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白蘭木円舞曲 02


「……………………ここ、は?」

ルルーシュは目の前に広がるきらびやかな世界に目を丸くしていた。
いつの間にか眠ってしまったルルーシュが着いたぞと起こされたのはホテルの前だった。
三ツ星のつく高級ホテルだ。
手を引かれるまま車を降りたルルーシュはそのままホテルの一室に押し込まれた。
室内には3人の女性。
まあ何てお美しいという言葉とともに3人の女性に囲まれてしまい、あれよあれよという間に制服を脱がされ着替えをさせられメイクを施された。
まるで着せ替え人形のような状態に言葉もなかったルルーシュがようやく我に返ったのは、藤色のワンピースに着替えさせられて星刻の前に突き出された時だった。

「よく似合っている。サイズもぴったりだったか」
「さすがですわ。星刻様。お電話でお伺いした時はどうなることかと思いましたが、本当にイメージ通りのお方でわたくしどももびっくりしましたわ。何てお美しい方でしょう」
「忙しい時に無理を言ってすまなかったな」
「いえいえ、このように楽しいことでしたらいつでも」

にこやかに笑いながら女性たちは帰っていく。
残されたのは現状を把握できないルルーシュだ。
ルルーシュは致命的に突発事項に弱い。
そして意外と強引な行動にも弱かった。
理由もなく腕を引かれるまま連れてこられたのがこの広いロビーで、一切の理由を聞かされないままルルーシュはその中央へと連れてこられたのだ。
見るからに紳士淑女の集まるパーティー会場であっという間に人に囲まれてしまい、星刻の立場を知っているルルーシュとしては状況の説明を求めるどころではない。
どうやら招待されたのだろうとは思うが、自分が傍にいて誰も疑問に思わないのはどうしてだろう。
ルルーシュ自身もヨーロッパに拠点を置くブリタニアコンツェルンの令嬢で18歳を過ぎ社交界にデビューすればこのようなパーティーには頻繁に赴くことになるのだろうが、ルルーシュはまだ未成年――しかも父兄の溺愛が過ぎて表舞台での知名度はほとんどない。
つまり、学校行事ではない大人の集まるパーティーは初体験なのだ。

「星刻…これはどういうことだ…」

ようやく人の波が切れた頃合を見計らって星刻へと囁く。
勿論表情は笑顔だが、至近距離で見た星刻には目が笑っていないことに気づいた。
当然だろうと思う反面、いきなり公の場に出されたにしては堂々としていたルルーシュに感心もしていた。

「私の用事に付き合ってもらうと言っただろう。父上の代理でどうしても外せないパーティーがあってね。1人で来てもよかったのだが女性が一緒にいるほうが煩わしいことも減ると思ったのさ」
「だからってどうしてお…私が…」

思わず普段の言葉遣い通りに「俺」と言いそうになって慌てて言い直した。
ルルーシュの言葉遣いは少年のそれだ。
シュナイゼルに溺愛されすぎた反発だろうか、それとも幼馴染のスザクが原因か。
とにかくルルーシュは物心ついた時は少女らしい言葉遣いをしていたのだが、気が付いたら男言葉に変わっていた。
ぶっきらぼうなそれは凛とした美しさを持つルルーシュには似合っていたし、実際学校内にあるファンクラブでも男女問わず人気が高い理由の1つではあるが、そろそろ年頃なのだから少しずつ直していかないと後になって困るのはルルーシュだ。
最近ようやく自覚してきたのだが、それでも咄嗟のことになると昔の言葉に戻ってしまうのだが、これはもう早く慣れるしかないのだろう。
星刻はそれに気づいたが気づかないフリをした。
どうせ家でシュナイゼルに嫌というほど指摘されているのだろう。
幸い誰も聞いていなかった。

「帰りたくないと言ったのは君だろう。君は特に話す必要はないから傍にいてくれるだけでいい。何、1時間もすれば隙を見て退散できる」

悪びれない様子でソフトドリンクを手渡す星刻に、ルルーシュは先程までの落ち込みも怒りもどこかへ消えてしまった。
状況はどうあれここでこうして時間を潰しているほうがツリーの前で凍えているよりも健康的かもしれない。
…何やら論点がずれているような気がするのは気のせいだろうか。

