逃げる間もなく抱き上げられ、あっという間に車に押し込まれた。
慌てて下りようとしても相手の行動の方が一歩早くて、気が付けばルルーシュを乗せた車はものすごい速さで学園を後にしていた。
運転席には勝ち誇った笑顔の後輩。
運転免許はどうしたという疑問はこの際無視だ。
何せ相手はナイトオブラウンズ。KMFすら容易に乗りこなす彼ならば車の運転なぞ簡単だろう。
仮に無免許だとしてもこの国の警察の誰がラウンズである彼を罰することができるだろうか。
世の中理不尽だ。
そんなルルーシュの愚痴など知ってか知らずか、車は進んでいく。
このまま思うように進められてしまうのも面白くない、信号で停止したら車から飛び降りて逃げてやろうという心の声が聞こえてしまったのかそれとも神様はルルーシュに意地悪なのだろうか、運悪く信号には1つも捕まらずルルーシュを乗せた車はそのまま高速へと向かってしまった。
ルルーシュの抗議を約束だからの一言ですべてを押し通し、大丈夫生徒会長の許可は貰っているからとまで言われてしまえば、これは拉致だと言っても誰も信じてくれない。
そうして車に乗せられて高速を走ること1時間。
日本を象徴する霊山が視界に入ることにはルルーシュは逃げることを諦めた。
そういえば租界を出るのは久しぶりだ。
それまでは最愛の妹であるナナリーを置いて遠出することなど考えられなかったし、今となっては租界でやることが多すぎるため呑気に旅行などしている状態でもなかったからだ。
尤もこの場所に来たのは初めてではない。
この地はコーネリアとの戦いで赴いた。そして多くの命を失わせた。
その中にシャーリーの父の名もあったことは、今でもよく覚えている――心の痛みと共に。
思わず唇をかみ締めたルルーシュにジノが気づいたが、あえて言葉をかけなかった。
本人から何一つ確認を取ったわけではないが、ジノはゼロの正体に気づいている。
ジノはルルーシュの騎士だ。
幼い頃からルルーシュだけを主と定め、片時もその姿を忘れたことなどなかった。
成長すればどれほど美しく気高く育っているか、その姿を見るためだけに今まで生きてきたのだ。
そんなジノがたとえどのような変装をしていたとしても、ルルーシュを見間違えるはずはない。
ジノはスザクとは違うのだ。
ルルーシュが今誰のことを考えているかなんて聞かなくてもわかる。
目的のためなら手段を選ばなかったゼロ。
その結果多くの民間人が犠牲になった。
いくら冷徹な仮面を纏おうと、本来のルルーシュは優しい少女だったのだ。
それこそユーフェミアよりももっと深い愛を持っていた。
だからこそ、亡くなった者たちに対して心を痛めているのだとジノにはわかる。
全ての罪を1人で背負っているルルーシュが誇らしくもあり、また哀れでもあった。
ルルーシュが心を許しているのは生徒会のメンバーだけ。
黒の騎士団にも味方はいるだろう。赤い髪をした親衛隊の隊長はゼロに対して全幅の信頼を置いているように見えた。
だが、彼女がゼロの正体を知っているだろうか。仮に知っていたとしてもルルーシュが皇女であることまで話すとは思えない。
だからこそルルーシュは常に1人なのだろう。
膝上で握られた細い手、それをぎゅっと握り締めた。
胡乱げに上げられた視線に笑みだけを返す。
大丈夫。貴方は1人ではない。
それをこれからわかってもらうのだ。
◇◆◇ ◇◆◇
豪華なホテルのプールサイドにルルーシュはいた。
目の前では楽しそうに泳ぐジノの姿。
泳ぐにはまだ早い時期だが屋内ならば問題はない。
こんなところまで連れてこられて水泳とは、一体なんだというのだ。
ルルーシュにも水着は用意されていた。当然のように渡された水着は露出こそ高くなかったけれども明らかに女性物で、性別を偽っているルルーシュとしては受け取れるはずもなかった。
貸切にしてあるから大丈夫ですよと言われても着れるわけがないのだ。
そのためプールサイドにいるというのにルルーシュの格好は学生服姿のままだ。
逃げようにも入り口には鍵がかけられているし、ここから租界まで戻る手段もない。
悲しいこと財布は学園に置き忘れてきた鞄の中なのだ。
まあいざとなったらどのような手段を取っても帰ることは可能なのだから、こうしてルルーシュが大人しくしているのはジノの気紛れにしばらく付き合ってやろうという気持ち以外の何物でもない。
幸いここは学園内と違って監視カメラの類はほとんどない。
あるのは防犯上のカメラだけ。それすらジノは邪魔だからという理由で切らせたのだから、本当にルルーシュが警戒するものは何もないのだ。
――尤も目の前の男が一番警戒すべき人物だということは忘れてはいないが。
「ルルーシュセンパーイ!」
楽しそうに手を振る姿にはいはいと軽く返事をしつつ、ルルーシュはベンチに寝転がり目を閉じた。
監視カメラの存在を気にしなくていいからだろうか、肩の力が抜けていくのが自分でもわかる。
ブリタニア皇帝のせいかそれともスザクのせいか、ルルーシュの周辺には常に監視の目が光っていた。
その最たるものは弟のロロであり教師のヴィレッタであったが、彼らは既にルルーシュの手に落ちている。
だがいきなり監視をやめさせるわけにもいかず、また、ロロとは管轄が違うスザク直属の配下による監視は相変わらず続けられている。
逐一細かく記された行動のみならず寝言まで記録されている事実はさすがに眉を顰めたが、それでも監視を緩めてスザクにいらぬ警戒を抱かせても困るため放っておいているのだが、監視されているという事実は面白いものではない。
それらの煩わしい視線が1つもない今の状況は、たとえ敵であるラウンズが目の前にいようとも有難い状況なのだ。
そもそもジノと戦場で直接対面したことはない。――否、対面だけならばしたことがあるが、ジノが自分の敵として対峙したことがないせいか、どうにも警戒を強めることができないでいた。
それはアーニャにも言えることなのだが、自分を敵だと認識していない相手を憎むのはルルーシュには少々難しかった。
況してやジノは幼馴染、それも婚約の話が出るほどに親しい相手だったし、個人的にも自分を慕って後をついて回っていたジノのことは嫌いではなかった。
――そう、幼い頃のスザクと同様には心を許していたのだ。
だからだろうか、決別したスザクとは違ってどうしても憎みきれないのは。
(我ながら甘いものだ――)
戦場で情にほだされることがどれほど危険なことか、嫌と言うほど知っているのに――。
- 09.07.14