ざわり、と空気が揺れた。
先日の一件以来一躍有名になってしまったジノとルルーシュが、揃って登校してきたのだ。
ルルーシュが寮ではなく学園のペントハウスに居を構えていることを知らない生徒はおらず、学園の敷地内に住んでいるにも関わらず外から通学してきたルルーシュと、当然のように隣に侍るジノが一体どこから登校してきたのか、気にならない人がいるだろうか。
特にアッシュフォード学園に籍を置く学生の多くは、学園の支配者とも呼べるミレイ・アッシュフォードのモラトリアム生活に慣れている。
つまりは『人生楽しんだもの勝ち』というやつだ。
好奇心は他の人よりも数倍はあると自負している。
しかも車から降りてきたルルーシュは眠そうというかどこか気怠げで、隣のジノが上機嫌を隠そうとしないものだから妄想は余計に広がっていく。
ルルーシュに一目惚れし、どうにかして恋人になりたいと願った挙句、ミレイを味方につけて見事恋人の座を(本人の了承なく)ゲットしたのは有名である。
最初こそつれない態度を取っていたルルーシュが次第に少しずつ絆されていく姿も何度となく目撃している。
いつかは大人の階段上りましょうねなんて本気とも冗談ともつかない約束を一方的に交わしていたジノだったから、そうか、とうとう大人の階段を上ったのかなんて思ってしまった生徒も一人や二人ではなかった。
男も女も魅了してしまう美貌を持つルルーシュであるためファンは多いが、彼らのほとんどは傍観者である。
しかも朝の挨拶ができれば一日が幸せ、偶然廊下ですれ違ったらそれだけで満足という慎ましいファンなのだ。
ルルーシュが誰か1人のものになってはいけません、なんて思う人は存在しない。
否、ごく一部では存在するかもしれないが(独裁者の名を持つ生徒会長とか)、概ね美形同士のカップルの姿は眼福として受け止められていた。
ルルーシュの隣に下手な女が彼女面して居座るよりは、金も地位も名誉もついでに美しい外見も備えたジノが侍っている方が目に麗しいではないか。
たとえ一線超えてしまってもそれは2人の問題よね愛に性別なんて関係ないのよ、と囁く女子生徒達は自分の思考が一般からかけ離れてしまったという事実には気づかない。
そんなわけで概ね好意的に受け止められているジノとルルーシュだが、実際は真実の恋人同士になったわけでもなければ、当然のことながら禁断の道へと足を踏み外してしまったわけでもない。
ジノが上機嫌なのはようやくルルーシュが自分を認めてくれたからだ。
勿論四六時中監視されている上に素性を偽っているルルーシュに面と向かって主だの皇女だのとは呼べないが、たとえ私的なものであってもルルーシュが自分を彼女の騎士として認めてくれたのだから、これで浮かれるなというほうが難しい。
何しろ子供の頃からの夢だったのだ。
手に入ると思ったら失われ、ようやく探し出したものの存在を否定された日々を考えれば、今ルルーシュの手に触れることを許された自分はどれだけ幸せだろうか。
喜ぶなというほうが難しい。
「ジノ、忘れるな」
小さな声がジノの耳に届く。
憮然とした表情をしながらもジノの手を振りほどかないルルーシュから発せられたものだがそれはひどく小さく、ジノですら気を付けていないと聞き逃してしまいそうなほどだった。
勿論学園内に取り付けられている監視カメラを警戒してのことだというのは間違いない。
「お前の行動が、私のこれからを左右する。くれぐれも迂闊なことをしてスザクに気取られることは避けてくれ」
ルルーシュがジノを認めたのは、ジノの強引さに根負けしたということもあるが、何よりも大きい問題はスザク対策だ。
ジノとスザクは同僚だが、生粋のブリタニア人であるジノとナンバーズ出身のスザクでは、地位はジノの方が高い。
そんなジノがルルーシュを自分のものだと宣言すれば、それはそのままスザクへの牽制になる。
皇帝が命令を出しているため監視が解かれることはないだろうが、ジノが一緒にいる時には監視の目は緩むだろう。
少なくとも会話の全てを盗聴されることはないはずだ。
そしてジノが隣にいればスザクは容易に自分に近づいてこれない。
スザクによって負った傷はあまりにも深く、今のルルーシュにはスザクが近くにいることは相当のストレスになっているため、これは非常にありがたいことだった。
