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騎士の恋 16


事態はめまぐるしく展開していった。
ブリタニア帝国と黒の騎士団との戦闘の激化、それに伴うゼロの死。
次いでブリタニア皇帝の謎の失踪やシュナイゼルの隠遁など、表に出ない事例も含めればそれこそ両手では足りないほどの事件があった。
だがそれを全て把握している人物はどこにもおらず、又、独裁者でもあるブリタニア皇帝が姿を消してしまっている以上、残された者は静観という立場しかとれず、状況は依然として膠着状態が続いていた。

それを打ち破ったのは、突然現れた少年だった。

否、それは男装した美しい少女だった。

ぬばたまのような漆黒の髪と紫水晶の如き輝きを放つ紫紺の瞳。
かつて閃光のマリアンヌと呼ばれた亡き寵姫に瓜二つの姿に見覚えのある者は多い。
身分が低いながらも宮廷内外で絶大な人気と権力を誇った女性なのだ。
彼女が亡くなってから10数年。多くの者の脳裏にはその勇姿が焼き付いているのだろう。
その彼女の面影を宿す美貌の少女となれば、想像は難くない。
後ろ盾を失い、父親自ら人質として国外に追いやった2人の少女――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニア。
ナナリーは既に保護されている。その外見はどちらかと言えば父親譲りの色彩を持っている。
母譲りの美貌と幼い頃から将来が有望視されていたのは、姉のルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
成長すればこうなっただろうという憶測そのままに美しく成長した少女が、彼らの記憶が正しければ日本との戦争が始まった直後に死亡したと聞かされていた。
勿論妹である皇女ナナリーが無事だったのだ。
姉であるルルーシュが生きていたとて何の不思議もない。
だが、気になるのはその服装だ。
何故彼女はエリア11にある学園の男子用制服を身に着けているのだろうか。
そして何故当然のように玉座に鎮座しているのだろうか。

「私が第99代皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである」

多くの疑問を一身に集めている皇女ルルーシュは、長い足を優雅に組んで眼下に集う全ての皇族に玲瓏とした声でそう告げた。
驚愕に包まれた場内に更に響いた声は前皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを殺害したという報告。
証拠がない以上狂言と斬り捨てるのは簡単だが、一部の皇族は彼女が冗談を言わない人物であると知っている。
幼いながらもチェスでは負け知らず、彼女の相手が務まるのは宰相であり帝国随一の頭脳の持ち主と言われたシュナイゼルのみと言われるほど明晰な頭脳。
母マリアンヌや第二皇女コーネリアのように武力では役に立たないけれど、その明晰な頭脳はいずれ国の宝と謳われるであろうと言われるほど頭が切れた彼女だ。
皇族としての自覚も強く、己の言葉が導く結果を良く理解していた彼女は、たとえどのような場であろうと嘘偽りを言うような子供ではなかったのだ。
そんなルルーシュの発言だから、一部の皇族はそれが紛れもない事実だということを理解した。
何しろ彼女は帝国に捨てられた皇女だ。
母を喪い父に捨てられ、戦争の道具となるために殺害されることを前提として敵国に送られたのだ。
祖国を憎んでいない方が可笑しい。

「誰か、あの痴れ者を捕らえなさい!」

第一皇女の命令に従った衛兵は、だが一瞬後、上空から降り立った少年に一閃されて地に伏せた。
皇女を守る騎士の如く彼女の傍らに立つのは、おそらく知らない者はいないだろう裏切りの騎士の姿。

「枢木、スザク……」

かつて皇女に仕え、皇女亡き後は皇帝に仕えた名誉ブリタニア人。
祖国を、主を救えなかった裏切り者と言われ続けた、だが誰よりも卓越した身体能力を持つ男が皇位を簒奪した皇女の隣で誇らしげに笑う。
その姿が全世界に与えた影響は大きい。

