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騎士の恋 08


僅かに翳る表情。
それはジノの存在を歓迎していないことが明白で、わかってはいるもののジノの心がかすかに痛む。
あいつ貴族とか特権階級にいる人間が無条件で嫌いなんだよ、と言ったのは気の優しい生徒会のメンバー。
ジノが公爵家の人間だから冷たい態度を取るだけだと言われても慰めにもならない。
フォローのようにジノ個人を知れば偏見なしで付き合ってくれるからさと言われたものの、それでもジノがナイトオブラウンズの1人である限りは優しい態度は望めないだろう。
ルルーシュがジノの知る『ルルーシュ』ならば、帝国――ブリタニア皇帝に傅く人間は例外なく敵と識別される。
ルルーシュ・ランペルージがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでありゼロである限り。

「ヴァインベルグ卿、どうかしましたか? ここは2年の教室ではありませんよ」

他人行儀なその笑顔。
仮面のように貼り付いたそれは確かに綺麗なものではあったけれど、明らかにジノを拒絶していて。
その度に問い詰めたくなるけれど、今は時期ではない。
彼女は頭がいい。
幼い頃から頭の回転だけは抜群に良くて、ジノのみならず多くの大人たちですら煙に巻いていたほど。
年齢を重ねた今では更に上回っていると言ってもいいだろう。
何せ16歳で世紀の反逆者ゼロとして今も尚絶賛活躍中なのだ。しかも監視の目を欺き二足の草鞋を履くという周到さ。
ジノがどう問い詰めようとさらりとかわされてしまうことは間違いない。
そして姿を消すのだ。
彼女には黒の騎士団がある。
最愛の妹がいない今、一度姿を消したら探すことは容易なれどこうして会うことは困難だ。
だからジノはチャンスを最大限に有効する。
折りしも本日は『キューピッドの日』。
最後のモラトリアルとして会長が掲げたイベントは、男女の帽子を交換すればカップル成立というある意味とんでもない企画だが、ルルーシュが多くの男女から狙われるのが目に見えている以上、それを利用するのが一番だろう。

「イベント前にセンパイの顔を見ておきたくてね」
「俺の、ですか。物好きな。ヴァインベルグ卿にお近づきになりたいと思っている女性は数多いるでしょうに」
「知っている。だけど私は唯一の人しか頭になくてね。残念なことに玉の輿狙いの子ウサギちゃんには興味がないんだ」

笑顔で牽制。たとえ何百人の美女が傍に侍ろうとジノが欲しいのはただ1人。

「センパイ。欲しいものがどうしても手の中からすり抜けてしまう場合、どうしたらいいと思いますか?」
「諦めたらどうですか」
「いやだなぁ。センパイはそんなに物分りがよくないでしょう。欲しいものは何としても手に入れるはずだ。それこそ世界を破壊してでもね」
「物騒だな。俺はそんなに危険分子に見えますか」
「見えますよ。だって私と同類だから」

軽い言葉遊び。少なくともすれ違う生徒達はそう思ったはずだ。
ジノとルルーシュの笑顔に、話の内容まで気にならない。
だけどルルーシュの柳眉はわずかに潜められて。
あぁ警戒されたなと思ったけれど、それはもう今更だ。
ジノがナイトオブスリーとして学園にやってきた時からこの表情は見慣れてしまった。…それでも嬉しくはないけれど。

「私はね、センパイ。大切なものを一度喪っている。だからもう二度と喪わないって決めた。どんなことをしても手放さないって決めているんだ」
「ヴァイン…」
「だから」
「?」

そっと肩に触れる。不敬かなと一瞬思ったけれど、学園の先輩後輩が親しげに声を交わしているのだからこれくらい許されるだろう。
耳元で小さく囁く。
ルルーシュにだけ聞こえるように。

「覚悟してくださいね。殿下」

答えは聞かない。





   ◇◆◇   ◇◆◇





ありえない動きで逃げ回るルルーシュを見て、偽者だとすぐに気づいた。
彼女は反射神経は悪くないが運動神経はいたって普通。
むしろ筋力不足のせいでスタミナに致命的な欠点がある。
そんなルルーシュが多くの生徒を蹴散らして走り、空を舞い、息も乱さないなんてことあるわけがない。
忍者のような動きを見せる偽者を捕まえることは可能だが、偽者では意味がないのだ。
追いかけてくる女子生徒の相手をしながらジノはゆっくりと機会を窺う。