どのような苦境に陥ろうと己の信念を曲げるつもりはないが、それでも気を休める時間は必要だ。
学園でも自宅でも、況してや黒の騎士団の中でも一瞬も気を抜くことができないルルーシュに、安らげる場所を提供できることができるのはジノだけだ。
ジノは皇帝陛下の騎士ではあるけれど、それ以前にルルーシュに忠誠を誓った騎士だ。
そして人間不信と言っても良いほど他人を信じることができないルルーシュが、妹以外に心を許した相手でもある。
かつてはスザクもそうだった。だが、彼はルルーシュを裏切った。
最も酷い方法でルルーシュを傷つけ、そうして今もなお友達の仮面をつけたまま背後から斬りつけるための剣を懐に忍ばせている。
親友だった人が不倶戴天の敵となってしまった事実から、いつかはジノも裏切るかもしれないという疑念をルルーシュは捨てきることができない。
疑いたいわけではないのだろう、だがどうしても信じることができない。
ルルーシュの傷はそこまで深い。
ジノはそれを知っている。
そしてジノを信じたいと思っているルルーシュの気持ちを理解している。
それだけで十分だった。何もかも全部信じてくれなんて言える立場でないことくらい、ジノとて理解しているのだ。
だからジノはルルーシュの共犯者たる道を選んだ。
騎士として皇女ルルーシュを守ることはできないが、ジノ個人としてルルーシュ個人を守ることはできる。
彼女が動けない場所で彼女の手足となって動けるだけの力を持っている。
それこそ黒の騎士団なんかよりも、もっとずっと彼女の意に添う働きができるのだ。
学園では恋人の立場も手に入れた。
何よりもルルーシュとの絆が取り戻せたのだ。
不満などあるはずもなければ、この状態を壊すようなことをジノがするはずもない。
そう伝えたいけれど、迂闊なことは言えない。
だから敢えてジノは大げさにルルーシュに抱きついた。
「ルルーシュセンパイ!!」
「ほわぁっ!」
「やーだーなぁーもぅ。心配しなくても、私にはルルーシュセンパイだけですってば。浮気なんてしませんから安心してください」
「ジ…ジノっ、離せ! 誰もそんなこと言ってない!!」
「またまたぁ。センパイは可愛いなぁ」
ルルーシュの背は決して低くないが、それ以上にジノの方が高い。
ついでに言うなら体格は雲泥の差だ。
100m全力疾走で動けなくなる程度しか体力のないルルーシュと、ブリタニア帝国最強のラウンズの一人であるジノでは、どう頑張ってもルルーシュが敵うわけがない。
ぎゅうぎゅうと親愛のハグを一方的に交わすジノにルルーシュは苦しそうに暴れる。
実際力はそれほど入れてないのだが、これはもはや条件反射だろう。
そんな2人の姿は最早学園では日常茶飯事であり、周囲の視線も「あぁまた始まった」程度にしか思っていない。
それどころか『クールでストイックなルルーシュ先輩』が見せる可愛らしい表情に喜んでいる生徒がいるのだが、ジノはともかくルルーシュは気づいていないだろう。
そんなルルーシュの頬に軽く唇を落とせば周囲から悲鳴が上がる。
「なっ…ジノ!!」
「へへ。ご馳走様でした」
「ふざけるな。お前はさっさと自分の教室へ行け!」
真っ赤な顔で怒鳴るルルーシュの瞳は羞恥のせいか潤んでいてとんでもなく可愛い。
その表情に満足したジノは、最後にもう1回と抱きついてからようやく自分の教室へと歩いていった。
残されたルルーシュはため息をつきながらジノの後ろ姿を見送っている。
学園内で同じ敷地にいるにも関わらず名残惜しそうに何度も後ろを振り返りながら手を振るジノに、苦笑しながらも手を振り返してしまうルルーシュの表情は優しい。
昨日までとは明らかに違う2人の空気に、「やっぱりこの2人ってば一線超えちゃったんじゃないか」という疑惑が学園中を駆け巡るのに時間はかからなかった。
そうして昼休みに顔を出した生徒会室でミレイに質問という名の取り調べを受け、浮かれまくったジノがあることないこと自慢げ且つ意味深に吹聴し、ルルーシュに淡い恋心を抱いていたシャーリーから「愛人でもいい」発言を受けルルーシュは朝の行動を激しく後悔することになるのだが、勿論今のルルーシュがそれに気づくことはない。
- 11.04.04