世界を二分する戦いが、今、正に始められようとしている。
片方は神聖ブリタニア帝国。
帝位を簒奪した女王ルルーシュが率いる軍隊は、今や世界で最も恐ろしい軍と言えるだろう。
何しろ兵士に死という概念がない。
ルルーシュが命じるままに戦い、ルルーシュが望むように捨て駒として命を散らす。
恐ろしいほど非情で、だが確実に効率的な戦法を行う相手である。
もう片方は、彼女の統治する世を否とする超合集国。
軍を指揮するのはブリタニア帝国の元宰相シュナイゼル。
そして統治者であるゼロを失った黒の騎士団。
不思議なのは、誰もがこの矛盾に気が付かないことだ。
シュナイゼルは元ブリタニア帝国でNO.2と呼ばれた人物だ。
鮮やかな手法でEUの3分の2を奪っていった彼のその手は、ルルーシュ以上に他人の血で汚れている。
EUにとっては不倶戴天の敵であろうに、それでも世界を統一するというルルーシュに対抗するためなら手を組むというだろうか。
そのような信頼が出来る相手だと思うあたり、彼らの人を見る目というのは存外頼りないものだとジノは失笑する。
ジノは皇族に近しい家系に生まれ、一時は皇女の婚約者候補だったこともある出自の人間だ。
帝国内の御家騒動とて目立ったものから表沙汰にならないようなものまで熟知していると言って良いだろう。
更には皇帝直属の騎士であったことから、シュナイゼルの人柄は他人よりは知っている。
あれは、決して油断のならない人物だと。
シュナイゼルは獲物を狙う猛禽のような人物だ。
普段は無害そうに距離を保って接し、いざ時がくれば一瞬の間に全てを奪ってしまう。
狙われた獲物はそうと気づかずに命を落とすのが常だ。例外はない。
そしてそんなシュナイゼルの全面戦争を受けて立ったルルーシュの人柄は、それはもうこれ以上ないと言う程に知り尽くしている自負はある。
だからこそこの戦争の結果がどうなるか、ジノは良く知っているのだ。
(何と残酷な方だ)
瞼の奥に焼き付いて離れない敬愛すべき主君に、ジノはそっと問いかける。
ジノに与えられた役割は、シュナイゼルの手駒として全力で戦うこと。
必要とあらば自分を討っても構わないと、そう言われた。
それがどれほどジノに痛苦をもたらすか知らない彼女ではないのに。
だが、ジノに拒絶の言葉はない。
何故なら、ジノは騎士だから。
主が望むことを最大限の力で叶えるために存在する者だから。
太陽が西に傾き、黄昏が空を覆い尽くしていく。
美しい景色だと思う。
この景色が明日には血に染まるのだろう。夥しいほどの兵士の血で。
勝者は果たしてブリタニアか超合集国か。
「こんなところにいたのね」
凛とした声が背後からかけられた。
ゆっくりと振り向けば視界に映る深紅の髪。
「カレン」
「明日が決戦だっていうのにこんなところでぼんやりしていていいの?」
「問題ないよ。私はいつだって戦える」
「あぁ、そうですか」
黒の騎士団のエース。紅蓮のパイロット。アッシュフォード学園の学生。
香月カレン。
主を――ルルーシュを見捨てた女。
なのに自分はルルーシュに利用されたのだと、逆賊皇帝ルルーシュを討つと豪語しているなんておかしな話だと思う。
「でも、正直意外だったわ」
「何がだい?」
「あんたはルルー――皇帝と親しかったから。あっちにつくんじゃないかって正直思ってた」
「そんなの簡単だ。私は騎士だからね。剣を捧げる人のために戦うのが当然なんだ」
「シュナイゼルか……。うん、でも、安心した。あんたがスザクみたいにならないで」
「やめてくれないか。あの男と私は違うよ」
「うん。疑ってごめん」
カレンは満足そうに頷いて戻っていった。
その後ろ姿を見送り、ジノは低く呟く。
「そう、私は『姫様の騎士』だからね。あの方以外に捧げる剣を持ってないんだ」
それがどんなに理不尽な命令であったとしても。
彼女が望む未来を与えるのが自分の役割なのだ――スザクとは違う。
まもなく、戦いが始まる。
◇◆◇ ◇◆◇
決着は誰もが驚くほど簡単についた。
皇帝ルルーシュによるダモクレスの掌握により、多くの犠牲を出した戦争は僅か1日で終結した。
シュナイゼルを始めとした黒の騎士団のメンバーは悉く捕らえられ、ルルーシュの凱旋パレードの後に処刑されることが決定した。
ジノもまた、拘束されて連行されている。
パレードに集まった国民の誰もが磔にされたまま連行されていく黒の騎士団に憐憫の眼差しを向けている。
これでルルーシュによる独裁を止める手段がなくなったのだと、そう嘆く声がここまで聞こえてきた。
人込みに紛れて誰かは特定できない。
声を発したのは1人でも、この場にいる多くの者がそう思っているのは否定できない事実だ。