ブリタニアでは皇帝に仕えたラウンズの1人が、皇帝を殺害した人物を護ることへの嫌悪に沸いた。

エリア11では祖国を捨てた男が、着実に権力の座を上っていくことに嫉妬と憎悪を含んだ怨嗟の声が溢れた。

そして、皇女の正体を知る黒の騎士団内部では、最強の敵同士が手を組んだことに対して戦慄を抱いた。

「何であんたがゼロの騎士になるのよ……っ」

自ら主を裏切った少女は自分の行動を棚に上げて、自分が望んだポジションにいる男を画面越しに睨みつける。
悔しい、悔しい、悔しい。
そう思うこと自体が己の身勝手でしかないことに少女は気づかない。

そして何よりも遠く離れた地で、その衝撃的な映像を前に固まる男がいた。

「やって、くれるね。スザク……」

少女の肩に手を置いて微笑む姿に、ジノはギリ、と唇を噛みしめた。
ルルーシュの騎士という立場は、ジノが幼い頃から渇望していた場所だった。
彼女を護り彼女のために戦い、そして彼女のために死ぬことができる唯一の地位。
彼女から全幅の信頼を得ているのは自分だという自負はあるが、だからと言って目の前で見せられる光景を甘受できるほどジノは人間ができていない。
スザクはジノにとって大切な同僚だった。
友となれるかもしれないと思った時もあった。

だが。

(そのポジションはいただけないね)

ひっそりと心の中でそう唱える。
そこに立つのは自分だけだ。他は決して認めない。

突然の内容に言葉を失くしている同僚には目もくれずに、ジノは静かに部屋を後にした。
向かう先は格納庫。
トリスタンの整備は終了しているはずだから、このまま首都に乗り込んだところで問題はないだろう。
ジノはシャルル皇帝の騎士で、皇帝を弑逆した犯罪者を捕らえると言えばどれほどの被害が出ようと不問にされるはず。
あの身の程知らずに思い知らせなければならない。

「あの人は私のものなんだってね」

くすり、と残酷な笑みが口元に浮かんだ。
スザクとの模擬戦は幾度か行っている。
結果は確かスザクの方が勝算は高かっただろうか。
だがそれはあくまでも模擬での上だ。
ジノは模擬戦でも実戦でも本気を出したことは今までに一度もない。
自分が最強だと過信している同僚に思い知らせるには良い機会かもしれない。
勿論傍らにいようが彼女に毛ほどの傷もつけるつもりはない。



「相変らずお前の目は1人にしか向けられていないのだな」



突然響いた声にジノはゆっくりと足を止めた。
通路の先に見覚えのない少女の姿がある。
長い髪を背に流し、趣味の悪い服装をした少女は、少なくともジノの記憶にはない。
異質だと一瞬で理解した。
彼女は「普通」ではない。

「――何者だ」

誰何の声が低くなるのは当然。
誰を暗殺しに来た刺客でも構わないが、ジノの邪魔をするならばこの場で斬り捨てるだけ。
隙だらけの体勢で佇む少女に、ジノはじりじりと間合いを詰めていく。
その鋭い眼差しを受けて、少女がふと口元を綻ばせた。

「お前があいつとの永遠を望むのであれば、叶えてやろう」
「何を――」
「あれは自ら地獄を選ぼうとしている。死出の道行を共にする覚悟はあるか?」

澄んだ眼差しがジノを射抜く。
不遜な物言い、年齢に見合わない傲慢な態度。
何かが記憶に引っかかった。

この少女の姿をどこかで見たことがある。
そう、確かあれは黒の騎士団の――。

「―――成程」

にやりとジノは笑った。
ゼロの愛人と言われた少女の存在はトップシークレットだ。
だがジノはその外見は知識として記憶していた。

「察しの良い坊やは好きだよ。――返事は?」
「聞くまでもない」

伸ばされた手をジノは取った。躊躇いもなく。



「あの方がいない人生など、私には不要だ」



  • 12.10.18