ない…」
「……」
ルルーシュを後部座席に押し込み、次いで星刻も乗ってくる。
運転手に出せと告げれば突然現れた見知らぬ女が同伴でも運転手は何もなかったかのように車を発進させた。
「家に送っていく。いいな?」
ルルーシュが無言で首を振ると星刻がわずかに目を細めた。
家に帰ればスザクがいるかもしれない。
スザクがいなくても家族がいる。
シュナイゼルは多分恋人とデートだろうから問題ないが、ナナリーやロロに理由を聞かれたら何て答えたらいいのか。
弟妹に心配をかけたくなかった。
少なくともルルーシュ自身の気持ちの整理がつくまで、まだ家には帰りたくなかったのだ。
きつく唇をかみしめているルルーシュに何を思ったのか、星刻は小さくため息をつく。
「では、私の用事に付き合ってもらおう。それでもいいか?」
こくん、と頷く。
彼の用事が何かは知らないが、このまま家に帰されるよりは数段ましだった。
「あ…でも恋人とデートとか…」
「それはない。安心しろ。いくら何でもデートに女性を同伴はできない」
「そうか…」
「目的地までは少々遠い。そうだな、寄り道もするから眠かったら寝ていていいぞ」
「別に、眠くない…」
子供扱いされてルルーシュは反論するが、身も心も温かくなったような気がして、気が付けばまどろみに身を委ねていた。
- 08.12.12