「…仕方ない。借りは返す主義だからな。1時間だけお前の連れを演じてやる」
「助かるよ」

ルルーシュのプライドの高さを知っているのか、星刻は目元を赤くしてそっぽを向いたルルーシュに口元だけで笑った。
シュナイゼルから何度となく相談を受けていたため、ルルーシュの状況はよく知っていた――星刻が望もうが望まなかろうがそれはもうものすごく詳しく聞かされていたのだ。

どうしてあの子はあんな男を選んだんだ、あの男はどう見ても女ったらしの最低男だ、いや確かにルルーシュのことは大切に思っているのだろうが下半身の誘惑には圧倒的に弱そうだ、ルルーシュは純粋培養で育ててきたからあんな節操なしには勿体無い、ああ勿体ない、どうしてくれようあの男、おい星刻、お前のところの暗殺部隊をよこせ、何大丈夫、証拠は残らないようにやるさ、ルルーシュを悲しませる男を排除するためなら金は惜しまないぞ、第一ルルーシュは私が認めた相手でなければ嫁には出さないと決めているんだ、父上は頼りにならないからな、私がじっくり見定めてやらないと、ルルーシュの花嫁衣裳はやはり白でお色直しは最低でも3回、あぁやっぱり綺麗だろうな、お兄さま今までありがとうございましたなんて…いや、まだあの子は嫁にはやらんぞetc...

シュナイゼルという男は沈着冷静、眉目秀麗、頭脳明晰とおよそ美辞麗句のオンパレードのような男だが、唯一の欠点は究極のシスコンだということだ。
しかも長女ルルーシュ限定。
弟妹は他にもいるのにルルーシュのことになるとどうしてあそこまで壊れるのだろうかと常々不思議だったのだが、こうして本人を前にしてみると成る程確かにシュナイゼルの気持ちもわからなくはない。
母親マリアンヌ譲りの美貌は西洋人と東洋人の美しさを併せ持っており、髪は漆黒で瞳は紫。肌は透けるように白く、ほっそりとした肢体は女性としては少々見ごたえがないかもしれないが全体的にバランスが取れていて美しい。
とにかく、絶世の美女という形容が相応しい少女なのだ。
しかも性格はあの兄に育てられたにしては奇跡的にまっすぐ育ったらしく、純粋培養。無垢。
更に突発事項に弱いとなれば男はつけこみ放題だ。
シュナイゼルが慌てるのも頷ける。

とは言えあの暴走ぶりは問題があるとは思うのだが。

ルルーシュは連れてこられた当初の強張った表情を消してにこやかな笑みを浮かべている。
それは表面上だけだろうが、少なくとも1人っきりで途方にくれていた表情はなくなったことに内心安堵した。
あんな――泣くことすら自身に許さない哀しそうな様子は見ていられない。
何があったのかはおおよそ見当がつく。
今日はクリスマスイブ。恋人同士が過ごす日だ。
しかもつい先日ルルーシュがスザクと一緒に過ごすという旨の愚痴をシュナイゼルから延々と聞かされたばかりだ。
本当に偶然見つけたのだがよかった。
ルルーシュは誰もが目を奪われるほどの美少女であることは星刻も認めている。
妹のナナリーのように甘い顔立ちはしていないが、凛としたたたずまいは見る人の目と心を奪う。
あのような場所で1人でいれば悪いことを企む輩がいないとも限らない。
そして男に警戒心を抱いていないルルーシュが連れていかれてしまう可能性は限りなく高い。
そう、このように。
まるで自分も悪い男の一員であるかのように星刻は自嘲する。
実際シュナイゼルに言わせれば、弱っているルルーシュを唆す男は問答無用で抹殺する対象らしいから、あながち外れてもいないだろう。
この場合星刻に下心があるなしは関係ないのだから。
それでも、放っておけなかったのだ。
ルルーシュを同伴していけば煩わしい女から声をかけられることもないだろうという目論見は当然あったのだが、それは予想以上の効力を発揮してくれたみたいで密かに感謝している。
今まで女性を同伴したことのない星刻が連れてきたのが、いかにも名家の令嬢といったルルーシュだったから、効果は抜群だったらしい。
今も遠巻きに女性たちが何やら囁いているが、ルルーシュは付かず離れずの距離に控えていて寄って来ることもできない。
場慣れしていない彼女には少々居心地が悪いかもしれないが、あと1時間ほど我慢してもらおう。
その後食事でもご馳走して家に送っていけば問題はないだろうし、その頃までにはルルーシュの気持ちも整理できているだろう。
そんなことを考えていれば、不意にことんと腕に何かの重みが乗った。


