小さな村に、ある有名な夫婦がいた。
金髪碧眼の美青年と、黒髪紫瞳の美女。
すらりとした長身が特徴のこの美男美女夫婦は、数年前に村にやってきた新参者だ。
余所者を忌避することが多い辺境の村人は、だが領主の紹介だとやってきた夫婦を好意的に受け入れた。
村の中心から外れた一軒家に居を構えた夫婦はまだ若く、20代前半だというが表情によっては10代にも見える。
だが両名ともに気品のある顔立ちをしており、とても田舎に住むようなタイプには見えなかったのだが、おそらく何かわけがあるのだろうと村人は勝手に推測して質問を避けていた。
夫は端整な顔立ちをしているだけでなく体つきも引き締まって身のこなしもしなやかで、いかにも貴族の若様もしくは騎士といった風情。
そして妻は傾国の美姫と呼んでも可笑しくない程に美しかった。
肌は白く髪は艶やかで、ほっそりしていながらも出るべきところは出ている肢体はどの女性も憧れるほどに女性として完璧だ。
まるで騎士と姫君みたいだと囃し立てる子供もいたが、その表現は決して比喩ではない。
神聖ブリタニア帝国が滅びてから数百年。
王族も貴族もなくなった世の中では、当然のことながら騎士という存在も耐えて久しい。
そのため村の子供達は物語や逸話でそれらの名を知るばかりだ。
女性に優しく忠誠を誓い、たとえどのような状況においても主を守るために身命を賭す。
そんな『騎士』という存在は、言われて見ると彼に良く似ている。
子供達に『騎士様』と言われて戸惑っていた姿が微笑ましかった。
「ジノ」
村特産のワインを作るために熟した葡萄の収穫に駆り出されてから数時間。
そろそろ小腹が空いてきたなと話していた矢先に玲瓏な声が響いた。
ジノと呼ばれた青年の表情が一気に明るくなり、周囲から現金な奴だとからかわれている。
大きなバスケットを手にやってきたのは彼の愛妻だ。
「ルル」
「そろそろお昼だと思って。パンを焼いたからサンドイッチを作ったんだ。皆で食べて」
「ありがとう。君の料理はどれも美味しいから嬉しいよ」
チュ、と頬に唇を落としてジノがバスケットを受け取る。
周囲から囃し立てる声がするのはいつものことなので、最早気にもならない。
村はずれの若夫婦の熱愛ぶりは誰もが知るところだ。
尤も妻は恥ずかしがりやなのかいつまで経っても照れているようで、そんなところも初々しい。
「皆さんもおお疲れ様です。慣れない作業で主人がご迷惑をかけていなければ良いのですが」
「何の何の。旦那さんは力持ちだから、随分と助かってるよ」
差し入れのサンドイッチを手渡しながら申し訳なさそうな顔をする奥方にそう言えば、安心したように表情を綻ばせた。
いつ見ても美人だ。
目の保養とばかりに男達の視線は彼女に注がれるが、女性達の視線は彼女の旦那に注がれているのだからお互い様だと言いたい。
彼女があまり表に姿を見せない理由を村人は知っている。
黒髪紫瞳という、ブリタニアでは稀有な色彩を持つせいだ。
元々紫の色彩を持つ者はブリタニアでは少ない。
かつては皇族のみに現れると言われていた程だ。
そして黒い髪もブリタニアでは珍しく、その色彩を持つ人物は過去の資料を手繰ればあの逆賊皇帝が持っていたとされる。
在位僅か1年、しかも廃嫡された皇族であったルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの姿を残す資料はない。
過去の汚点を消すのだと言わんばかりに当時の国民が燃やしてしまったからだ。
人柄の伝聞もないためどのような造作をしていたか不明だが、実妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアの容姿と似ているのだろうということで歴史家は意見を纏めている。
今ではほとんど持つ人が少ない黒髪に紫瞳という、珍しい色を2つもその身に纏うだけでなく、類稀な美女である彼女を狙う男は多かっただろう。
ここのように辺境な村ならまだしも、都市部ではまだ権力者が幅を利かせているところもあると聞く。
そのような土地で生まれてしまえば物珍しさから売りとばされたり権力者の慰み者にされる危険もあったのだろう。