その証拠のようにルルーシュの偉業を讃える声はあるが、彼らの表情は誰もが沈んでいる。
そんな中、1人だけ満足そうに微笑んでいる人物がいた。
皇帝ルルーシュ本人である。
最愛の妹を虜囚よろしく鎖に繋ぎ、見せしめのように粗末な服を着せ、その上座に座して優雅に足を組んでいる様は誰が見ても美しい。ただし、魔物のようだと人は言うだろう。
「――?」
ゆっくりと進んでいた車が突然停止した。
何かの合図のように視界が開き、そして前方に見慣れた人物が見えた。
漆黒のマントと黒い仮面。
悠然と佇む姿は誰もが知っている。
「ゼ、ロ――?」
「まさか、だってゼロは死んだんだろう?!」
「でも……」
そんな声が聞こえると同時に銃撃が響いた。
それと同時に駆け出す仮面の男。
警備を指揮していた男の頭を軽々と飛び越え、虜囚となったシュナイゼルもナナリーも無視して一直線にルルーシュへと向かっていく。
あまりの速さに誰もが声を上げることすら忘れていた。
立ち上がったルルーシュの胸を持っていた剣で貫く。
ゆっくりと傾いていく身体。赤く染まる純白の装束。
少女の悲鳴をかき消すほどの歓声に、全てが終了したことを悟った。
ジノは天を仰ぐ。
これが、彼女が望んだ未来。
全世界の敵となったルルーシュを正義の味方であるゼロが討つ。
力で人を捻じ伏せることの恐怖を身を持って体験した国民は、二度とこのような独裁者を出さないようにと努力するだろう。
それは、確かに平和への第一歩だ。
だが――。
「すまないが、これを外してくれないか」
ジノは己の下に立つ男にそう告げた。
混乱しているせいか、男は大慌てでジノの枷を外して地面に下ろす。
そしてジノに続くように1人、また1人と枷から解放されていく。
そんな彼らに視線を向けることなく、ジノはゆっくりと足を進めた――逆賊皇帝の骸へと。
そして正義の味方であるゼロへと声を掛ける。
「なぁ、ゼロ。もう良いだろう」
「――――」
「そろそろ私に姫様を返してくれないか」
「ジノ……?」
カレンが信じられないというように目を見開いているがどうでも良い。
ジノが欲しいのは彼女だけ。
無残な骸と成り果てた、愛しい愛しい少女だけなのだから。
「遺体まで辱めるのがゼロの自論だとは思いたくないんだ。――私の許嫁を返してくれ」
「っ?!」
驚愕の声が上がったのはカレンだけではない。
ナナリーが泣きはらした顔をジノへ向ける。
「お姉さま、の……?」
「えぇ、ナナリー様。私は13年前にルルーシュ皇女の許嫁に内定されていたんです。マリアンヌ様殺害に伴い解消されましたが私は承服しておりませんので、彼女は今でも私の許嫁です」
貼り付いた笑みでナナリーにそう答え、ジノは再度ゼロへと視線を向けた。
その視線は先程とは違い険しくなっている。
反対されたら武力に訴えてでもという眼差しだ。
「さあ、ゼロ。私は同じことを何度も言うつもりはないよ。返してもらえるね」
「――――――よかろう」
「賢明な判断だ」
ジノは壊れ物を扱うように血塗れのルルーシュを抱き上げた。
細い身体は苦もなくジノの腕に収まる。
また少し痩せたのだなと思えば、彼女が今回の作戦にどれだけ尽力してきたかが窺える。
「貴女はいつでも無茶ばかりだ」
ポツリと呟いた言葉には、隠しきれない感情が含まれていた。
愛情、憐憫、後悔。
そのどれもが混ざった声は、やはり歓声にかき消された。
「ふざけるな! 逆賊皇帝は晒し首にしろ!!」
ルルーシュの亡骸を伴い去ろうとしたジノの背中に誰かがそう罵声を浴びせた。
ピタリ、と足が止まった。
ゆっくりと振り返るその殺気立った眼差しに射抜かれて、当事者でもない男達がバタバタと崩れ落ちる。
「あぁ、やはり外野は煩いな」
酷く不愉快そうにジノはそう呟いた。
抱えていたルルーシュを片手に持ちかえて、ジノは己の右手で両の眼を覆った。
遮られていた目線が再び衆人環視の前に晒された時、ジノの両目には刻印のような印が記されていた。
気付いたものはおそらく数名。
ナナリーが目を見開き、カレンが顔色を変えた。
ゼロの表情は見えないけれど、身じろぎしたことを見るとどうやら察したらしい。
「私の邪魔をするな」
毅然とした声が周囲を支配する。
静寂に少しずつ動揺と困惑が戻ってきた時には、皇帝とその騎士と名乗る男の姿は忽然と消えていた。
その後、どこを探しても彼の姿を見つけることはできず、捜索隊は次第に縮小していき、皇帝暗殺から半年ほど経過したある日、誰にも知られることなく彼の捜索は打ち切られることとなった。
世界が平和へと歩む中、その後の彼の消息を知る者はいない。
- 12.11.26