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騎士の恋 15


表面上、日々は穏やかに過ぎていくかに見えた。
笑い、泣き、戸惑い、そうして誰もが少しずつ成長しながら前に進んでいく。
そんな穏やかな日々。

それが途切れたのはあまりにも突然だった。



「シャーリーが…?」



笑顔の似合う少女だった。
元気で明るくて、ルルーシュ・ランペルージが大好きで。
普通の恋する女の子だったはずだ。
毎日学校で恋する相手に出会えることが至上の幸福だというくらい無欲な少女で、彼女の純粋な感情は見ている自分にとっても気持ちの良くなるもので、だからこそ学園の中では好感情を抱いていたのだけれど。
そんな彼女が自殺した。
誰が信じられるだろうか。
だがその身を殺めた銃には彼女の指紋しか残されておらず、目撃者の証言からも彼女が自殺したことは間違いない。
どれほど不自然さを伴おうと公式の発表が覆ることはなく、亡くなった少女が甦ることもない。
娘の墓標に縋って泣く女性の姿。
つい数年前に夫を亡くしたばかりだというから、その哀しみはより深い。
最愛の人物を失って嘆く姿を見るのは何度目だろう
数え切れない程の死を見送ってきた。
自身がその被害者を生み出したこともある。
軍人とはそういうものだ。
命を奪うことの恐怖も後悔も、最早ジノには残っていないのだ。
ジノが守るべき命はたった1つ。
何よりも尊い、敬愛する主君の命だけ。
勿論命だけでなくその心も守るつもりではいるのだけれど。

(ルルーシュ様)

その主君の姿はここにはない。
ルルーシュにとって家族に次いで親しいと言える生徒会の仲間。
その中でも只管にルルーシュへ愛情を向けていた少女の死を受け止められないのだろうかと思い、そして即座に否定する。
彼女は情の深い人物ではあるが、だからといって親しい者の死を受け入れられないほど弱くはない。
何か理由があるのだろう。
1人で悩まないでほしい。
ジノは彼女の心を代弁するように降り注ぐ雨を見遣りながらひっそりと呟く。

(貴女は1人ではないのだから)







   ◇◆◇   ◇◆◇







届いたメールに書いてあったのはたった一言。

『いつもの場所で』

租界の外れにあるホテル。
霊峰・富士山を一望できるホテルの最上階にあるスイートルームが、ルルーシュとジノの密会の場だった。
ジノがラウンズの特権で押さえ、一切の監視カメラを排除したその室内でだけ、ジノはルルーシュの騎士になれる。
葬儀の挨拶もそこそこにホテルに向かえば、そこにいたのは今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに弱り切ったルルーシュの姿。

「ルルーシュ様!」

ルルーシュは気丈な人間だ。
誰かに弱みを見せることを良しとせず、どれほど衰弱しようと疲弊しようと決してそれを余人に悟らせるようなことはない。
だからこそこうして目に見えるほど弱っているのは珍しい。
取り繕う余裕もないのか、それとも相手がジノだからか。
どちらにしろジノが取る行動は1つだ。

雨に濡れた髪をタオルで拭う。
俯いて表情は見えないが、憔悴しきっていることは分かる。
それが肉体面でないことも。
滴る雫を拭いながら、冷え切った頬に己の体温を分け与えるように手を添える。
驚くほど冷たい頬。どれだけの時間雨に打たれていたのだろう。
顎を捕らえて上向かせれば、どこか虚ろな瞳がジノを見上げた。
揺れる紫電に涙が溢れて頬を伝った。

「大好きだったんだ…」
「はい」
「明るくて元気で…いつだって私のことを考えてくれて…」
「…はい」
「私がゼロだってわかっても、それでも好きだって……。なのに私は、シャーリーを救え、なかっ…」」

あの無邪気な思慕はルルーシュにとってどれほど癒しを与えてくれていたのだろうか。
それはこの表情を見ればわかる。
彼女がルルーシュに向ける愛情とは違う種類だろうが、ルルーシュもまたシャーリーという少女に好意を抱いていた。
ルルーシュは特殊な生い立ちから他人を信じることができない。
だから親しい相手はごく僅か。。
その中の1人であるスザクは自ら彼女と縁を切ったたため、ルルーシュが心を配る相手と言えば今は生徒会のメンバーしかいない。