「それにしてもすごいな」

何がすごいって、人間離れした跳躍力を見せるルルーシュというのもすごいのだが、それよりもそんなルルーシュの異変を、あいつ実はこんなに運動神経よかったのかという一言で済ませている生徒達だろう。
そんなレベルでないことに疑問を抱かないのがすごい。
何事もおおらかでイベント好きの学園の生徒。
世間の常識じゃなくて学園のルールに染まったのだと言われれば納得だ。
曰く、深く考えるな、人生楽しんどけ。
それはそれで楽しいのだけれど。

ジノはゆっくりと獲物が姿を現すのを待つ。
今日この場にスザクはいない。
総督の護衛として総督府にいるはずだ。
学園内のイベントに参加することは不可能。そして抜け出してくることも。

(悪いな、スザク)

心の中で同僚に謝罪する。尤も悪いとはこれっぽっちも思っていないが。
ジノがルルーシュと話すたびにスザクの目が僅かに細められる。
警戒しているのは果たしてルルーシュに対してか、それともジノに対してか。
だがスザクの思惑などジノには関係ない。

図書室の棚から現れた姿にジノはほくそ笑む。
周囲を窺いながら出てくる麗姿に背後から忍び寄る。

「やあ、センパイ」

ポンと肩を叩けば面白いほどに飛び上がった。

「ヴァ、ヴァインベルグ卿?!」

見つかると思っていなかったのだろう。
驚愕に見開かれた瞳がどうしてここにと如実に語っている。

「学校内の見取り図は頭に入れてますからね。人気がなくて死角が多くて且つ逃げやすい場所を絞るなんて簡単ですよ」

それは戦略の基本。今回は戦争ではないけれど、まあ似たようなものだ。
ルルーシュの頭上にある帽子をひょいと奪う。
身長差があるからそれは簡単。
不思議そうな顔をしたルルーシュの前で、ジノはそれを自らの頭上に乗せる。

「……何をしているんです、ヴァインベルグ卿」
「見ての通り。センパイの帽子は私が頂きました」
「馬鹿なことを。男同士で帽子の交換したところでカップルなんてなれませんよ」
「果たしてそうでしょうかね」

怪訝そうな顔をしたルルーシュの耳に全校放送が響いてきたのは丁度その時。

『みんなー、頑張ってるかな? 何やら盛り上がりが少々欠けてるかなって思ったので、ここでサプラーイズ! 我が生徒会自慢の副会長ルルーシュ・ランペルージを狙ってる女の子は多いよね。でも、実は男の子だってルルーシュとカップルになりたーい! って思ってる人も多いはず。だから、ルルーシュの頭上にピンクの帽子を被せた場合、相手が男であれ女であれルルーシュの恋人決定です! さあ、皆。ルルちゃんの恋人の座目指してガンバレ!!』

おぉ! というどよめきが校舎を揺らした。
比喩ではない。確かに揺れた。
唖然とすること数秒、内容を理解するのに更に数秒。そしてようやく事態を理解した時、ルルーシュの頭上に乗せられたのは…。

「いやあ、さすが会長。タイミングばっちり」
「ジ、ジノ?! お前まさか会長と…」
「やっとジノって呼んでくれましたね。ルルーシュセンパイ」
「そういう問題じゃない! まさか…」
「私は進言しただけですよ。『私もルルーシュセンパイの恋人になりたいな』って。でも男同士だからダメですかって聞いたら、快く承諾してくれたんです。さすが太っ腹な会長」

ふるふると震える姿は子猫のよう。
ルルーシュが唯一勝てないのがミレイ。ジノはそんなミレイを利用した。
だってそうでもしなければこの至宝はジノの手に取り戻せない。

「私は言いましたよ。覚悟してくださいとね」
「……」

もう離しませんよ、私の殿下。

逃げ出さないように腰に手を回し、ジノは耳元で囁いた。


  • 09.04.06