「しんくー…」
「ルルーシュ?」

気分でも悪いのかと視線を動かせば、星刻の右腕にしがみついているルルーシュの姿。
ぴったりとくっついてくるのは普段のルルーシュにしては珍しく、一瞬恋人役として演技でもしているのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
見上げてくる紫水晶は艶やかな輝きを放っており、普段の知的な輝きは見当たらない。

「あのな、星刻…」

くすくすと笑いながらしなだれかかってくる――もとい寄りかかってくるのはやはり普通ではなく。
そんな彼女の手には、繊細な細工のフルートグラス。
オレンジ色のドリンクは最初に自分が渡したものとは違っていて。
色はソフトドリンクと同じようだが、そのグラスは間違いなくアルコールが入っているだろう。

「まさか…」
「なんか、あっついんだけど…」

上気した頬、潤んだ紫水晶の瞳。
間違いない、酔っている。
目を離したのはほんの僅かな時間だから量はそれほど飲んでいないだろうが、何せシュナイゼルが溺愛している少女だ。
アルコールなど飲んだことがないのかもしれない。
もしくは致命的に弱いか。
どちらにしろこれは色々な意味で危険だと判断した星刻は、一見すると甘えているように見えるルルーシュの肩を抱き、周囲に失礼にならないように挨拶をすませるとそのまま会場を後にした。

「ほら、もう少しでいいから歩いてくれ。人目がなくなったら運んでやるから」
「んー…」
「まったく、ファジーネーブルなんて度数の高い酒なんて飲むんじゃない」
「だって、美味しそうだったしぃ〜」
「あぁわかってるよ。アルコールだと思わなかったんだな」
「そのとおり〜」

くすくすと笑うルルーシュに楽しそうな酔い方で助かったよと投げやりな言葉を吐いた。

「星刻ってばつめたーい」
「冷たくて結構だ」
「でもスザクより優しい…。スザクのばーか」
「…自棄酒か」

まあどちらにしろ連れてきたのは自分なのだから恨み言を言うつもりはない。
人気がなくなったのを確認して、本格的に眠りそうなルルーシュを抱き上げると、細身の身体は難なく腕に収まる。
その軽さに少々驚きながら、待機していた車に乗せた。
すでに熟睡態勢に入っていたルルーシュは星刻の膝の上で夢の中だ。
星刻は携帯電話を取り出し慣れた番号を押した。

「…私だ。あぁそうだ、恋人との逢瀬を邪魔して悪かったな。…いや、そうではない。お前のところの妹…あぁそうだお前の愛しい愛しいルルーシュだよ。いや、ちょっとした偶然でこちらの都合に同行してもらうことになってね、本人の了承も得たし一緒にいたんだが…その…手違いでアルコールを飲んでしまったらしく眠ってしまったんだ。あぁ、別に何か企んでとかではない安心しろ。というか冷静になれこのバカ者が。だから、これから彼女を家まで送っていく。さすがに弟妹に心配かけさせたくないだろうからお前に彼女を渡したいんだが…借り? 何を寝ぼけているんだ。お前に貸しは山のようにあっても借りなどひとつもない。あぁそうだな。任せるよ」

通話を切りそのまま電源を落して携帯をポケットにしまいこんだ。
会話の端々に何やら不穏な発言があったような気がするが、ルルーシュが絡んだときのシュナイゼルは常の冷静さを8割ほど失っているので気にしないことにしている。
どのような夢を見ているのか、幸せそうな寝顔は最初に見た表情に比べれば格段の違いだ。
まるで兄のような心境だと思えば、シュナイゼルの気持ちも多少は理解できる。
――本当に多少だが。

「とりあえず助かったよ、ルルーシュ」

頭を撫でれば嬉しそうに口元が笑った。
多少のハプニングはあったが、それはそれで場を離れる格好のタイミングだったし、後日何やら言われるかもしれないが知らぬ存ぜぬで通せるほどのレベルだ。
第一ルルーシュのことは社交界でも公にされていないため、ルルーシュの素性がばれるようなこともないだろう。
未成年に飲酒をさせてしまったということは褒められたことではないが、総じて星刻には好都合だった。



だから、シスコン兄貴の嫉妬にも似た嫌味は今回だけは享受しておこう。


  • 08.12.13