もしかしたら権力者に懸想されたこの女性を浚って逃げてきたのかもしれない。
そう村人は推測して、この見目麗しい2人の幸せを願っている。
本日の収穫を終え、2人仲良く家路に向かう後ろ姿を村人は微笑ましそうに見送った。
◇◆◇ ◇◆◇
夜の帳が下りた家の中では、甘い時間に満たされていた。
柔らかい妻の身体を堪能したジノは、息も絶え絶えになっている最愛の妻――ルルーシュを胸に抱き込んだ。
素肌に触れるルルーシュのきめ細かい肌の感触が気持ち良い。
しっとりと汗に濡れた肌はひんやりとして、筋肉質で体温の高いジノの身体を適度に冷やしてくれる。
反対にルルーシュは冷えた身体を温めてくれるジノの肌が気持ち良いのだろう。
うっとりと目を閉じてジノの鼓動に耳を傾けている。
あの日――後世ではゼロ・レクイエムと呼ばれたあの事件の後、ジノはルルーシュの亡骸を伴って帝都ペンドラゴンから姿を消した。
消した先は神根島。
そこに待っていたのはC.C.で、ジノはそこで彼女からコードを引き継ぎ不死となった。
そうして同じく先帝シャルルのコードを引き継いで不死となったルルーシュが目覚めるのを待ったのだ。
最初の蘇生だったからだろうか、ルルーシュの蘇生には3日程かかった。
その間ジノは一睡もせずに、ただひたすらルルーシュの目覚めを待った。
目を開けたその瞬間に彼女へと微笑みかけるために。
「おはよう、私の姫君」
柔らかい笑顔でそう言われた時のことを良く覚えている。
幼い頃と少しも変わらない一途な笑顔。
自分だけに向けられる思慕の瞳。
呪われた身体となったルルーシュに永遠に連れ添うために、同じく不死の身体を選んだジノの手をどうして拒めるだろうか。
自分の知らない所でC.C.とそんな契約を結んでいたことには正直憤りを感じたけれど、そこまでしてルルーシュを求めてくれたことが嬉しかったのも事実。
『ルルーシュ』の人生は一度終了した。
己の書いたシナリオそのままに。
だから、次はジノの望むまま生きようと決めたのだ。
彼が飽きるまで傍にいようと。
生憎数百年という年月が経過しても、ジノが飽きる様子はないのだけれど。
ワインを作り小麦を育て、誰にも脅かされずに日々を過ごす。
そんな当たり前の人生とは無縁だったルルーシュは、あえて辺境の地を選んだ。
帝都は勿論、日本にもあれから足を向けていない。
老いを知らない2人にとってこの地も安住の地とはならないが、あと数年は怪しまれずに暮らせるだろう。
ここは居心地が良いので離れるのは寂しいが、何年経っても年を取らない人間などどれほど親しくてもいずれ気味が悪くなるはずだ。
放浪の生活を続けることが楽しいとは思えない。
だけど、1人でないならどのようなことも乗り越えていけるだろう。
「ジノ、ワイン作りは楽しいか?」
「そうだね。武器を手にして戦うよりも充実しているよ」
「そっか」
「完成したら君に一番に飲んで欲しいな」
「…私がアルコールに弱いって知ってるくせに」
「知ってる。酔った君があまりにも色っぽいから誰にも見せたくないんだ」
「………ばか」
「それも知ってる。私はいつだって君に溺れてるんだ。馬鹿みたいにね」
「ジノ、ありがとう」
「何が?」
「ずっと私を好きでいてくれて。諦めないでくれて」
彼が諦めなかったから、ルルーシュは世界に絶望しなくて良かった。
彼が傍にいてくれたから、不死の身体も怖くなかった。
彼が愛してくれていたから――自分を嫌いにならずにいられた。
うっとりと甘えるようにそう呟けば、ジノの唇が額に触れた。
見上げれば至近距離にジノの顔。
甘い輝きを放つその瞳に捕われる。
「そんなこと、礼を言われるまでもない。私はただ、君が好きだった。好きで好きで、何よりも大切で、だから君を逃がさなかっただけ。諦めの悪さには定評があるんだ」
「ん…」
ようやく手に入れた恋人。
家族からも恋敵からも、そして運命からも奪い取った。自分だけの永遠の愛しい人。
手放すつもりはない。
ジノは可愛らしいことを言う妻の唇を塞ぎ、再びその白い肌へと指を這わせた。
- 12.11.265