悪友だったリヴァル、強引な持論で決して逆らえなかったミレイ。
そして、一途な優しさを与えてくれたシャーリー。

その1人であるシャーリーを失った痛みはどれほどのものだろうか。
ルルーシュはシャーリーに対して常に負い目を抱いていた。
自身が性別を偽ったせいで、彼女はルルーシュを異性としてしか見られなかった。
決して叶うことのない想い。
彼女がどれほど願おうと、ルルーシュは叶えてあげることができないのだ。
申し訳ないと思いつつも、彼女がくれる温かい愛情に甘えてしまっていた。
そんな自覚があるからこそ、彼女を救うことができなかった事実が抜けない棘のようにルルーシュの心を傷つける。
ルルーシュの心は傷だらけだ。
母を殺され父に存在を否定され、そうして死ぬためにやってきた日本。
敵国の皇女だと疎まれ蔑まれ、幼い少女が目も足も不自由な妹を守るためにどれだけ苦労してきたか。
ようやく平穏な生活を送れると思えば、そこでは性別を偽る日々で。
偽りの経歴に偽りの日常。そして偽りの性別。
全てを鎧に隠して生きていくルルーシュはとても強く見えるが、その内面はただの17歳の少女。
幼い頃のルルーシュがどれだけ愛情深く優しい少女だったかを知るジノからすれば、いつ限界が来てもおかしくなかったのだ。
おそらくまだ限界ではないが、それでも相当弱っているのは事実。
危険を冒してでもジノに縋りつかずにはいられないほどに。
こうして頼られることは勿論嬉しい。
ジノにとって第一はルルーシュであるように、ルルーシュにとって第一の相手が自分であれば良いといつでも思っているのだから。
それが友人の死によるものだとしても、ジノにとってはルルーシュが自分に弱みを見せてくれたという事実が嬉しい。

「シャーリーは貴女に救ってもらいたいと思っていなかったと思います」
「…ジノ…?」

細い身体を己の腕の中に閉じ込めて耳元で囁けば、ルルーシュが不思議そうに身じろぎした。

「これは私の憶測ですが」

声が良く聞こえるようにとルルーシュを抱え直す。
自身の膝に細い身体を乗せれば、近くなった視線がジノへと向けられる。

「シャーリーは貴女を守りたかったんですよ」
「私を…?」

不思議そうに首を傾げるルルーシュには、ジノの言葉が理解できないのだろう。
他人どころか自分を守ることすらできない弱い少女だったシャーリー。
そんな彼女が男性だと思っているルルーシュを守ろうと思うことなどないと思っているのかもしれない。
確かにシャーリーは守られる立場の存在だ。
優しく弱く、健気な少女。
だがルルーシュは知らない。
恋する少女はとても強いのだ。
ジノは良くわかる。
彼女がルルーシュに向ける感情は、驚くほどにジノと良く似ていたから。
何からも誰からもルルーシュを守ると、その瞳が語っていた。
たとえ想いを受け止めてもらえなくても、ただ傍にいられれば幸せで。
ルルーシュの笑顔が曇らないためなら何でもできると思っているところまで、本当にそっくりだ。

「シャーリーが男だったら、私のライバルになったでしょうね」

もしシャーリーが男性で、ルルーシュが幼い頃から傍にいたらと思うと正直笑えない。
絶対にスザクよりも厄介なライバルとなってジノの前に現れただろう。
そうしてルルーシュを守る騎士の1人になっていたことは間違いない。
彼女ならそれくらいやってのけるだろうとジノは確信している。
本当にシャーリーが女性で良かった。

「最期に貴女に会えた。それだけでシャーリーは幸せだったのですよ」

その証拠のように、シャーリーの亡骸はこれ以上ないほど綺麗な笑みを浮かべていた。
あんなに綺麗な死に顔は滅多にない。
あの笑顔は志半ばで命を奪われたものが浮かべるものでもなければ、恨みを残したものでもない。
況してや自殺なんてもってのほかだ。
彼女は満足して死んだのだ。
おそらくはルルーシュに看取られて。
その手を取られ死ぬなと請われ、そうして眠りにつくのはどれほど幸せなことだろう。
願わくば自分の死もそうして迎えられたら良い。
この至高の存在を守って死ぬことができたら、それが彼女の腕の中でだとしたら、それだけで自分の人生を誇らしく思えるだろう。

「シャーリー…っ」

子供のように泣きじゃくり泣き疲れて眠るまで、ジノはルルーシュを抱きしめていた。

(シャーリー・フェネット。私は君が羨ましい)

何故なら、ジノの死はルルーシュに嘆かれることがないのだから。
ジノが死ぬのは、ルルーシュの死よりも後でなければならないのだ。
たとえどのような状態であれどこであれ、ジノの死をルルーシュに見せることは決して許されない。

それが、ジノがルルーシュの騎士となる条件だった。



  • 12.05.18